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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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爆弾と博識ドール(5)

 毛足の長い絨毯に転がるグラスと透明な氷。

 そして僅かに残っていたアイスレモンティーによって作られたシミ。

 

 グラスが割れなくてよかったな―――――

 

 そんな小さな危機回避を得て、一時停止していた俺の思考が再び回り始める。

 

 俺もサードに入って、色々な事件を見てきた。

 そして、それなりの経験も積んできた。

 二十三歳とサードの中ではまだまだ若造だが、それでも俺は十三歳の時からサードに匿われ、ずっとそこで生活と訓練をしてきた分、熊こと小仏班長や、うちのボス、久利生(くりゅう)社長の次に古株だったりする。

 なんせサードは、多岐多様化した犯罪へと対応するために、今から約十年前に設立されたまだまだ新しい組織だ。その設立直後に俺は熊によってサードへと連れてこられ、尚且つ『立派な狂犬にしてやる』いう熊の宣言通り、訓練の名のもとにシゴキにシゴキ……いや、鍛えに鍛え抜かれた。

 そして十六歳から仮隊員、十八歳から正式隊員となった俺は、多種多様な事件を見てきた。いや、見てきたつもりだった。

 それがすべて、いつか必ずサクラへ辿り着くための手がかりになるかもしれないと信じて――――――――――

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。

 ようやく会えたサクラと上戸は、俺よりハードな世界にいるような気がするのだが…………これって、気のせいか?

 だって、あり得ないだろう。一日で爆弾三つ!それも数分前に解除して、やっと息を吐けるようになったと思ったのも束の間、『もう一つ爆弾があるのかもしれないのだけれど……』発言。しかもそれを、世間話程度の気軽さでさらりと言って退け、上戸執事は引き攣り笑いではなく、『お嬢様の推理力にはいつも感服いたしております』などと微笑みを返す始末。

 先程も、神経が図太すぎだろう…………とは思ったが、もはや神経が麻痺しているとしか思えない。

 お前ら、今までどんな生活を送ってきたんだ!

 真剣に心配になってきたが、それを確かめるのは後だ。

 俺は上戸執事からアイスレモンティーを受け取ると、それをストローも使わず一気に飲み干し、氷だけとなったグラスを押し付けるように上戸執事へと返した。

 そして、俺は爆弾犯ではなく、サクラへと追及の矛先を向ける。

「サクラ、もう一つ爆弾があるとはどういうことだ?」

 サクラは俺に呼び捨てで“サクラ”と呼ばれたことが嬉しかったらしく、「キョウちゃんからそう呼ばれると、なんだかとっても嬉しいです。ふふふ、どうしてでしょうね」と、顔を綻ばせる。その顔があまりに可愛らしくて、俺もついつい絆されそうになるが、今はそれどころじゃねぇだろ!と自分を戒め、「それはよかったな」と、そっけなく返す。

 そんなおざなりでしかない言葉でも、サクラは「はい、よかったです」と嬉々として頷き、それからようやく俺の問いかけに対する答えを口にした。

「爆弾はまだあるかもしれないという段階で、絶対にあるとは言い切れません。けれど、二つの爆弾が同じ形状だったにもかかわらず、爆破方法が微妙に異なっていた点から、ある推測を立てることができます。なので、まずはそちらの方に一通りの確認をした後に、爆弾の有無を確定したいと思います」

「わかった。ちなみにだが…………そのもう一つの爆弾は、すぐに爆発するようなものではないと思っていいのか?」

 何しろ、サクラと上戸執事がここまで落ち着き払っているくらいだ。そう慌てることはないのだろうと、期待も込めて聞いてみれば………………

「絶対とは言い切れませんが、私の予想ではまだ二十五分ほどの猶予はあります。なので、五分で話を終わらせて、爆弾を確定次第、すぐに解体します」

 という、このまま気絶してしまいたくなるような返答がきた。

 っていうか、まじで気絶したい……………

 しかし、そんな話を聞かされて、俺たちの心境で言えば慌てないわけにはいかない。

 そもそもその二十五分という時間はどこから来たんだ!何算だ!頼むから、馬鹿でもわかるように話してくれ!

 いつかの馬鹿談議ではないが、俺は中一で中退してんだ!なんなら、猿か犬に説明するように……って、もしかしてサクラは小一で中退か!

 なのに、何なんだその頭脳は!

 あぁ、クソッ!今はそんなことはどうでもいい!とにかく爆弾だ!

 ずっと呆けていた風吹も、このサクラの言葉で一気に覚醒する。そして、当然の如く俄かに慌て始めた。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!これは夢なの!ねぇ、俺は悪夢を見てるの!ならキョウ、今すぐ俺を叩き起こして!一日に爆弾三つとか俺の許容範囲を軽く超えちゃっているから!」

「騒ぐな!俺だって同じだよ!とりあえず、今は爆弾の確定が先だ!サクラ、早く聞き出せ!」

 俺からの指示に、サクラは「はい!只今」とそれはそれは愛らしい笑み付きで、まるで見本のようないい返事をすると、再び爆弾犯へと向き直った。

 案の定、爆弾犯はあまりの衝撃で魂が抜けかかっており、息をしているかも怪しい状態だ。

 そしてその足元では、上戸執事が爆弾犯の落としたグラスと氷を回収し、さらには「このしみは、後でしみ抜きをいたしましょうね」などと呑気なことを言っている。

 その温度差と言うか、もはや次元が違っていると言うか、ここまでくると滑稽でしかない。

 正直俺もなんだか馬鹿馬鹿しく思えていた。

 何をそんなに慌てているんだと。

 俺はこの上戸執事を信じている。そしてこの上戸執事は、サクラのことを全面的に信じている。ならば、俺がサクラを無条件に信じるのは、難解な数式やら大仰な理論やらも必要ない、ごくごく簡単な証明問題だ。

 世間ではそれを開き直りというのかもしれないが、何とでも言えばいい。

 ここまできてドタバタしても仕方がねぇ。

 ま、なるようになるだろ…………っていうか、もうなるようにしかならねぇだろ。まじな話…………

 とまぁ、そんなわけで――――――

「あの……お話聞いても大丈夫ですか?もしもし?起きてますか?」

 先程からまったくサクラの声に反応を示さない爆弾犯に、取り敢えず俺は半分抜けかかっている魂を力業で突っ込んでやることにした。



「―――――それでは、先ずある場所に超小型気化爆弾を設置し、その爆弾を無人だと思い込んでいた当屋敷にある時計台から、お持ちの送信機を使い、遠隔操作で爆破する予定だったんですね?」

 サクラの問いかけにコクンと爆弾犯が頷いた。もちろんある場所とは、銀行の貸金庫だ。爆弾犯の反応に満足げに頷き返したサクラは、優雅にも一度ミルクティーで喉を潤してから話を続けた。

「そしてあなたはここからその爆破を目視で確認した後、もう一つの超小型気化爆弾を、当屋敷の時計台に置いて立ち去るように指示を受けていた。それも細かい時間指定付きで。違いますか?」

 今度は首を横に振った爆弾犯。おそらく、“違わない”と言うことなのだろう。

「さらにあなたはこの屋敷を出てから送信機で爆弾のタイマーを起動させるよう指示されていましたね。それも、この屋敷を出てすぐに。それから二十分、もしくは三十分程歩くようにとも」

「三十分だ…………」

 そうはっきりと答えた爆弾犯に、サクラは「三十分ですか……」と繰り返してから、「川上、地図を」と命じた。

 即座に用意された地図。それをお茶会のテーブルの上に広げて、サクラはある一点を指差した。

「ここが、当屋敷になります。そしてあなたはこう指示されていたはずです。『屋敷出て、爆弾を起動させたら三十分程歩き、この住宅街を抜けた先にある河川敷へ向かえ』と」

「そ……その通りだ」

 爆弾犯は驚いたようにサクラを見つめた。そりゃそうだろう。

 実際に見聞きしたわけでもないサクラが、爆弾犯が受けた細かい指示内容まですべて言い当てているのだから。

 正直俺も驚いてはいた。だが、それを微塵も顔には出さない。

 俺自身の矜持もあるが、信じると決めた奴が一々驚いてりゃ世話ないだろうという単純な理由だ。

 しかし、風吹は単純に驚いたようで、「サクラちゃん、どうしてそんなことがわかるの?」と、尋ねている。

 するとサクラはニッコリと笑って、再び地図を指差した。

「この屋敷から、人目がつかず、尚且つこの屋敷の時計台が見える場所として考えられるのは二か所。一つはここから歩いて二十分ほどの場所にある新緑公園。もう一つはここから歩いて三十分ほどの場所にある河川敷。そしてこの方のお答えが三十分でしたので、河川敷だとわかりました。そして、なぜ細かい時間指定付きであると判断したかといいますと、先程のタイマーが四十五分後に爆発するように設定されていたからです。三十分後でも、一時間後でもなく、四十五分後。つまり指示する側には、分単位で立てたスケジュールがあり、そのスケジュール通りにこの方に行動させていると思いました。ちなみに徒歩でと断定したのは、この方が持たれていた爆弾が超小型気化爆弾というとても繊細なもので、乗り物は使えなかったはずだと考えたからです。そのため、帰りもおそらく徒歩になるだろうと予想いたしました」

 なるほど………そういうことか………

 表情一つ変えないものの、俺は内心で感心と納得を繰り返す。

 そんな俺の内心を、正確に読み取ったらしい上戸執事が持病の発作を起こしかけているようだが、もちろん見て見ぬふりだ。

 その間にも、サクラの確認が再開される。

「それからあなたは、河川敷で当屋敷に仕掛けた爆弾が爆発するのを確認した後、また別の場所に移動するよう指示されていましたね。二つの送信機と交換で、成功報酬を受け取るために。それに対しても、細かい時間指定付きだったはずです」

 ここでも大きく頷いた爆弾犯に、サクラもまた頷き返してから、「キョウちゃん」と俺に呼びかけた。

 そして告げる。

「やはり爆弾はあります。それを導き出した理由は、二つの送信機と、ある矛盾からです。でもその謎解きの前に、ある物に仕掛けられている――――いえ、これも私の予想なので確認してみないとわかりませんが、そこにあると思われる爆弾の解除をいたします。それでよろしいですか?」

 よろしいも、よろしくないもない!

 爆弾解除、もちろんそれが最優先事項だ!

「サクラ、頼む!」

 わざわざ上戸執事に、信用性を問う必要もない。今や、サクラに絶対的信頼を持って俺はそう答えた。

 すると何故かサクラは、一瞬驚きで青い瞳を大きく瞠った。しかし、徐々に蕾が綻び咲いていくかのように笑みの花を満面に広げていく。

 そして――――――――


「キョウちゃんは、私の欲しいものをくれる人なんですね」

 

 それはいつかも聞いた台詞。

 今は遠いあの日、まだ幼いサクラからもらった言葉だ。


 あの日の俺が気まぐれに差し出したものは、折れた桜の一枝だった。

 今の俺がサクラに無条件で差し出したものは、信頼とその証となる言葉。


 あの日と今では、形も重みも違うけれど――――――

 

 あぁ、いくらでもくれてやるよ。

 サクラの笑顔が見られるのなら……

 こんなにも俺の心が満たされるのなら……

 サクラが望むもの全部。

 

 この俺が――――――――


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