爆弾と博識ドール(8)
現在、電球は消えている。
サクラ曰く――――――――
「信管から流れる電気はあくまでも起爆用。爆発してしまえば、電気自体不要なものとなります。そのため、通電時間も数秒程。つまり、この爆弾の信管は、自分の役目を終えたとして通電を切ったため、電球の灯りも消えてしまいました。なので、新しい信管を付け直さない限り、この爆弾はもう爆発しません。皆さん安心してくださいね」
――――――――――だそうだ。
うん、今日聞いた中で最もいいニュースだ。これこそ天国行きのニュースというやつだろう。風吹、よく覚えとけ!
しかし、さすがに三つ目ともなると、多少慣れも出てきて然程脱力感に見舞われないかと思ったが、そうでもないらしい。むしろ、二つ目の爆弾以上の脱力感が俺をソファに押し沈めている。
もはや立つ気力さえない。本部に連絡?そんなもの、する気も起らない。社会人の鏡?そんなもの、クソ喰らえだ。
だいたい、本部に説明するにも俺自身が状況を把握しきれていない。
今の俺にわかることは、三つ目の爆弾はもう爆発しない。ただそれだけだ。
とはいえ、このままずっと呆けているわけにもいかないのも、また確かなわけで………
「キョウちゃん、この爆弾のお迎えは、あとどれくらいで来られます?」
「あ?あぁ…………本部に連絡を入れたのが三十分……いや、四十分前だから、あと二、三十分くらいで来るはずだ」
正直、サクラに聞かれるまで、爆専の奴らがここに来ることさえすっかり頭から抜け落ちていた。
しかし、爆専の奴らは爆弾は二つと思っているはずだから、この三つの目の爆弾を知ればどんな反応を示すだろうか…………と、特に爆専チームリーダー、赤松 豪の顔を想像して笑ってしまう。
あの、それでなくても大きな目のバグ顔が、どんな驚愕の表情を見せてくれるのか――――と。
さらに目を剥くのか、白目となるのか、それとも……………それはそれで見物だ。
とにかく俺だって心底驚いたんだ。お前らも死ぬほど驚け!
そんな捨て台詞を内心で吐き捨てて、俺はようやく今日一日分の溜飲を下げた。
「ところでサクラ、爆専の奴らが来る前に、謎解きを聞いておきたいんだが、大丈夫か?」
俺の一言に、今の今まで絨毯の上で放心状態で転がっていた風吹も起き上がり、「サクラちゃん、俺も聞きたい!」と言い始める。
ちなみに、先程一度意識を取り戻していたはずの爆弾犯谷川は、またもや魂が抜け出てしまったらしく、こいつは不参加希望だな…………と、勝手に判断する。
そんな俺たちにサクラはニッコリと笑って、「えぇ、もちろんです。それでは何か飲みながらお話しましょうね」と、上戸執事へと視線を向けた。
こんなことは日常茶飯事とばかりに、まったく疲れを感じさせない…………というか、動揺一つ見せなかった上戸執事によって、テーブルの上に並んでいた物騒な代物が綺麗さっぱりと片付けられ、再びお菓子とお茶が並べられる。
そして完全にお茶会の支度が整ったところで、上座――――俗にいうお誕生日席へと移ったサクラが上戸執事に声をかけた。
「川上、お客様に対していつまでもこんな醜い顔をお見せしておくのは失礼だから、髪を解いて欲しいのだけれど……お願いできる?」
そのサクラの台詞に俺はもう一つの衝撃を思い出した。
俺がこの部屋に招かれた時、サクラは長い髪を下ろしていた。それもホラー映画に出てくる幽霊のように、髪で顔を隠した状態で。
今のようにサクラが髪を一つに括ったのは、爆弾解除をするためであり、その際も『わかっています。私の顔がとても醜いことぐらいは………でも、今は非常事態なのでこのように曝してしまうことを、どうかお許しくださいね』などという、お前は自分の顔を鏡を見たことがあるのか?と問い質したくなるようなことを口にしていた。
そしてそれは風吹が来た時にもだ。
これらのサクラの言動を見る限り、謙遜でもなく、本当にそう思い込んでいるとしか思えなかった。
俺の横でようやくソファに腰を落ち着けた風吹も、「サクラちゃんが醜い?ねぇ、どこが?」と、俺への問いかけなのか、それともただの独り言なのか、判断しかねる口調で呟いている。
風吹はまだサクラが髪を下ろした姿を見たことがないので、今はまだサクラの自己評価への疑問しかないが、実際にあの姿を目にしたらどんな反応を示すのだろうと、これまた正直なところ興味はある。
しかしその俺の個人的な興味だけで、サクラをあの姿に戻すのはよろしくない。というか、話を落ち着いて聞ける気がしない。そしてそれは上戸執事もわかっているらしく、困ったように眉を下げた。
「川上、どうしたの?」
なかなか髪を解いてくれない執事に、サクラは不思議そうに首を傾げる。
やはりその姿も愛らしく、醜さの欠片もない。だが、それを口にするのはなんだか妙に憚れた。
これは俺の勝手な想像にしかすぎないが、サクラがそう思い込んでしまった原因の一つに、あの誘拐事件が関係しているように思われたためだ。
そこで、俺なりにない知恵を絞り出す。いや、こういうことに知恵は必要ないのかもしれないが、俺は風吹と違って女が喜びそうな気の利いた台詞の一つも持ち合わせていない。だから、とにかく髪を解かなくとも、全然そのままで構わないということだけを、やんわりと伝えられる方法を探す。
しかし方法と言っても、やはり言葉に頼るしかないわけで……………………
「あぁ……サクラ。髪を解いてしまったら、お茶が飲みにくいだろ?俺たちのことは気にすんな。あだ名と呼び捨てで呼び合う、一緒に爆弾を解体した仲間だろう?だから、お客さま扱いは一切不要だ」
うん、我ながらなんとも色気のない台詞なんだ…………と項垂れたくなる。
いや、本当にもう少し女の子にかけるそれらしい台詞があるだろう!と自分で自分に突っ込みを入れてみるが、そんな台詞が一つも思いつかないからこそ、こんなどこぞの少年漫画の主人公みたいな台詞になってんだろうが!と、即座に突っ込み返す。
そのため、風吹から向けられる残念な子を見るような目も、同じく上戸執事から向けられる痛い子を見るような目も、今は甘んじて受け止める。
しかし、そう言われた当の本人であるサクラは――――――
「私とキョウちゃんが仲間。とても素敵な響きです。えぇ、そうですね。仲間なら隠し事はいけませんね。わかりました。このままで行きましょう。実はですね、お茶を飲むにはこのままの方が楽だからとても助かっちゃいました」
などと、嬉しそうに笑う。
その笑顔と言葉に絆されながら「あぁ、それはよかったな」と、照れ隠しも手伝って、俺はそっけなく返した。
「それでは、謎解きに入りますが…………その前に一つ、キョウちゃんと風吹さんに確認しておかなければならないことがあります」
「あぁ……俺が持ってた爆弾についてだな?」
俺がそう聞き返すと、サクラは神妙な顔で「そうです」と頷いた。
もちろん、サードの隊員として守秘義務というものは常について回る。だが、もう完全にこの事件の巻き込まれてしまっているサクラに、今更守秘義務もない。なので、俺は今回の依頼者である銀行名だけは伏せて、この事件の概要をざっくりと説明することにした。
零時丁度に届いた爆破予告からはじまり、サードの作戦会議で爆弾が貸金庫にあると絞り込んだその根拠。そして俺が炎天下の中を爆弾を持って歩く羽目になり、この屋敷へとたどり着いた理由等々、かなり駆け足ではあったが、俺はありのままの事実だけをサクラに告げた。
サクラは俺の話を最後まで黙って聞いていたが、すべてを聞き終わると、「やはりそうですか………」と呟き、ミルクティーを一口飲んだ。
俺もまた、上戸執事が用意してくれたアイスレモンティーで喉を潤す。
そしてそのグラスの氷がカランと音を立てたところで、サクラが再び口を開いた。
「今回の事件の三つの爆弾は、すべてある人物が残したある物を消すために用意されました。そう、一見それぞれが違う目的のために作られた爆弾のようですが、そうではありません。目的はすべて同じなのです」
しかし、それにすぐさま風吹が疑問を投げた。
「ちょ、ちょっと待って、サクラちゃん。一つ目の爆弾は、同銀行内の貸金庫のどれかに保管されていた物の排除ため―――――ということはわかる。でも、二つ目の爆弾は、ここにいるこいつ…………この意識飛ばしちゃっている爆弾犯谷川が侵入した痕跡を消すために用意された爆弾で、三つ目はトカゲのしっぽ切りのために用意された爆弾、ということではないの?」
それに対して、サクラは小さく首を横に振った。
「三つ目の爆弾はともかく、二つの目の爆弾はこの実行犯の方にそう思わせる手前、表向きにはそうなっていますが、実際は違います。この三つの爆弾は――――――」
そこまで告げて、サクラは一度上戸執事へと視線をやった。そして、上戸執事が頷くを確認してからもう一度口を開く。
「今回のこの三つの爆弾は、綾塔という科学者が残した論文をこの世から消し去るために用意されました」
「えっ?綾……塔…………?」
思わず呆けたように呟いた俺。
そして俺の視線は宙を泳ぐかように上戸執事へと向かい、サクラへと戻る。
綾塔……それは………サクラの本名で……
科学者は…………サクラの親父さんだ。
つまり……あの事件はまだ続いているのか?
いや、続いていることは知っている。俺もまだその渦中にいるのだから…………
けれど、あの時は確か………組織は綾塔教授の論文が欲しくて…………
だからサクラは……誘拐されて…………
なのに、今度は消し去る?
さっぱり意味がわからねぇ…………
過去の誘拐事件と今回の爆弾事件。
二つの事件はさらなる混乱を生むように、ぐるぐるとマーブル模様を描き始めた。




