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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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脱出と博識ドール(4)

 時計塔は、俺たちがいるこの物置部屋のある屋敷とは別棟にある。

 そしてそこはまったく手を入れていないため、幽霊屋敷の名にふさわしく、その内部もおどろおどろしいことになっているらしい。

 それも、サクラの父親が研究で使っていた機材やら備品やらがそのまま放置されているせいで、余計な演出というべきか、要らぬ恐怖を醸し出しているそうだ。

 あくまでも、一度そこを下見した谷川の話によれば―――――――ではあるが。

 サクラもその谷川の言葉に「まぁ、そんな感じですね」と、苦笑しており、あながち谷川の話は大袈裟でも何でもないらしい。

 いや実際、時計塔の内部を映す一際薄暗いモニターを見る限りでも、なんとなくだがその雰囲気は見て取れる。

 つまり、肝試しにはもってこいな状況のわけで……………

「ちょっとした幽霊役として、組織の奴らを驚かせてくるか」

 そんなことを言いながら、心配そうに見つめてくるサクラに二ッと笑ってみせた。

「心配しなくても大丈夫だ。一応俺もサード隊員だしな。相手が二人なら、全然問題ない」

 全然は言い過ぎかもしれないが、問題がないことに嘘はない。

 しかしサクラは眉尻を下げたままで、申し訳なさそうに告げてくる。

「すみません。川上を連れて行ってもらうべきなんですが…………」

「それは駄目だ。いざと言う時、サクラたちは真っ先にここから脱出しなければならない。その際の引き付け役は俺一人で十分だ。といっても、その前に片づけてくるけどな」

 そう、このメンバーの中で脱出最優先順位を決めるとしたら、サクラが一番であり、そうなれば漏れなく上戸執事も一緒となる。その時に、上戸執事がサクラの傍にいないことの方が余程問題だ。

 そもそもの話、サクラと谷川を二人きりにして上戸執事を連れて大掃除に向かうわけにもいかない。

 ここに風吹がいればもちろん連れて行きたいところだが、生憎今は爆弾運びに精を出している。

 つまり要員不足ゆえの決断ってやつだ。

 だとしたら、何もわざわざ大掃除なんてしなくてもいいのでは――――――となるのだが、これはこれでそうもいかなかったりする。

「残った奴らがずっと時計塔に閉じこもっていてくれる保証なんてどこにもない。むしろ、屋敷の方にも来ると考えておくべきだ。そしてそうなれば、サクラたちがここにいたことが組織にバレる。だから、そうなる前に時計塔で仕留めてしまうのが一番なんだよ。それに、サードとしても確保できるものなら組織の連中を確保しておきたい。っていうか、サクラ自身もさっき納得してただろ?」

「わかってます。わかってますけど………約束は……必ず守ってくださいね」

「了解」

 そう――――これは、俺の独断専行などではなく、脱出作戦の一部でもあり、俺とサクラが交わした約束でもあった。


 

 風吹が一芝居打つために、床の穴に消えた後、俺たちは次なる問題について考え始めていた。

『風吹さんたちの話を聞いて、全員が新緑公園に向かってくれればいいんですが………』

『それはさすがにないだろう。確かに、俺たちが流す情報では、谷川はこの時計塔に着く前に、熱中症で倒れたことになる。だが、その倒れたという男の風体がいくら谷川に似ていようとも、身元不明として情報を流す以上、組織としては谷川だと断定しきれない。だからこそ、ここにも人を残す。あらゆる可能性を潰すためにもな。そしてそいつらはいずれ時計塔からこっちの屋敷の方にも捜索の範囲を広げてくる』

 俺の意見に、サクラは神妙に頷いた。そして、キャップの下から青い瞳を俺に向けてくる。

『ここに数人、組織の人間が残るとして、キョウちゃんならどう対処しますか?』

『う~ん……そうだな…一応沈めとくかな。そして沈めた奴らをどこかに隠しておく。たとえ他の組織の連中が戻ってきたとしても、見つからねぇような場所にな。ある意味爆弾と一緒だ。わざわざ組織に返してやる必要もねぇし、俺としてはサードにそのままお招きしたいからな』

『はい。それが一番だと思います。でも………』

 サクラはここで言い渋った。その理由はなんとなくわかる。

 だから俺は率直に答えることにした。

『三人だ。俺が一人で確実に沈めることができる人数は』

『三人…………?』

 サクラがその人数を多いと捉えたのか、少ないと捉えたのかはわからない。しかし、その青い瞳は『本当に?』と、無言のままに問いかけてきている。

 そもそもサクラは俺のことをほとんど知らない。

 このクソ暑い夏の日に、爆弾なんてものを抱えてやってきたサードの隊員――――――という認識だけで、それ以上のことは何も知らないのだ。

 俺がどんな訓練を受け、どれくらいの強さなのかも。

 誰のためにその強さを手に入れようと考えたのかさえも――――――サクラは何も知らない。

 だからこその問いかけであり、不安でもあるのだろう。いや、少し自惚れてみるならば、俺のことを純粋に心配してくれているのかもしれない。

 その不安と心配を払拭するには、実際の強さを示すしかないのだが、まさかここで谷川を沈めるわけにも、上戸執事と一戦構えるわけにもいかない。

 そこで俺は僅かな見栄も差し挟むことなく、ありのままの事実だけを口にした。

『訓練だったら同時に五人と対戦し、五人全員沈めることができる。だが実戦ではさすがにそうはいかない。場所、相手、武器次第でその戦闘方法も変わるからな。だから三人だ。三人までなら俺一人で全員沈めることができる』

 我ながら、嘘でもいいから『五人沈められる!』と言ってやればよかったのかもしれないが、作戦とは新たに手にした事実の上に、手持ちの事実を重ね合わながら立てていくものだ。

 ここでは、見栄もハッタリも希望的観測も必要ない。

 そのため俺はありのままの事実だけを口にした。

 それに真っ先に反応したのは上戸執事だ。

『いやはや、さすが狂犬様です。それはかなりお強い。しかも、そこまで自分のことを正確に論じられる方はなかなかいません。本当に……これは大したものです。いやぁ、本当にお強い』

 そう手放しで褒められながら、俺は何故か眉を寄せた。

 俺の記憶が正しければ、この台詞は確か………………

 

“うん………君は馬鹿じゃないよ。そこまで自分のことを正確に論じられれば、大したものだ………うん、馬鹿じゃない…………”


 馬鹿談義の時のフォローとまるで同じじゃねぇか!

 わざとかッ!と半眼で睨んでやれば、やはり上戸執事は俺から視線を逸し、何かの発作のように全身を震わせ始めた。

 やっぱりわざとかッ!コノヤロ。

 今すぐ上戸ではなく、俺の拳で沈めてやろうか!

 ――――――とは思うものの、たとえこんな些細な会話でも、日々焦燥と不安に駆られ、ただただ強くなりたいとがむしゃらに駆け抜けた俺の十年間が報われたような気になる。

 本宮さん自身を、あの日残してくれた手紙を、信じて生きてきて本当によかったと――――――

 だが、それはそれ。これはこれだ。この質の悪い上戸だけは後で絶対に沈めると心に決め、サクラに問いかける。

『まだ、心配か?俺はサクラのこと信じて、爆弾の解体を任せた。今もこうして行動を一緒にしているのも、サクラを信じているからだ。だからサクラも、俺のことを信じてほしい。今日会ったばかりの人間をそう簡単に信じられないかもしれねぇけどな…………』

『ううん!信じています!私はキョウちゃんのことをちゃんと信じています!今日会ったばかりとか関係ありません!でも……でも…………』

 サクラはそこまで叫ぶように告げて、急に唇を噛み締めながら俯いた。そして、一度は呑み込もうとした言葉を弱々しく吐露する。

『でも……どうしようなく心配で、不安なんです……もう……大事なモノを失いたくない……から…………』

『サクラ…………』

 あの誘拐からサクラはどれだけのモノを失ってきたのだろう。

 俺もそれなりに失ったが、その代わりに得たものもたくさんある。

 サードという居場所。

 風吹という相棒。

 誰かを守れるだけの力。

 まぁ、頭の中身はあんまり得られてはいないが、それでもあの馬鹿談義を披露した時よりは多少ましにはなっているはずだ。たぶん…………

 しかしサクラは――――――――

 あだ名で呼べるような友達もおらず、組織から隠れるために、住む場所さえ転々とし、心休まる日々もなく毎日を過ごしてきた。

 確かにいつもサクラの傍には本宮さんはいた。そして二人の間には絶対的な信頼と絆がある。そもそも本宮さんがいたからこそ、サクラはここまで生きてこれたと言ってもいい。

 だが、端から見れば、お嬢様と執事という一線を、お互いの間にしっかりと引いているように感じる。そしてそれはおそらく、上戸執事自身がサクラのことを警護対象と見るために、敢えて引いた一線なのだろう。

 あくまでもなんとなくだが、これは男としての勘だ。

 そして、そのせいなのかはわからないが、サクラの中には、たとえ本宮さんであっても埋められない心の穴が、ずっとあるように思える。

 ふとした折に、ヒューヒューと音を立てて寂しいと泣く、そんな心の穴が…………

 だから、その心の穴の一端でもいい、十年もかかってようやく馳せ参じた俺ではあるが、サクラの心の穴を埋めてやりたいと思う。

 図らずも、サクラにとってのあだ名第一号を頂戴することになった、この俺がだ。

 そのために、俺はサクラと絶対的な約束をしたいと思った。

 必ず果たされる約束。

 絶対にサクラのもとへ無事に戻ってくるという約束。

 サクラの大事なモノは、もう何も失われることはないという約束だ。

 だから俺はキャップの上からサクラの頭に手を置き、青い瞳を真っすぐに見据えながら告げた。

『俺は必ずサクラのいる場所に戻ってくる。絶対にだ。だからそんな泣きそうな顔をするな。ここで上戸執事と一緒に待っとけ』

 俺の言葉にサクラの青い瞳が大きく見開く。そして、そこに目一杯涙の膜を張った。

 しかし、表面張力の限界を超え涙が雫となって零れ落ちる。が、サクラはその涙をすぐに手で拭い去ると、ふわりとした笑みを浮かべた。

『やっぱり……やっぱりキョウちゃんは、私の欲しいものをくれる人…………はい、約束です。私はここでキョウちゃんを待っています。だからちゃんとここに、戻って来てくださいね』

『あぁ……約束だ』

 泣き笑うサクラに俺は頷くと、そのままキャップを引き下げ、可愛すぎる顔を隠してやった。


 

 そして俺は今、炎天下で時計塔の壁に張り付いている。

 もちろん日陰部分のひんやりとした壁で涼を取ることがその目的ではない。中の様子を窺うためだ。

 同じ敷地内にあるとはいえ、屋敷と時計塔は別棟となっており、その間には美しく手入れされた庭でなく、ただただ放置され続け(くさむら)と化した庭がある。しかしその叢を隠れ蓑としながら俺は時計塔に近づき、現在その石造りの壁に身体を張り付いてるというわけだ。

 モニターで確認した人数は二人。しかも爆弾捜索中なため、それぞれが別の場所におり、一人ずつ沈めるにはもってこいの状況だ。

 それに、どこまでも用意周到な上戸執事からインカムまで手渡された。

 所謂、無線機器の一種で、正式名称をインターコミュニケーションシステムといい、イヤホンとマイクが一体型となった通信道具である。

 このインカムを通じ、モニターの様子が逐一報告されてくるという寸法だ。

 そしてさらには、物置部屋の棚にあった拘束道具一式が詰められた巾着袋まで持たされている。それも可愛いピンクの水玉模様の巾着袋で、上戸執事曰く――――――

『咲良お嬢様が、狂犬様のために自ら用意された巾着袋でございます。この巾着袋は振り回せば即席の武器に、そして開ければ拘束道具が手に入るというなんとも優れたアイテムとなっております。本当はお嬢様自身がお渡しすればよいのですが、ウチのお嬢様はなんとも奥ゆかしい方なもので…………はっきり申し上げて、照れてらっしゃいます。なので、私から謹んで狂犬様に進呈いたします』

 ――――――――――だそうだ。

 ちなみにその時の上戸執事の様子は、言うまでもなく小刻みに震えながら、必死に堪えていた。何にって、上戸にだ!

 まったくどこまでが本気なんだかわかりゃしない。

 しかし、これでたった二人しかいない組織の奴らを仕留められなれば、サードの名が泣くというものだ。


 さて、とっとと大掃除を終わらせてサクラのところに戻るとするか…………

 

 俺は内心でそう呟いてから、ふと天を仰いだ。

 視界一杯に広がった抜けるような蒼天。

 その空の青さに、涙の水面に揺れていたサクラの青い瞳を無意識に重ねて、俺は一人目を細める。

 絶賛綱渡り中だというのに、妙に心が満たされているのは、やはりサクラと出会えたからなのだろう。今、誰かに幸せかと聞かれたら、うっかり幸せだと答えてしまうくらいに。

 これは、サクラ効果ってところだろうな…………

 なんてことを思いながら息を吐くように笑みを零し、その刹那、笑みを消す。

 そして一瞬で思考を切り替えると、俺は即行動を開始した。

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