脱出と博識ドール(3)
俺たちが立てた作戦は至極簡単なものだった。
「ただいまぁ……どう?奴ら、皆して行っちゃった?」
「おかえりなさい、風吹さん。そうですね。時計塔の捜索のために二人だけ残して、あとは全員あっちに行っちゃったみたいですよ」
「だったら、今のうちに移動だね。赤松リーダー上ってきてください」
物置部屋の床下収納から顔だけ出していた風吹が、ようやく鉄はしごを最後まで上り切ると、そのすぐ後からデカいパグ顔がひょっこりと現れた。
「すっげぇな。ちゃんと繋がってやがる」
「当たり前でしょう」
風吹にそう突っ込まれながら、作業着姿でジュラルミンケースのようなものを背負った赤松が、少し窮屈そうに床の穴から這い出し、「よう、狂犬」と声をかけてきた。
もちろんここは「来るのがおっせーよ!」ではなく、「お疲れ様です」だ。最終学歴中一とはいえ、それくらいの常識なら俺にもある。
噛みつくことなく、ごくごく無難にそう返した俺に、赤松もまた「おう、狂犬もお疲れだったなぁ」と答えつつ、物珍しそうにぐるりと部屋の中を見回した。怪しげな棚の上から仕切りとして吊られたカーテン、モニターへと移り、そして上戸執事の横に立つサクラを見つける。その瞬間、赤松のやや垂れ気味のデカい目が、さらに驚きで飛び出さんばかりにデカくなった。
「こ、こ、こ、ここのお嬢さんと執事が爆弾を解体したとは聞いていたが、こ、こ、こんな愛らしいお嬢さんがそこまで爆弾にくわしいとは…………」
“こ”の数がニワトリなみに多すぎる気もするが、まぁ……赤松のこの驚きようもわからないではない。俺だって、自分の目でその光景を見ていなければ(参加していなければ)、俄かには信じることはできなかったはずだ。
しかしサクラは、まったく爆弾とは関係ない方向で、信じられないという反応を示した。
「わ、私が……あ、あ、愛らしい?う、嘘です……こんな姿を曝してしまっているというのに…………」
穴があったら今すぐ入りたいとばかりに、サクラはわたわたし始めると、咄嗟にキャップの存在を思い出したようで、深々と被り直し顔を隠そうとする。
それに対して、女性への免疫がまるでない(俺も人のことは言えないが)赤松が忽ち動揺した。
「い、いや、その申し訳ない。女性を褒め慣れてねぇから、気を悪くしたのなら謝る。サードの爆弾処理専門チームに属している赤松だ。よろしく」
「わ、私はえっと……そ、そ、染井です。そして、か、彼が執事の川上です」
お互いに、動揺を尾に引いての自己紹介。しかし、一緒に紹介された上戸執事は動揺の欠片もなく…………いや、どちらかというと上戸一歩手前の状態で、「赤松様、ご足労いただきましてありがとうございました。この度はご協力の程よろしくお願いいたします」と、若干震えながら頭を下げた。
もちろん若返った姿のままで。
そんな上戸執事に赤松は再び目を丸くし、「今時の執事は随分と若くて、イケメンなんだなぁ」などと呟いているが、そこはもう否定も肯定もしないでおく。
理由?
んなもん、説明が面倒だからだ。
とまぁ、この上戸執事のことは置いておくとしても……………
世間一般の話として、普通、“愛らしい”と言われて気を悪く女子はいない。
サクラも別に気を悪くしたわけではない。自分を醜いと思い込んでいるがゆえの驚きなだけだ。
実際は、あらゆる男の目を引くほど美しいというのに………………
しかし自己紹介の後も、居心地悪そうにもじもじとしているサクラがこれまた可愛すぎる。
そしてそれを見て鼻の下を伸ばす赤松及び、風吹と谷川に、どういうわけか無性に腹が立ってくる。
そこで俺は即座にこの空気をぶった切ることにした。当然だ。
「関係のないおしゃべりはここまでだ!とっとと爆弾を運び出すぞ!」
モニターへと視線を戻した上戸執事の肩の揺れが明らかに激しくなっているが、いちいち気になどしていられるか。
とにかく俺は、自分でも持て余し気味となっているこの感情に苛立ちながら、強引に話を前に進めた。
「ところでそっちの見張りは?」
「大丈夫だ。どうやら俺たちの芝居がアカデミー賞ものだったらしい。しっかり騙されて、捜索要員に駆り出されていったよ」
「アカデミー賞ものねぇ…………」
などと返しながら、赤松が持ち込んだ特殊なケースに、まず一つ目の爆弾である超小型気化爆弾を慎重に入れる。もちろんメインで作業を行っているのは爆専のリーダーである赤松で、俺はその補助だ。
そのケースの中はシリコン製のゴムがクッションとして敷かれており、いかなる振動や衝撃も吸収してくれる優れモノである。しかも、一見ジュラルミンケースにしか見えないこの外装も、実は特殊な金属で作られているため、たとえ運搬途中に爆発したとしても、最小限の被害で済むようになっている。
当然、その最小限の被害は爆弾の種類と大きさよって変わりはするのだが………………
「とにかくこいつを運んだらすぐに戻る。風吹行くぞ!」
「りょ~かい」
デカい図体のくせに、器用に床下収納の穴に潜り込んだ赤松の後を追うようにして、風吹もまたその中へと消えていく。
それを見送り、ここに残った俺たちは再びモニターと睨み合いを始めた。
そう、俺たちの立てた作戦はある情報を組織の連中に流すことだった。
つまり、組織が探している谷川と爆弾の行方についての情報をだ。
そしてその情報をアカデミー賞ものの演技………いや、おそらくコント仕立てで流したのが、風吹と工事のおっさんと化した爆専の連中。
その観客が、見張りとしてたった一人残されていたという、組織の男――――となる。
そしてその作戦というのが―――――
『いいですか。目下、組織の知りたいことはこの谷川さんが爆弾をどうしたのか?という一点です。正直なところ、この屋敷の時計塔の爆破は今や二の次でしょう。だから、そこを突きます。つまり、組織の計画から外れ、一人歩きしてしまった危険極まりない存在の行方をさりげなく教えてあげるのです。但し、敢えてそう匂わせる程度に留めて、できるだけ彼らの想像力と捜索にかける時間を目一杯引き出すつもりです』
『で、実際どんな情報を、どう流すか……だが、もちろん流すのは風吹と爆専の連中だな』
『はい。問題はその聞き役がいてくれるかどうか、ということですね』
『その点は大丈夫だろう。俺が組織の人間なら、最低一人は見張りに残す。念のためにな。爆弾を運び出す俺たちにとっては邪魔な存在だが、情報を流すにはこれほどお誂え向きな状況はない。使える者はこの際敵だろうと使ってやろうぜ』
『ふふふ、キョウちゃんの言う通りですね。それで流す情報ですが、爆弾に関して………ではなく、谷川さんについての情報にします。組織は谷川さんの行方と爆弾の行方をイコールとして考えているはずです。谷川さんがいる場所に爆弾あり――――といった具合に。だから、ここです』
そう言いながら、サクラはある場所を指差した。
それはサクラが、谷川の移動先の候補地の一つとして、河川敷とともに挙げた新緑公園だ。
『ここから歩いて二十分ほどの場所にある新緑公園。この場所へ組織の方々を誘導することに致しましょう。ちょうど、この新緑公園は谷川さんがこの屋敷に来た際のルート上にあります。だから、きっと組織も騙されやすいはずです』
『なるほどな。それで実際流す情報は、この新緑公園での谷川の目撃情報ってところか』
『そうです。それも組織が慌てて探しに行ってしまうくらいの情報です』
そう言って悪戯っぽく笑ってくるサクラもまた可愛い…………じゃなくて!
『たとえば、谷川らしき男がそこで何か探し物をしていた…………とか?』
『それもいいですが……もう少し慌てさせたいので、谷川さんにはこの新緑公園で倒れてもらいましょう。これほどの炎天下です。危険な爆弾を持って慎重に慎重を重ねて、気遣いながらゆっくりと歩いていれば、熱中症になっても不思議ではありません』
『言えてる…………俺もまじで死ぬかと思ったし?谷川がここで倒れたとしてもおかしくはないな』
などと答えて谷川をチラリと見やると、モニターを確認しつつもコクコクと頷いている。
ま、これに関しては、同じ気化爆弾をこの炎天下に運んだ仲として、素直に同意票を受け取ってやることにする。
『そしてその情報には、意識のない谷川さんは、何も所持していなかったようだ――――とも付け加えておきましょうか。もしかしたら置引きにあったのかもしれない――――もしくは、単純にどこかに置き忘れて来たのかもしれない――――なんてことも匂わせてながら………そうすれば、組織もかなり焦ってくれるはずです。自分たちの爆弾が置引きの被害にあったか、それともうっかり紛失されてしまったか、どちらにしても厄介事でしかない可能性が一気に浮上したのですから。あぁ、あとついでに、この辺りの公園では最近置引きの被害が多い――――なんてことも、教えてあげましょう。組織にしてみれば、一大事です』
『で、奴らは大急ぎで事実確認のために新緑公園へ向かう…………と。なんならそのまま新緑公園で、ありもしない爆弾探しに明け暮れてほしいところだけどな』
『はい。でも精々稼げる時間は一時間くらいだと思います。おそらく組織はまず谷川さんが救急車に運ばれた前提で捜索を開始するはずです。この情報を聞けば、誰だって所持品がないために、谷川さんは身元がわからないまま病院に搬送されたと思うでしょうからね。しかし、この情報がすぐに誤報、もしくはデマだと気づくのに、そう時間はかからないはずです。確かに今日は熱中症で倒れた人は普段より多いかもしれませんが、その中に谷川さんがいないことは、組織であればすぐに調べはつきます』
『確かにな。病院としてももしそんな身元のわからない男が来たら、取り敢えず警察に連絡を入れ、身元を調べてもらうように頼むだろう。だがこの組織は、警察とも繋がりがある。その気になればすぐに調べられるってことだな』
『その通りです。けれど一時間程の時間稼ぎはできるはずです。その間に私たちは爆弾を運び出し、ここからさっさと脱出することにしましょう』
『了解』
そんな作戦の元、風吹と爆専によるアカデミー賞ものの猿芝居が、たった一人残された見張りの前で敢行されたというわけだ。
あくまでも世間話風に、『さっきこんな話を聞いたんだけどさ………おたくらも暑いから気をつけなよ……』―――――ってな、感じで。
そして、その芝居が功を奏し、俺たちはまず一つ目の爆弾を運び出した。
ただ、いくら特殊なケースで保護しているとはいえ、非常にデリケートな気化爆弾だ。何も持たずに移動する場合と比べてその何倍もの時間が必要となる。しかも、同じ気化爆弾がもう一つと、漏れなく付いてきたプラスチック爆弾がさらに一つ。
そして稼げる時間は、こちらの読みでは約一時間ほど。
一時間もあると思えるか、一時間しかないと思うかは、この一つ目の爆弾運びの所要時間で粗方決まる。
もちろん、爆弾三つを同時に運べればいいのだが、この脱出通路の出口となる民家を無人にするわけにはいかず、今は民家に残った爆専二人が、何かしらの工事を(あくまでもフリだが)見張りをしながら行っている。
とはいえだ。このまま呑気にモニターを眺めながら待っているわけにもいかない。こちらにはこちらの…………いや、俺には俺のやるべきことがある。
なんせ、組織の方からわざわざやって来てくれたのだ。残っているのがたった二人とはいえ、ここはサードとしておもてなしは必須だろう。
多少手荒くなることは、この際ご勘弁願うとして………………
「さて鬼の居ぬ間に、そろそろ時計塔の大掃除でもやりますか」
愉悦さえもその声音に含ませて、俺はゆるりと口端をあげた。




