爆弾と博識ドール(3)
結果から言おう。
いや、結果も何もまだ後夜祭が残っているため………いや、どちらかと言うと、今のが前夜祭でこれからがお祭り本番といったところなのだが、取り敢えず俺と風吹も、サクラと上戸も、ついでに爆弾犯も生きている。
頭もある。手も足もある。五体満足だ。よし!
ほんと、再会していきなり無理心中とか勘弁してくれと思う。
だが、これで一先ずこいつのお守りは終わりだな――――――と、ずっと両手で抱えていたスポーツバック入りの爆弾を、俺はようやく床へと置いた。
とはいえ、未だ爆弾としての機能を有しているため、慎重に慎重を重ね、息を殺しながらゆっくりとだ。そして、ようやく呪縛から解放されるかのようにそれから手を放すと、盛大なるため息を一つ深々と吐いた。
可能ならば、このまま大の字になって寝ころびたい。
いや、その前にシャワーを浴び、このよくわからない汗からも解放されたい。
疲労感が一気に押し寄せてきたが、今はまだ早いと何とか堪えて立ち上がる。
俺の隣に立つ風吹もまた、どっと冷や汗が噴き出したようで、おしゃれジャケットをその場に脱ぎ捨てている。普段なら丁重に椅子に掛けるなりするのに、もはやそんな気も回らないのだろう。そして、珍しくも蒼白となりながら俺へと問いかけてきた。
「サ、サ、サクラちゃんは、爆弾を処理できる特殊技術でも持っているのかな?」
「知らねぇよ」
数分前に再会したばかりで何を知っているって言うんだと、半ば呆れながらぞんざいに返す。ただ、サクラというよりも…………と、サクラの横に澄まし顔で控える上戸執事へと視線を向ける。
おそらくそんな技術を持っているとしたら、こちらの上戸の方だろうと―――――
だが、俺たちのそんなやり取りを聞いていたサクラが、何故か自信満々に告げてくる。
「特殊技術も持っているのかどうかと聞かれると、持っていないと答えるしかないけれど、この爆弾の仕組みについては全部頭の中に入っているから問題はありません。足りないのは実地のみです。だからキョウちゃんも風吹さんも、そしてそちらの方も大船に乗った気で私に任せてくださいね」
いやいやいや、実地未経験の奴に任せたくねぇ!と、そちらの方こと爆弾犯も含め、俺たち三人は一斉に首を横に振る。
またもや爆弾犯と同意見となってしまったが、これこそ常識ある人間のまっとうな意見だと思う。
まぁ、爆弾犯に常識があるかどうかは別にして。
しかし時は、無情にも流れ―――――――
「川上、あと五分を切ったわ。急ぐわよ」
「かしこまりました。咲良お嬢様」
などと、もう一つの爆弾の解体作業が始まろうとしている。俺は思わず「本当に大丈夫なのか!?」と、サクラではなく上戸執事を問い質した。
するとその上戸執事は、老紳士風の特殊メイクの下で、いつかも見せた微笑みを湛えながら言い切る。
「あなたの信用を裏切ることはしませんよ。だから私たちを信じてください」
あの時もそうだった。
もうこの世には存在しない手紙の言葉だけを信じて、俺は今まで生きてきた。だから、ここで信用しなければ嘘だろう。
「――――――わかった。信用する」
俺からの返答に、上戸執事とサクラまでもが力強く頷いた。
とはいってもだ。信用したからといって、忽ち不安が払拭されるわけでもない。
そんな俺の心配を感じ取ったサクラが、上戸執事にテキパキと今から使う工具についての指示を与えながら、説明を始めた。
「キョウちゃんが持っていた爆弾を、送信機直結型爆弾と称するなら、こちらの爆弾は送信機間接型時限式爆弾です。そして現在、送信機からの信号を受け、タイマーが動き出した状態にあります。つまり、この爆弾はタイマーから流れ出した微量の電流のせいで、完全にスタンバイ状態にあるということです。なので私たちは、この爆弾を解体するのではなく、タイマーの方を解体…………いえ、今から少しばかり干渉します。流れ出した電流をいきなり全カットしてしまえば、爆弾に負荷がかかり爆発する恐れもあるため、徐々に電流の流れを少なくしていき、最終的にはゼロを目指します」
そこまで一気に告げて、サクラはニッコリと笑うと、「お二人ともお手伝いいただけますか?」と聞いてきた。
否と答える理由はどこにもない。
「了解。俺たちは何をすればいい?」
そう即座に尋ねれば、サクラから間髪入れず指示がくる。
「キョウちゃんは、ライトを。風吹さんはタイムキーパーを。残り三分からカウント開始」
「「了解!」」
それに満足げに頷いたサクラは、次に爆弾犯へと視線を向けると、「あなたはこの爆弾の実行者であって、作製者ではないのでしょう?だったらそこで、命の重たさを確かめていなさい」と、ぴしゃりと言い放った。
そのあまりの格好良さに、風吹は口笛を鳴らし、俺は口角を上げ、上戸執事は眩しそうに目を細めた。
「カウント開始、残り三分!」
風吹の声が響く。
それを耳に入れながらも、サクラが冷静に上戸執事に指示を出す。
「川上、右上のビスをから時計回りに外していって」
それを受けた上戸執事が慣れた手つきで、ビスを外していく。どうやら、解体作業は実地未経験のサクラではなく、この上戸執事が行うらしい。そのことに若干の安堵を覚えながら、俺は手に汗とペンライトを握り、上戸執事の手元を照らし続ける。
作業場所は、お茶会のテーブルの上。爆弾犯の対面に左から俺、上戸執事、サクラの順番でソファーに座り込み、タイムキーパーである風吹だけがテーブルの横に立っている。
並べられた色とりどりの菓子のせいもあり、端から見ればとても爆弾を相手にしているようには見えない。が、俺たちにしてみれば、真剣も真剣。正真正銘の命がけだ。
ちなみに、俺が抱えていた爆弾は、銀行の貸金庫に預けるためのカモフラージュとして、万華鏡やら、お手玉やらに偽装されていたが、今解体されているコイツは、味気も素っ気ない露骨すぎる姿を俺たちに晒している。
つまり、導線も加圧容器も、そしてそれらと繋がるタイマーもすべてが剥き出し。
ま、そのおかげで作業効率は非常によく、上戸執事によって瞬く間に四隅以外のビスもすべて取り外され、ラジオペンチでタイマーのカバーが持ち上げられる。
そこへまた風吹の声が時を告げた。
「残り二分!」
その声に動じることなく、上戸執事はカバーをテーブルの上に置いた。そして次に「その基板を取り出して」というサクラの言葉に従い、ラジオペンチでプリント基板と呼ばれるものを挟み、素早く取り出す。その基板へ、予め用意していたデジタルマルチメーターを指示通り接続すると、デジタル表記される数字とブザー音で導通具合を確認していく。
「残り一分三十秒!」
上戸執事の手には、いつの間にやらラジオペンチではなくニッパーが握られており、順々にサクラが指し示すものへとニッパーの刃が入れられる。その迷いも躊躇もない手の動きに、俺はこんな時だというのにサクラと上戸執事の絆を感じた。
「残り一分!」
依然として、電流は流れ続けている。その証拠にデジタルマルチメーターの表示する数字がゼロとなることはなく、導通を告げるブザー音も鳴り止む気配はない。
「死に…たくない………」
微かに聞こえてきた爆弾犯と思しき声。
サクラの言葉を受け、命の重たさを確かめていた爆弾犯は、自分の命でもってその重さを実感できたらしい。
なら今からは、どう転ぶかわからないこの楽しいお茶会が、どうか無事に終わりますようにとでも祈っとけ―――――と、内心で告げた。
「残り三十秒!」
電流を徐々にカットしていくはずが、先程からはんだごてを使い、新たな電子部品をせっせと基板に取り付け始めている。察するに、電流を逃がすための回路及び、抵抗器を取り付けているのだろう。しかし、その流れるような作業スピードに、この上戸執事の本職は一体何なんだと首を傾げたくなる。
そして――――――――
「残り十秒!」
「川上、切断!」
風吹の声とサクラの声が綺麗に重なった。が、上戸執事はサクラの声をしっかりとその耳に捉え、ニッパーの刃先を入れる。
カチンッ!
あぁ……思い起こせば、今日はうだるように暑い夏の日だった。
にもかかわらず、そこかしこで鳴いているはずの蝉の声も今は聞こえない。
そう、何も聞こえない。
ブザー音も、呼吸の音でさえも―――――
なぁ……俺たち………
生きて……いるんだよな…………
ちらりと横を見やれば、しゃがみ込んでいる風吹と目が合った。
風吹が俺に向かって、震える指を数本立ててくる。
「…………まじ……か」
「…………まじ……だ」
立てられた指の数は四本。
つまり、残り時間は僅か四秒―――――
その事実に鳥肌が立った瞬間、再び蝉の声が耳をつんざいた。




