脱出と博識ドール(5)
坂の上の時計の館(旧フレデリック邸)――――――
外国人設計士によって100年以上前に建てられた石造の時計塔もまた、別棟の屋敷同様、国の登録有形文化財となっている。
しかも、外国人設計士が何をどうこだわったのかは知らないが、当時の日本の建築物としては非常に高く、今のビルで換算すると五階相当もあるそうだ。
そして現在の塔の内部は、サクラと谷川の話によると一階から三階までが研究室で、四階がその研究関連の諸々を保管しておくためのちょっとした倉庫代わり部屋、最上階である五階部分は丸々時計の機械室となっているらしい。
つまり、最も効率よく塔を爆破するためには、やはり二階から四階に爆弾を仕掛けるのが一番無難であり、サクラの親父さんが残した研究資料の排除が目的ならば、倉庫代わりである四階部分は組織にとって特にしっかりと爆破しておきたい場所となる。
それらのことを踏まえ、一応谷川に確認してみたところ、やはり三階もしくは四階に爆弾を仕掛けるように組織から指示を受けていたらしく、実際組織の連中も谷川の証言を裏付けるかのように、先ずは三階と四階で爆弾を探し始めていたようだった。
そこで俺は、一先ず三階へと向かっているわけだが――――――――
「爆弾運びの次はロッククライミングってか…………いや、そんな格好のいいものじゃないな、これは…………でもまぁこの状況は、塔に閉じ込められたお姫様を救出へ向かう騎士に見えなくもないか………って、まったく柄じぇねぇけどな。しかも目指すものはお姫様でもなければ、救出でもねぇし」
――――なんてことをぶつくさと独り言ちながら壁を登る。石造りの壁に巻き付く蔦が丁度いい縄となっているため、然程大変でも、苦でもない。
ただ客観的に今の自分の姿を想像した場合、白いTシャツ姿でインカムを付け、ピンクの水玉の巾着を引っ提げながら、真夏の炎天下に壁を登る汗だくの男――――――――となるわけで、どう控えめに見ても泥棒、見たままならば覗きが趣味の変態野郎にしか見えない。そこで、自分へのダメージ軽減のためにもお姫様だの、騎士だのと無理矢理柄でもないイメージを想像してみたのだが、我ながら想像力が貧弱すぎて、てんで話にもならない。
では何故、俺が扉からではなく、せっせと外壁を登っているかというと、それはこの時計塔のそもそもの構造と、サクラの親父さんによってなされたリフォームのせいである。
当時、外国人設計士はこの時計塔を純粋に時計塔として設計し建てた。おそらく五階相当の高さがあるのも、この街に住む人々にとってのシンボル的存在にしたかったのではないか………という話だ。まぁ、本人に直接確かめたわけではないので、実際のところは定かではないが………………
そのため、塔内部の構造も非常にシンプルで、最上にある機械室に上るための螺旋階段が壁に沿って設けられているだけだった。
つまり、当時の設計図によれば、この塔には階というものは一切存在せず、塔内部を見上げれば機械室まで一気に突き抜けた空間だけがそこにあった。さらに言えば、唯一設けられていた螺旋階段も、壁から突出するように太い杭が等間隔に打ち込まれただけのものだったらしい。
しかし、サクラの親父さんはこれほど広い空間を放置しているのはもったいないと、その空間を階で区切り、各階に一部屋ずつ設けることにした。
簡単に言えば、塔内部に新たな壁を作ることで、外壁とその壁で螺旋階段を挟み込み、その新たに作った壁の内側に部屋を増設したのだ。したがって部屋へと入る扉は螺旋階段の途中に設置されており、部屋には明かりをとるための窓すらない。しかもこの塔における唯一の通路がこの螺旋階段であるため、人とすれ違うことさえままならない……………らしい。
サクラ曰く――――――――
『父はどうやってあれほどの研究資材をそこに運び入れたのか…………それが今でも最大の謎なんですよねぇ~』
――――――――だそうだ。
だが、俺に言わせれば、『だったらこの馬鹿デカい爆弾貯蔵金庫を、お前たちはどうやってここまで運んだんだ!』となるのだが、まぁ、親父さんの研究資材はこれよりももっと馬鹿デカいのだろうと考え、その台詞はそのまま呑み込んだ。
そして、俺がこの壁を登っている理由についてだが、言わずもがな組織の連中と、この塔唯一の通路である螺旋階段で鉢合わせしないためだ。
もちろん、その立場と研究の内容上、常に身の危険を感じていたサクラの親父さんは、いざと言う時の逃げ道を必ず用意していた。ならば当然この時計塔にあるはずなのだが、これまたサクラ曰く――――――――
『あることはあるんですが、あの塔の構造上、部屋にある床下収納を開けて下の部屋に降りていくという方法しかなくて、上から下に降りて脱出するのは簡単ですが、下から上に侵入するのはかなり骨が折れるんです。天井にある扉を開けるわけですから…………しかもそれができるのは、あくまでも上の階に誰もいない場合に限ります。何故ならそこからの侵入は、天井にある扉を下から上へ押し上げることなってしまうので、そんなことをすれば忽ち見つかります。なので、確実に組織に見つからないように塔の内部に潜入するためには、塔の外壁を登り各階の扉の前にある窓から入るしかありません。ちなみに、窓には元々鍵が付いていないので簡単に入れるようになっています。そこに鍵がないのは、その窓もまた父の脱出ルートの一つであり、蔦もまた立派な脱出用のロープだったからです。まぁ、このルートに関しては、高所恐怖症の父にとって最後の手段だったみたいですが…………』
―――――――――ということらしい。
その最後の手段を使い、高所恐怖症ではない俺は塔の内部に侵入しようとしている。
組織の連中の居場所は、上戸執事に渡されたインカムのおかげでリアルタイムで把握済み。
蔦を登るのに、サクラが用意してくれたという巾着袋が少々邪魔だが、登れないほどでもない。
そしていつかの馬鹿談議ではないが、俺の運動神経からいえば、こんな壁を登るくらい朝飯前だ。
そんなわけで、俺はあっさりと目的の窓まで登り、サクラの言葉通りに一枚ガラスで作られた窓をゆっくりと押し上げ、塔の中へと身体を滑り込ませた。
塔の中は石造りのおかげか、それともこの塔の構造上によるものか、暑いことは暑いものの、蒸し蒸しとした暑さだけはなかった。
しかし、窓から降り立った螺旋階段は思っていた以上に狭く、先程の話ではないが、本当にどうやってあの馬鹿デカい金庫をここから出しのかと改めて問いたくなってくる。もちろんそんなくだらない疑問解消のためにインカムを使ったりはしないが、その代わりにインカムのマイクを指で三回ノックした。
すると即座にイヤホンから上戸執事の声が返ってくる。
『これは随分とお早いお着きですね。状況は先程と変わってはおりません。一人は四階、もう一人は三階。なのでまずは三階の方から仕留めましょうか』
その上戸執事の言葉に俺はさらにもう二回のノックした。塔に入れば私語厳禁となる俺の“了解”を示す合図だ。
ちなみに最初の三回のノックは“目的地に着いた”という合図であり、ノック一回の場合は“無理だ”もしくは、“緊急退避”を意味する。但し、組織の連中に見つかった場合には、もはや合図を送る意味もないため『見つかった!』と叫ぶことになるのだが、そんなヘマをやらかす気は毛頭ない。
俺は完全に気配を消し、扉の横の壁へと背を付けた。
石造りの塔は、僅かな音さえも響かせる。だからこそ、耳を澄ませば扉の向こう側いる人間が部屋を歩く音さえも拾うことができる。逆に言えば、俺の足音も簡単に拾われてしまうということで、それもまた俺が螺旋階段ではなく壁を登った理由の一つだ。
そんなわけで今は壁に背を張り付けながら、インカムの情報と自分の耳を頼りに、沈めるべき相手の動向を探っているところだ。くどいようだが、僅かにひんやりとした石壁で涼を取っているわけでも、壁登りに疲れてへたばっているわけでもない。
しかしここからは、油断大敵。僅かなミスも許されない。
俺は一つ息を吐くと、扉のノブに手をかけた。
そう、中にいる人間を仕留めるには自ら中に入るか、相手に出てきてもらうしかない。とはいえ、堂々と入るわけにもいかなければ、普通に呼び出すわけにもいかない。そこで、ここが幽霊屋敷であることを存分に使わせてもらうことにする。
軽く捻ってやるだけで、その扉は錆びた蝶番を軋ませがら、螺旋階段の方へ向かってゆっくりと開いた。
ギィ…………という効果音付きで。
窓がない部屋から僅かに漏れてくるライトの灯り。さらには微かに息を呑む音。
そりゃそうだろう。中にいる人間にすればちゃんと閉めていたはずなのに、独りでに扉が開いたのだ。ここが幽霊屋敷と呼ばれる事実と、部屋のおどろおどろしさも相俟って、もはや恐怖でしかない。
だが、中にいるのは組織の人間。いや、この場合人間心理とでも言うべきか、何故扉が勝手に開いたのか確かめずにはいられないはずだ。
案の定、部屋の中から気配が消えた。おそらく慎重に扉へと近づくつもりなのだろう。しかし、俺に言わせれば甘い。
行動を読まれている時点で既に詰みだ。
壁に張り付き、待ち構える俺。
石を通じて僅かに感じる気配と、刹那の逡巡。
そして、「やっぱ風………だよな………」と勝手な憶測を漏らす声とともに、男が顔を出した。瞬間――――――――
風じゃねぇし、ましてや幽霊でもねぇ!
――――――と、内心で教えてやりながら、男の首元に容赦なく手刀を落とし込む。
男は声を出す暇もなく意識を飛ばし、その身体を石の床へと沈ませていく。が、寸でのところで襟を掴み、身体だけは浮上させてやった。
もちろん親切心ゆえではない。沈む際に、大きな音を立てられたら後々面倒になるからだ。しかし――――――――
まずはこれで一人目の掃除終了だな…………
俺はだらりと垂れた男の身体を巾着袋と一緒に片腕に抱え込みながら、インカムに三度指を弾かせた。
言うまでもなく“一人目掃除終了”の合図だ。
『なんとも素晴らしい手際の良さで………』
すぐさま返ってきた上戸執事からのお褒めの言葉に、そりゃどうも……と、これまた内心で返しておく。
そして俺は、その男を一旦部屋の中へ隠すべく、おどろおどろしさ満載だという研究室へと足を踏み入れた。




