爆弾と博識ドール(10)
「あぁ……取り敢えず“サクラの君”とやらについては一先ず置いておくことにして……話を元に戻そうか」
俺がようやくそう告げたのは、サクラの爆弾発言を受けてから軽く一分は経った後だった。
正直に言うと、先程の三つの爆弾より破壊力があったように思う。
特に俺限定で………………
もちろん、上戸執事と風吹にもそれなりの衝撃はあったようだが、おそらく衝撃というより笑撃だ。
ちなみに、嬉しいか?と聞かれれば、たぶん嬉しいのだと思う。
だったら名乗れるのか?と聞かれれば、そうもいかない。
確かにサクラは俺に対して、何かしらの感傷を抱いているようには思える。この色んなものを一足飛びに越えてきた感が半端ない“キョウちゃん”呼びにしろ、時折漏らすサクラの俺に対する印象にしろ、それを感じ取るには十分過ぎるほどだ。
しかし、ここで俺が名乗ることにより、サクラが必死の思いで消した誘拐時の記憶まで呼び覚ましてしまう恐れがある。
そしてそれは、もしかしたらサクラの心をも壊す爆弾となり得る可能性があり、俺はそれが怖いのだ。
だからここは、とにかくすべての話をサクラから聞いた上で、後から上戸執事に確認だと決め、俺はその話題を自ら遠ざけた。
「すみません。お話が逸れてしまいましたね」
サクラは火照った頬を冷やすようにパタパタと両手で扇ぎ、それからすっかり冷めてしまったミルクティーを一気に飲み干した。そして、上戸執事に視線だけでお代わりを告げ、改めて話を始める。
「では、お話を戻します。えぇ……っとですね、その誘拐犯たちは少女自身が論文と同じ価値があることを知らず、記憶を失った少女を取引の材料として利用しようとしました。しかしその前に少女は、“光の王子様”によって無事に助け出されたのですが…………」
「「ひ、光の王子様ぁぁぁ~~~ッ‼」」
これまた見事の俺と風吹の声がハモった。もう少し驚き方のバリエーションを増やそうと心に決める。
しかし今は、“サクラの君”の次にやってきたこの恥ずかし単語の処理が先だ。
そして今度は、上戸執事が上戸の奈落ではなく、羞恥の奈落に落ちてしまったようで、サクラの後ろで小さく蹲っている。だが、どういうわけかサクラは、その“光の王子様”なるものが、後ろで小さくなっている自分の執事だとは気づいていないらしく――――――
「とにかくその方は、颯爽と現れて、電光石火の如く誘拐犯をやっつけてしまうと、これまた息も吐かせぬ速さで少女を安全な場所へ連れていき、今度は疾風の如くその場から消えてしまいました。そしてその後に、とある執事が少女の世話をすることになったと言って現れたのです」
なるほど…………
それはもう光にしか見えないくらい、すべてにおいて目にもとまらぬ速さだったってことか…………
などと納得し、上戸執事へと視線を向ける。するとその羞恥の奈落にいる上戸執事からは「“光の王子様”はない。それだけは絶対にない」と呟く…………いや、唱える声が漏れ聞こえてきた。
おいおい、執事川上さんから完全に本宮さんに戻ってんぞ――――――と、内心で声をかけるが、もちろんサクラにもその上戸執事の声は聞こえているわけで………………
「川上、どうかしたの?“光の王子様”の何がないの?それより大丈夫?眩暈?だったら、少し休む?」
これまた見当違いにも程がある心配をしている。
そのせいで風吹は上戸の奈落へと落ちてゆき、俺は、さっきの俺のこっ恥ずかしさがわかったか!と、ちょっとした意趣返しができたような気分となった。
「本当にごめんなさい。なかなか話が前に進まなくて…………」
サクラは困ったように眉を下げたが、すべてはお前のその爆弾発言のせいだぞ!とは、誰も面と向かっては言わない。
元々老紳士の変装をしている上戸執事だったが、ようやく立ち上がりサクラの後ろに再び控えたはいいものの、このたった数分の間でげっそりとやつれてしまっている。
風吹も爆弾三つ分の緊張と、サクラの爆弾発言のせいでぐったりだ。
そして俺もまた、これ以上の爆弾発言だけは勘弁してくれよ…………と、半ばげんなりとしながら、「いいから、続けてくれ」と、サクラに声をかけた。
「それでは……えっと、続きですが…………その少女は、組織からひっそりと隠れるようにして生きてきました。途中母親とも一緒に暮らしましたが、元々病弱だった母親は長年の心労がたたり、六年前に亡くなってしまいました。そこからはずっと少女は執事と二人きりです」
「父親の科学者さんはどうしたの?」
風吹が素朴な疑問とばかりに聞くと、サクラは小さく首を横に振った。
「誘拐事件以降、少女は父親とは会っていません。連絡もありません。今では生きているのかさえわからないのです。そこで少女は少女なりに事件を追うことにしました」
「事件を追うって…………」
俺の問いかけにもなっていない言葉に、サクラは頷いた。そして言葉を重ねる。
「少女は知りたいと思いました。自分を誘拐した組織がどのような組織なのか。父親の論文は組織の手に渡ってしまっているのか。そして何より、父親は今も無事でいるのか。そこで、少女は母親の死を機に隠れ住む場所を、首都圏外にある小さなアパートから父親関連の場所に変えました。もちろん父親の痕跡と論文の所在を探るためです。しかし、それには常に危険が付き纏いました。そのため、毎回短期間での移動を余儀なくされましたが…………ちなみにこの屋敷に越してきたのは二日前なんですよ…………」
―――――と、告げてサクラは「あっ…」と口を両手で押えた。
ずっと、とある“少女”の話として俺たちに聞かせてきたのに、『この屋敷に越してきたのは二日前』などと言えば、自分がその“少女”であると白状したようなものだ。
もちろん、俺も風吹もその“少女”がサクラだとして聞いていたため、完全に今更なのだが……………
「あ、あの…………その…………」
サクラにとってはそうではなかったなかったらしく、完全に目を泳がせながらあたふたとしている。
自分のうっかり加減に動揺するサクラに俺は内心で苦笑しつつ、「大丈夫だ。俺たちはサクラの仲間だろ?」などと、自分でも『俺は少年漫画の主人公か!』と再び突っ込みを入れたくなるような台詞を吐いて、一先ずサクラを笑顔にした。
「それでは、ここからが今回の事件の謎解きです」
気を取り直したサクラは改めてそう告げると、上戸執事に先程の地図を広げさせた。
「先程も申しましたが、ここが当屋敷です。そしてキョウちゃんがお持ちになられていた爆弾は、この銀行の貸金庫に仕掛けられていたものではないですか?」
サクラが迷うことなく指し示した銀行は確かに、俺が炎天下の中を抱えて歩く羽目になった第一の爆弾が仕掛けられていた場所だった。
もちろん俺はサード隊員の守秘義務として、サクラに銀行名は告げていない。そしてそのエリアに銀行はあと三支店ある。四支店の内の一つとはいえ、そう簡単に絞れるものではない。だが、サクラはここだと断言した。
思わず驚きと怪訝でサクラを見やれば、「単純な話です」と笑み零す。
「この銀行の貸金庫に、父の論文の一部が預けられているからです。どこからその情報が漏れたのかはわかりませんが、組織はその情報を得てこの銀行の貸金庫を狙ったのでしょう」
「だとしたら、この屋敷を狙った二つ目の爆弾は…………」
「キョウちゃんが思っている通りです。この屋敷は父の所有していた屋敷の一つで、ここでは主に時計塔にある研究室で実験を繰り返していたようです。おそらく、ここに残されいているかもしれない父の研究資料及び論文を消すことが組織の目的だったのでしょう。しかし表向きには…………というより、実行犯であるこの方には、ここへ忍び込んだ形跡を消すことが目的だと、組織は告げていたようです。つまりそれは、この方の逃走を、組織が全面的に援助することを意味します。そして、そう思わせることによって、組織への絶対的信用と安心感をこの方に与えました。それを如実に証明しているものこそが、二つ目の爆弾が“送信型直結式爆弾”ではなく、“送信機間接型時限式爆弾”だったという事実です」
ここでサクラは上戸執事が新たに注いだミルクティーを飲み、俺たちはその先に続く言葉を待って息を呑んだ。
そんな俺と風吹の視線を一身に受けながら、サクラはテーブルの上に淑やかな手つきでソーサーごとティーカップを置くと、徐に口を開いた。
「どうして同じ超小型気化爆弾であるにもかかわらず、一つ目の爆弾は“送信機直結式”で二つ目は“送信機間接型時限式”だったのか。しかも二つ目の爆弾には、ご丁寧にもタイマー表示までもが付いてありました。よく考えてみてください。この方は当屋敷が無人だと思い込んで侵入されました。一つ目の爆弾を確認する火の見櫓としてです。そしてその痕跡を消すために仕掛ける爆弾が、百歩譲って時限式だったとしても、本来そこにタイマー表示など必要ありません。無人の屋敷でそれを眺める人などいるわけがないのですから。なのに、タイマー表示がわざわざ取り付けてありました。それは何故か。誰に向けてのタイマー表示なのか。答えは明白です」
サクラに明白とまで断言された答えを、俺はテーブル上で汗をかき始めたアイスレモンティーのグラスを見つめながら考える。
そして――――――――
「そっか……タイマー表示はすぐには爆発しないという証明。つまり、お前の命は保証されている―――――と、こいつに示すためか」
そう呟いて、こいつ――――こと、依然として意識を飛ばしている爆弾犯谷川を見やった。そしてそのまま、確認の意を込めてサクラへと視線を移せば、綺麗な青い瞳とぶつかる。
サクラは、ご明察とばかりに微笑んだ。




