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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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脱出と博識ドール(2)

「さて、まずはあの連中をどうするかだな」


 俺は正面玄関側のモニターに映る、爆弾処理専門チームリーダー、赤松 豪を筆頭とした爆専三人組を見つめながら告げた。

 その俺の言葉に「取り敢えず、沈めとく?」と返してきたのは風吹だ。

 もちろん今すぐそれに一票を投じたいところだが、そうもいかない。沈めた後に転がしておくことさえ今は邪魔だ。それにしても…………

 本部に連絡を入れた際に、俺はできるだけ目立たない格好で、必要最低数で来るようにと伝えた。

 その理由は言わずもがな、組織から身を隠しているサクラたちのことがあったからだ。

 だからこそ、モニターに映るその姿と人数は、黄色のヘルメットに作業着という、何かしらの工事に来たおっさん三人組となっている。

 もちろん、それに対して文句はない。むしろ違和感一つないと褒めてやってもいいくらいだ。

 そもそも俺が本部に連絡を入れた時、三つ目の爆弾は発見される前だったこともあり、超小型気化爆弾が二つあるとしか伝えていない。

 そのため、予め俺と風吹も爆弾回収と谷川連行の要員として数に含まれていると考えれば、この三人という人数についても大いに頷ける。というか、ここで文句を言うほうが理不尽だ。俺もそこまで鬼ではない。

 だが実際、爆弾は三つある。

 しかも状況は、この数十分の間に大きく変わってしまった。今の状況からすれば、この人数はさすがに心許ない。

 にもかかわらず、赤松の図体が無駄にデカいために、モニターからでもその存在感が半端ない。

 欲を言うならば、存在感の薄い精鋭五人組でここへ来てほしかったところだ。完全に今更の話だが………………

 しかし事態は、この赤松の存在感のおかげで予想外の方向へと進む。

 もう一台のモニターが映す西南の裏口側を見やれば、突然正面玄関側―――――つまり、蔦と風化とおどろおどろしさを絡ませたボロい…………いや、非常に歴史的趣きがあるあの門扉の前に現れた爆専三人組の存在に気づいたようで、先程まで蠢いていた影が突如として消えてしまった。

 どうやら組織は一旦ここへの突入を中断し、この三人組の様子見を行うつもりなのだろう。

 こうなると、前言撤回。赤松の存在感万々歳だ。

 とはいえ、いつまでも正面玄関の前に立たせておくわけにはいかない。一度は役立った存在感も、すでに不要。はっきり言ってやはり邪魔だ。

 とにかくメールでもして、ここから奴らを散らすか…………なんてことを思ったと同時に、俺の腕時計が震え始めた。

「おやおや、赤松リーダーがどこかに電話をかけてるみたいだよ」

 そんな風吹の声に、すかさず俺の腕時計の画面を見せてやる。

「なるほどね。キョウがそのお相手か……これは相棒として妬けるねぇ〜」

 これまた心にもないことをしれっと抜かして、ペロッと舌まで出してくる風吹を睨みつけてから、そのまま腕時計も睨みつける。

 何しろこの電話に迂闊に出るわけにはいかない。先程サクラが言っていたように、組織の傍受を警戒しなければならないからだ。

 もちろん盗聴防止をはじめとするサードが施すセキュリティは優秀だ。しかし、必ずしも組織がそれを破れないとは限らない。念には念を……と、今はとにかく警戒をするべきだ。

 だからといってこのまま放置しておけば、赤松がうちの熊に次ぐデカい声で叫び出しかねない。

 それだけは絶対に阻止だ。もちろん組織の存在もあるが、それ以前にご近所迷惑である。

 そこで俺は音声ではなく文字で返すことにする。当然送る内容は―――――――


 “一旦離れろ。ここは包囲されている。ただし目立たないようにだ”

 

 ――――――――とういう必要最低限のものだ。最後の言葉に多少の無理は感じたが、忠告だけはしておかなければならない。たとえ、どんなにその無駄にある存在感を消せなくともだ。

 しかしここでサクラが、こんなことを言い出した。

「欲を言えば、爆弾を置いて逃げることはあまりしたくありません。なので、あの方たちに爆弾を運び出すお手伝いをしてもらいましょう。そこでキョウちゃん、あの方たちに坂を下った三軒向こうにある無人の民家に行くように、メールで指示してください。組織の人間を欺くためにも、間違った家を訪問してしまったように一芝居打ちながらです。それでもおそらく組織の人間が付いてくるでしょうから、暫くそこでその変装通りに何かの工事を装いながら待機するように伝えてください。それと風吹さん、今すぐそこの床下収納を蓋を開けてもらえますか。そこが隠し通路の出入口です。つまり、この屋敷とその民家はこの通路で繋がっていますので、そこを通って民家へ行き、そこの住人を装って皆さんと接触してください。ちなみに出口は、民家の台所にある床下収納となります」

「「了解!」」

 じっくり考え、サクラの指示を吟味するだけの時間は、もはや一刻たりともない。

 今は即行動あるのみだ。

 俺と風吹は取り敢えずサクラの言葉通りに動き始めた。


 

 午後1時52分。

 一旦引き上げた組織の連中に動きはない。というか、完全に鳴りを潜めてしまっている。おそらく今、赤松たちの動きをまず確認しているのだろう。

 そして俺たちの眼下にはぽっかりと開いた床下収納の大きな穴――――――こと、脱出口。

 そこには地下へと降りる鉄はしごがかかっている。それもこの穴の深さを示すかのように、鉄はしごもそれなりに長い。しかも歴史の深さを物語るように、それ相応に茶色く錆びついてしまっている。

 そんな若干不安を抱かせる鉄はしごを下りて、最終俺たちは三軒隣の民家へ向かうことになるらしい。

 だが、爆弾を持って降りるには、かなりの慎重さと時間が必要となってくる。そこでまずは風吹だけがその脱出通路を使って、赤松たちのところへ向かった。

 その理由は、もちろん現状を説明するためだ。

「お察しの通り、この三軒隣の民家もウチが所有しているものです。しかし、“綾塔”の名で登記すると怪しまれるため、母方の遠い親戚が所有者となっています。風吹さんが説明に行っている間に、これからの作戦を立ててしまいましょう。川上と谷川さんはそこでモニターの確認をしながら聞いていてください」

「かしこまりました。お嬢様」

「了解だ。お嬢さん」

 上戸執事はともかく、谷川の返事も従順すぎて呆れすら感じてしまう。

 そもそもこの谷川は、今やすっかり俺たちの一員の如くなっているが、一応れっきっとした爆弾犯で、その身体を叩けばいくらでも埃が出るような奴だ。それも、組織から“悪”として制裁を加えらえるようなことを仕出かしている。

 だが人間、いつだって我が身は可愛い。とにかく今は全面的に俺たちに協力し、自分の命だけは死守しようと決めたようだ。

 ま、こちらとしても信用はこれっぽっちもしていないが、今は都合がいいため利用だけはさせてもらう。もちろん警戒だけは絶対に怠らないが…………

「それでキョウちゃん、今後のことですが…………」

 サクラはそこまで告げて一旦押し黙った。

 その理由は、この俺がサードの人間で、サクラの執事でも従僕でもないからだ。そのためまずは俺の意見を聞こうとしているらしく、やはり無言で見つめてくる。

 俺はそんなサクラに苦笑しつつ、ご希望のままに口を開いた。

「おそらく組織は赤松たちを動きを確認し、危険がないと判断すればこの屋敷…………いや、まず時計台の方に突入し、谷川と爆弾の回収を図ろうとするだろう。もちろん突入してくる連中は、気配を消して忍ぶことに長けた連中だとみていい。可能な限りそれを迎え撃って確保したいところだが、さっきも言ったようにそれは人数次第の話だ。したがって、あくまでも脱出が最優先。ただそうなってくると、プラスチック爆弾の運搬に関しては問題ないとしても、気化爆弾を持ってこの鉄はしごを下りるのはかなり危険だ。爆専の協力を得たとしても、この脱出ルートを使って運び出すにはそれなりの時間が必要となってくる。もちろん、組織が突入を再開してくる時間にもよるが、時間稼ぎが必須となるのは間違いない」

「はい。その通りです。時間稼ぎは必須です。そのためには何かしらの作戦が必要となってくるでしょう。ただ…………」

「わかってる。サクラたちの存在だけは知られるわけにはいかねぇ。そのためにはこの屋敷はあくまでも無人であると、組織の連中に思わせておく必要がある」

「そうです。組織には私と川上の存在をまだ知られるわけにはいきません。目的が入手でも消去でも、彼らの狙いが父の論文ならば、その存在と在処を知っていそうな私たちは即彼らの確保対象となります。そのためキョウちゃんの言う通り、この屋敷は無人であると思わせておくことが最善です。したがって時間稼ぎとして、組織の目をこの屋敷の外へ向けさせようと思いますが…………どうでしょう?」

 キャップの下から上目遣いでそう聞いてくるサクラに、俺は一も二もなく「それでいい」と告げた。その際に、思わずサクラから目を逸らし、取り繕うようにモニターを見てしまったのは、上目遣いのサクラが凶悪なほど可愛かったからだ。

 あぁクソッ!俺は普段、女を見て可愛いとか思うキャラじゃねぇのに、一体全体どうなっているんだ!

 サクラマジックか!再会マジックか!それとも朝から続くこの危機的状況が俺をおかしくさせているのか!

 まったくこれじゃ先が思いやられる…………ほんと勘弁してくれ………………

 勢いよく頭を横に振ることで浮かれた思考を振り払い、俺は改めて作戦について考え始めた。


 

 午後2時。再びモニター上を蠢く影。

 どうやら俺たちの思惑通り、尋ねる家を間違えたお馬鹿な工事のおっさんたち――――――という認識で、組織の連中には片付けられたらしい。

 ご近所でも有名な幽霊屋敷とただの民家をどうやったら間違うんだ!という話なのだが、サクラ曰く――――――

「三軒隣の民家もそれなりに古く、補修工事もしていないので、『住人の申告通り“ボロい家”を探していったら、その通りの屋敷があったためうっかり間違えてしまった!』とでも声を張り上げておけば大丈夫でしょう」

 ――――――とういうことらしいのだが、実際あっさりと組織が赤松たちから引いたところをみると、その言い訳が通じるほどの佇まいをした民家なのだろう。といってもこの辺りは高級住宅街であり、まかり間違ってもこの幽霊屋敷ほどではないだろうが…………

 そこへ風吹が床に開いた穴からひょっこりと戻ってきた。

「赤松リーダーがさ、一緒に行きたいってしつこかったけど、宥め賺して取り敢えず今は置いてきたよ」

 などと告げながら――――――

 当然ここでの俺の第一声は「おかえり」ではなく、確認だ。

「ところで風吹、おでかけついでにちゃんと周りの状況は見てきたんだろうな?」

「もちろん。ガキの使いじゃあるまいし、ざっとだけど確認はしてきたよ」

 風吹はそう言って、作戦のために広げられた地図上に指を置いた。

「ここがこの屋敷。そしてこの屋敷は丁度坂道の頂上にあることから、正面玄関側の道とその道にぶつかるこの道と、さらにその裏の通りと、三面が道沿いとなってる。その道沿いの建物や、路駐している車に今回の爆弾事件の黒幕と思われる連中が確認できた。数で言えば少なく見積もっても十人はいる。サクラちゃんの予想通り完全に取り囲まれている状態だ。ちなみにこの脱出口に繋がる民家は、念のための見張りが一人いるだけで、ほぼスルーされているから問題はないよ」

 なるほどね…………と、サクラと顔を見合わせる。とはいえ、その民家は俺たちにとっては脱出通路のゴール地点なため、たとえ見張りが一人だろうと邪魔は邪魔だ。

 しかし邪魔ならば、退かせばいいだけの話で………… 

「だとしたら、やっぱりこの見張りくんに協力してもらうしかないな」

 同じ退かすなら、早速こちらの役に立ってもらうか…………と、俺は口端を上げる。

 立っているものは、たとえ敵でも使えという寸法だ。

 サクラもまた「そうですね……」と俺の言葉に頷いた。が、その次の瞬間――――――

「お嬢様、時計塔へ突入されました!数は六名!」

 上戸執事からの報告。

 サクラは、その声にモニターへ目をやってから口早に告げた。

「急ぎ、脱出作戦開始です!風吹さん、戻ってこられたところで、大変申し訳ございませんが、もう一度出番ですよ!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――ッ!」

 

 午後2時5分。

 俺たちの作戦は厳かに…………ではなく、風吹の叫ぶ声とともに始まった。

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