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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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爆弾と博識ドール(4)

 時刻は午後12時22分。


「と、取り敢えず……本部に連絡………」

 

 何はともあれそう告げた自分を褒めてやりたいと思う。

 掠れ声で、あまり呂律も回っていなかった気がするが、なんせつい先程まで地獄に片足を突っ込んでいた身だ。

 この世に再び両足で立てることに歓喜するでもなく、そのまま脱力感で寝ころぶでもなく、ただただ己の責務を全うしようとする俺を、「社会人の鏡だ…………」などと自画自賛したところで罰は当たらないだろう。

 いやもう…………それくらい自分に言ってやらないと、完全に力が抜け落ちた身体は言うことを聞きそうにない。

 そう、俺は褒められて伸びるタイプの人間だ。豚もおだてりゃ木に登るように、狂犬だって褒めてやれば従順に仕事をこなすのだ。たぶん………………

 そんなわけで、ソファーにぐったりと項垂れるようにして座りながら「風吹…………」と声をかけた。もちろん本部への連絡を頼むためだ。

 えっ?自分でしないのかって?

 いやいや、責務を全うする気はあるが、何も自分で連絡するとは言っていない。そもそも、俺は炎天下での爆弾のお守りで精も根も尽き果てている。もはや本部に説明するだけの気力は持ち合わせていない。

 しかし、風吹もまた燃え尽きていた。つい数秒前まではしゃがみ込んでいるだけだったが、今では完全に大の字に寝転んでおり、俺の声にもピクリとも動かない。

 確かにタイムキーパーとしてリアルに過ぎていく時間を見ていたことを考えれば、風吹の状態もまたわかる。

 時間と一緒に己の神経もすり減らしていたのだろう。

 ちなみに対面に座っていた…………というか、強制的に座らされていた爆弾犯は、半分意識が飛んでしまっているようだ。

 もはや閉じることもままならないのか、糸のように細い目は完全に開き切り、口からは白い泡らしきものが垂れている。俺の第一印象では三十代後半といったところだったが、今や五十代だと言われても納得できてしまうほどの老け込みようである。

 しかし、命あっての物種。トカゲの尻尾は本体にくっ付いていてこその尻尾だ。

 爆弾及び、爆弾犯も無事確保できたこの状況に(完全に他力によるものだが)、俺はようやく息らしい息を吐くと、仕方がねぇから俺が入れてやるよ………などと恩着せがましく、自ら本部に連絡することを決めた。と同時に、俺の横ですくっと立ち上がる気配がする。

 その気配につられ、ふと顔を上げて横を見やれば、上戸執事の向こう側でサクラが立っていた。

「うふふ。皆さん随分とお疲れのようだわ。川上、お茶の用意をしてくれる?これからティータイムにいたしましょう。もちろん川上も参加するのよ」

 そのサクラの指示に、忠実であり、とても優秀な執事と化している上戸が俺の横でピシッと立ち上がる。

「なんとお優しいお言葉。川上、感無量でございます。かしこまりました、お嬢様。すぐにお茶の用意をして参ります。咲良お嬢様には温かいミルクティーを。皆様方には冷たいレモンティーをご用意いたしますね」

「えぇ、そうしてちょうだい」

「かしこまりました。では早速」

 そう告げるや否や、サクラの横をすり抜けるようにして上戸執事がソファーから抜け出し、颯爽と部屋を出ていく。その後ろ姿を目で追いながら――――――

 こいつら化け物か。サクラも上戸も、神経図太すぎだろう…………

 そう内心で呟き、自分の不甲斐なさも相俟って、俺は再びガックリと項垂れた。



 色々聞きたいことがある。

 色々言いたいこともある。

 しかしやっぱり爆弾と爆弾犯、そしてついでに風吹が邪魔で――――――――

「久しぶりにアイスレモンティーなんて飲んだけど、この世の飲み物は思えないほどに美味しいよ。いや、ほんと大袈裟でもなんでもなく、五臓六腑に染み渡って生きてるって実感もできた。うん、今度から事件が解決した後にはアイスレモンティーを飲むことにしよう」

 ほんとよく言う………………と、すっかり本調子を取り戻した風吹に、俺はじとりとした視線を向ける。

 何が今度から事件の解決した後にはアイスレモンティーを飲むだ。『事件の後には絶対に、グアテマラ産のコーヒー豆を自分で挽いてじっくと味わいながら飲む。これが至福なんだよ。ま、味音痴なキョウはわからないだろうけどね』などと言っていたのはどこのどいつだ!

 本調子どころか、調子がいい性格までしっかりと本領発揮し始めた風吹に、「本部に連絡しておいたぞ」と声をかければ、「お疲れ~キョウもアイスレモンティーいただきなよ」というお気楽な返事がきた。

 やはりサクラや爆弾犯がいる場所で連絡するのは憚られ、わざわざ部屋の外で本部に連絡を入れてきたのだが、すっかり元気を取り戻した風吹を前に、うっかりと仏心を出して自分で連絡しようなどと思ったことを後悔したくなる。

 もちろんその後悔の理由は、この風吹だけではないのだが………………

「それで誰と話したの?」

「熊と植田だ」

「うわぁぁぁ…………植田姉さんまで出てきたの?キョウったら愛されてるねぇ」

「そんなんじゃねぇよ!まったく姉貴面ばっかしやがって…………」

 ウチの化学分析班主任、相田直美は俺や風吹の四歳上で、普通に黙っていればそこそこの美人だが、口を開けばバッサバッサと相手を切り倒す、大鎌仕様となっている。

 そして俺の事情を知る一人でもあるため、俺に対し同情というか、庇護欲というか、俺にとっては甚だ迷惑でしかないものを勝手に抱いているらしく、あれやこれやと世話を焼いてくる。

 言うなれば、完全に弟扱いだ。そして先程も………………

『風吹くんから聞いたわよ!まったく爆弾を持ちながら爆弾犯を追うなんて、馬鹿なの?少しはその単細胞を分裂させて、まともな思考を持つ人間になりなさいよ!ほんと、どうすれば狂犬に躾ができるのかしら。真っすぐ帰ってくることもできないなんて…………』

 と、ボロクソに言われ、さらには呆れられた。というか、弟扱いどころか、犬扱いである。

 その時の会話を思い出し、暫し遠い目となった俺にサクラが問いかけてくる。

「キョウちゃん、愛されているの?」

 どこか拗ねたようにも聞こえたその声に(俺の都合のいい思い込みかもしれないが)、俺は「それはない!」と、大急ぎで否定する。いや、さっきも風吹に否定は入れたが、ぞんざいにではなくきっぱりとだ。

 しかし何故かそこに、慣れた手つきで俺用のアイスレモンティーを作り始めた上戸執事が参戦してくる。

「おやおや、狂犬様は随分とおモテになるようですね。なんとも羨ましい…………」

「なッ!」

 いやいや、あんた何言ってんだ!モテんのはあんたのほうだろうが!まぁ、五日でフラれてたけどな!

 っていうか、何どさくさに紛れて“狂犬様”とか呼んでんだ!“狂犬”に“様”を付けるな!“お犬様”みたいになってるじゃねぇか!

 言い返してやりたい台詞を何一つ返せないままに、俺は上戸執事を睨みつける。そんな俺に対して、上戸執事は降参とばかりに両手を上げた。但し、小刻みに震えながらだ。

 そこへ割って入るように、事の発端であり、元凶でもある風吹がしれっと聞いてきた。

「で、この後俺たちはどうすればいいの?」

 この野郎が………とは思うものの、任務の事を答えないわけにはいかない。淡々と義務的に返してやる。

「待機だ。この炎天下の中を阿呆みたいに踊り回っていた爆専の奴らが、ここへ爆弾を迎えにくるってさ。それまで俺たちはここで待機………………」

 とまで告げて、俺はあることに気がついた。そして、順番が逆になっちまったな…………と反省しつつ、この屋敷の主人であるサクラへと向き直った。

 どう取り繕ってみても、完全に事後承諾の形となってしまっているが、このまま当然のように居座ることもできない。そこで、改めて承諾を得るために、俺はサクラに頭を下げる。

「申し訳ないが、迎えがくるまでもう少しこちらで厄介になりたい。それと、今回の爆弾解除と、この爆弾犯のことで一度サードの本部で話を聞くことになるかもしれない。もし、そのことに何か問題があるなら、俺がなんとでも…………」

 そう言葉にしながら、今のサクラたちの状況を考える。

 未だサクラたちは組織から追わているのか?

 そして警察からも隠れているのではないのか?

 だからこそ、本宮刑事は特殊メイクで川上という名の執事に化け、さらには幽霊屋敷の外観で周りの目を欺きながら、この屋敷内で身を潜めていたのではないのか?

 そんな疑問と不安が頭を擡げる中、俺は頭を下げたままでサクラの答えを待った。

 もし、本部へ行くことに問題があるなら、爆弾と爆弾犯を引き渡した後に俺だけがここへ残り、ゆっくりと話を聞けばいいと思ったからだ。

 しかしサクラから返ってきた答えは予想外のものだった。

「キョウちゃん、頭を上げてください。もちろん私たちに問題はありません。でも、キョウちゃんたちのお迎えがくる前に、もう一つ片づけてしまわなければならないものがある―――――そんな気がするのだけれど……」

 最後の台詞は返答というより、まるで自問自答の独り言のようで、サクラはその視線を俺から爆弾犯へと向けた。

 その爆弾犯はアイスレモンティーを飲むために手の結束が切られ、今度はロープでソファーに身体を固定されている。

 両手は自由になったが、先程よりも身体が不自由となり、これでは素直に喜べないといったところだろう。とはいえ、アイスレモンティーを飲ませてもらえているだけで、満足しているのかもしれないが…………

 そして今も現在進行形で、シマリスの如くしっかりと両手でグラスを持ち(まったくもって可愛くもないが)、ストローでコクコクとアイスレモンティーを飲んでいる爆弾犯に、サクラは青い瞳を少し細めながら話しかけた。

「アイスレモンティーがお口に合ったようでよかったわ。ところで教えていただきたいのだけれど、あなたはお金を積まれて実行役となったのでしょう?つまり、誰かの指示で当家に爆弾を仕掛けることになったということでいいのかしら?だとしたら今回のことが成功した後、あなたは成功報酬をどうやって受け取るつもりだったのかしら?その返答次第では、もしかしたらもう一つ爆弾があるのかもしれないのだけれど…………ねぇ、川上はどう思う?」

 コテンと首を傾げながらサクラがそう問いかけると、上戸執事は俺にアイスレモンティーを差し出しながら、「お嬢様の推理力にはいつも感服いたしております。おそらくお嬢様がそう思われるのでしたら、間違いなくそうなのでしょう」などと、微笑みながら返す。

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 もう一つ爆弾………………だと?


「「「はぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉」」」

 

 俺と風吹と爆弾犯の三重奏。

 その衝撃で、爆弾犯の両手からグラスが滑り落ちた。

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