爆弾と博識ドール(12)
時刻は午後1時23分。
そう、本来ならば銀行の貸金庫はとっくに爆破されている時間だ。
だが現在、銀行からその花火は上がっていない。
そして、組織の立てたスケジュールによると―――――といっても、二つ目の爆弾に予め設定されていた爆破予定時刻から、こちらが勝手に判断したスケジュールだが、午後1時45分頃にこの屋敷から花火が上がり、午後2時20分頃に三つ目の爆弾により、実行犯谷川があの世へ向かって旅立つ予定だった。
しかし、そのスケジュールは一つ目の爆弾で、すでに躓いてしまっている。
そうなれば、確認するだろう。
危険な代物を預けている身としては、その爆弾が今どうなっているのか?
そもそも実行犯の谷川は今どこで何をしているのか?
すべてを確認した上で、組織は谷川に制裁を加えるために動き始めるはずだ。
だいたい端から、あの世へ行ってもらうために三つ目の爆弾まで用意していたのだ。その制裁方法が多少変わろうと、時間が多少早まろうと、組織にとって別段問題はない。
そう―――――とどのつまり、もうすぐ組織の連中がここに乗り込んでくると踏んで、俺たちはサクラを先頭に絶賛移動中だ。
「皆さん、すみません!私としたことが、うっかりしていました!」
「それは俺たちも同じだよ!」
「但し問題は………………」
風吹が悲壮な顔でこちらを見た。
そしてまた自分の手の中にあるものに視線を落とす。
それから今度はゆっくりと慎重に後ろを振り返った。
そこには爆弾犯谷川が上戸執事と一緒におり、その谷川が手にするものを見て、もう一度俺へと視線を戻した。
うん、非常にわかりやすい。
実は今、風吹の手には俺が炎天下の中を運んできた爆弾がある。そして谷川の手には、この屋敷に仕掛けられる予定だった二つ目の爆弾だ。
言うまでもなく、それら二つの爆弾は超小型気化爆弾で、非常にデリケートな仕様となっている。
ちなみに、俺の手の中にも送信機に仕込まれていたプラスチック爆弾があるが、こちらの爆弾は鈍感で、少々の揺れにもどうってことない。
そのため屋敷の廊下を移動する際も、俺はそれなりのスピードで歩けるのだが、風吹と谷川はそうもいかない。常に早歩きの平行移動だ。俺も経験者だからわかる。
ではなぜ、その爆弾を経験者の俺ではなく、風吹が持っているのかと言うと、ただ単に俺とのじゃんけんに負けたせいだ。
そして谷川に関して言えば、有無を言わせず強制的に――――となる。
その谷川にしたら、ようやく結束が解かれ、身体が自由になったと思ったところでのこの爆弾運び。
まったく冗談じゃねぇぞ!と思っているに違いない。俺なら思う。なんなら、叫ぶ。
しかし、組織から守ってやろうというのだから(俺たちの都合も多少あるが)、これくらい運んでもらったとしても、決して罰は当たらないだろう。
そんな状況下で、風吹が愚痴り出す。
「―――っていうかさ、こんな風に両手が塞がっていたんじゃ、いざと言う時、俺は全然戦力にならないんだけど」
「わかってる。でもとにかく今はそれを持って移動だ。気持ち的には、熨斗でも付けて組織の連中に返してやりたいところだがな。っていうかその前に、さっさとこの爆弾を爆専の奴らに押し付けてしまいたかったんだが…………」
時間で言えば、爆専ことサードの爆弾処理専門チームの奴らがすでに到着しいても全然おかしくない時間だった。しかし今の現状が物語るように、まだ来ていない。
「ったく、赤松リーダーは何やってんの!大好きな爆弾が三つも待ってるっていうのに!ところでサクラちゃん、俺たちは一体どこに向かっているのかな?」
風吹からの問いかけに、サクラは早歩きの足を止めることなく答える。
「父が使っていた避難及び脱出のための部屋です。父は職業柄といいますか、研究柄といいますか、常に誰かに狙われているという自覚があったようで、住む場所も転々とし、その住む場所には必ず避難と脱出が可能な部屋を用意していました。私と川上が今まで無事に組織の手から逃れてこれたのも、そんな部屋があったおかげなのです」
「なるほどね。ところでその避難兼、脱出部屋は、まだ遠いのかな?俺、色んな意味で限界なんだけど…………」
そんな泣き言を漏らし始めた風吹を見やれば、その後ろで谷川も盛大に頷いていた。
この状況を考えれば決して笑い事ではないが、その切実な気持ちがわかるゆえに、正直笑えてしまう。だが、もちろんそこはポーカーフェイスでサクラへと視線を向ければ、「そこの部屋です」と屋敷一階にある角部屋を指差した。
部屋と言っても、物置部屋といった感じの然程広くはない部屋。
とはいえ、俺の住むアパートの部屋に比べれは十分広い。しかし、先程までいた部屋に比べればかなり手狭に思える。
もちろんその要因の一つは、両側の壁に棚が設置され、整然と物が置かれているせいだ。但しそこに置かれている物が普通の物置とは若干……いや、かなり趣が違っているのだが…………
高級そうな調度品の隣にしれっと並べられている、エアガンやらボーガン、鞭に何故かヌンチャク、さらには縄や鎖にローソクと、何も知らなければ、妖しい趣味を持った人間の部屋にしか見えない。
そしてより一層この部屋を手狭にしているのが、どこかの警備員室かと見紛うほどのモニターの数々と、部屋の真ん中に吊り下げられた水色の生地に白の刺繍が美しいカーテンだ。
おそらくこのカーテンはいざという時のちょっとした目隠し、もしくは仕切りとして使うのだろう。
それを実践して見せるように、サクラはそのカーテンをシャッという音を立てて勢いよく閉めると、自分だけがその中に入った。そしてそのカーテン越しに、俺たちに向かって声をかけてくる。
「脱出に備えて着替えます。皆さんはそこにあるモニターを使って屋敷周辺を確認していてください。川上、モニターのセッティングをしたら、皆さんに操作方法をお教えして。それからあなたも着替えるのよ」
「かしこまりました。咲良お嬢様」
上戸執事は、こんな時にも恭しく頭を下げると、部屋の手狭感をさらにアップさせている人間三人がゆうに入れるほどの馬鹿デカい金庫の扉を開けた。
どうやら鍵はかかっていなかったらしく、あっさりと開いた金庫の扉の中は金目のものどころか、ゴミ一つ入っていない。
「爆弾は一先ずこの中に置いてください。この金庫は特別製でございまして、咲良お嬢様のお話によりますと、お嬢様のお父様が実験の際に使用されていたそうです。こちらへ超してきた折に、何かの役に立つかもしれないというお嬢様の指示でこの部屋に移動させましたが、いやはや早速使うことになるとは……………さすがに三つもの爆弾となると、この金庫も吹っ飛んでしまうでしょうが、周りの被害は最低限に抑えられます」
つまり、組織の人間がここへ乗り込んで来た場合、奴らの手に爆弾が渡ってしまう前に、この金庫の中で爆破させるつもりらしい。
確かに、いくら組織が作った代物とはいえ、ご親切に返してやる義理はない。
そもそも俺たちの最善は、爆専の奴らに爆弾を引き渡し、サード本部で最終的な解体と、組織へと繋がる手がかりを掴むことだ。
だが、それが不可能ならば、組織の手に爆弾が戻ることだけは阻止しなければならず、これらの爆弾を持って戦うことも、逃げることもできない以上、爆破するという決断は已む無しといったところなのだろう。
っていうか、サクラの親父さんはこんな金庫を使って、一体なんの実験をしてたんだ!怖すぎだわッ!
しかし風吹と谷川にしてみれば、手にしている爆弾を一先ず下ろせるという事実だけで今は大満足らしく、それは慎重に慎重を重ねて、なんなら息も止めて、爆弾を金庫の中に置いた。
その間にも、上戸執事によってモニターの準備がなされ、風吹たちに続いてプラスチック爆弾を金庫の中へ置いた俺に向かって話しかけてくる。
「こちらがカメラのリモートとなります。おそらく組織が侵入してくるとしたら、こちらのルートとなるでしょう。申し訳ございませんが、暫くここをお願いします。私も着替えて参りますので」
そう告げるや否や、上戸執事はカーテンの向こう側ではなく、一旦部屋の外へと出ていった。
サードにいれば、ある程度の機械ものは触れるようになる。
そのため、モニターの操作も難なく行える。
だが俺は、この屋敷の住人ではないため、どのモニターがどの場所を映し出しているのかまではわからない。しかし、ここで思わぬ即戦力が現れた。谷川だ。
「こ、このモニターはこの屋敷の南側を、これは東側を、あとこれは西側、今そっちで切り替わった映像が北側だ。そして、さっき執事さんが言ってた組織が侵入してくるかもしれねぇルートってやつが西南にある裏口で、あとこっちの小型のモニターに映る東北の扉は、外からじゃ扉かどうかもわからねぇ造りになってるから、お嬢さんと執事さんは、普段ここから出入りしてんだろうな」
――――――などと、立て板に水の如く説明を始めた。だが、俺と風吹からの怪訝そうな視線に………………
「い、いやこの依頼を受けた時に一応下見をしたんだよ。って言っても、俺が下見をしたのは外観と敷地周り、あとは侵入することになる時計塔だけで、屋敷内まではしてねぇ。だいたい組織からは無人だって聞いてたし、実際下見の時も無人で、まさかここまで屋敷の中が整えられてるとは思ってもみなかったっていうか……だ、だって、どう見たって外観は幽霊屋敷だろ!」
慌ててそんな言い訳をする谷川に、確かにな………とは思う。
中は立派だが、外観は幽霊屋敷そのものだ。だから、屋敷の外観と敷地周り、そして時計塔だけを下見したという谷川の言い訳にも、ある程度の納得はできる。
だとしても、爆弾犯相手に即信用とはさすがにならない。
そこで、一瞬風吹とアイコンタクトを交わす。それだけで谷川は俺たちの気持ちを察したらしい。
「お、俺だって必死なんだよ!こんなところでくたばって堪るか!組織に殺されるくらいなら、あんたらに協力して捕まる方がよっぽどましだ!」
モニターに視線を戻しながら、そんなことを言ってくる谷川に、そりゃそうか………と、再び風吹と顔を見合わせる。
取り敢えず今だけ……信用はあくまでもゼロだが、このモニターを監視する今だけは、谷川を戦力の一人とすることにした。
そんな俺たちの背後で、突如開かれたカーテン。
その音に咄嗟に振り向けば、先程の白いワンピース姿から、黄色いロゴ入りTシャツにダボっとした薄いグレーのパーカー、そしてジーンズに黒のキャップと随分ボーイッシュな姿となっているサクラがいた。正直、あの幽霊スタイルになっていたらどうしようかと思ったが、髪も括られた状態でキャップを被っているため、もちろん違和感はない。いや、あの幽霊スタイルでキャップは逆に目を引くので即刻やめるべきだと思う。というか、俺がやめさせる。
そこへ、今度はカーテンの反対側にある扉の方が開き、執事仕様の燕尾服から一転、グレーのTシャツに、黒のジャケットというカジュアルな装いになった上戸執事が入ってきた。
しかも、老紳士の変装を解いているため、俺の知る本宮さんとしてだ。
もちろん十年分の歳はそれなりにとってはいるが、それでもまだ三十代後半のイケメン。
その変装解除に伴い、数分前までロマンスグレーだった髪も、今やしっかり黒髪に戻っており、あんた一体どんな魔法を使ったんだ?と真剣に思う。
しかし十年前も、二十四時間で消えるペンだの、水で溶ける紙だのを持っていた人だ。ロマンスグレーを一瞬で黒く戻すヘアスプレーだか、ムースだかを持っていたとしてもおかしくはない。
俺はただただ懐かしさゆえに、風吹と谷川は、その変わりように驚きが隠せなかったのだが――――――――
「凄いでしょう?川上の変装。あの老紳士がこんなに若作りできてしまうのだから。きっとメイク教室とか開いたら、おば様方に大人気になるわよ。私としても、この川上の変装技術のおかげで毎回助かっているのだけれど……ふふふ、相変わらず見事だわ」
「恐れ入ります」
自慢げに語ってくるサクラと、もはやこの対応には慣れてしまったのか、上戸にもならず恭しく頭を下げる上戸執事。
いやいやいやいや、逆だ逆!
老紳士が変装で、こっちが素顔だ!
しかし、そんなことを言えるわけもなく……………………
「サクラちゃんって、物凄く頭いいのに、恐ろしいまでに鈍感だよね。キョウ、頑張れ!」
なんてことをこっそり耳打ちしてきた風吹の腹に一発拳を見舞ってしまったのは、ちょっとした八つ当たりだ。
これから間違いなくサクラに振り回されることになる俺の未来を想像して――――――




