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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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19/96

爆弾と博識ドール(2)

「ねぇ、何?この状況…………」


 午後12時12分。

 俺のバディである風吹礼司が、遅ればせながら飛んで火にいる夏の虫二号として合流した。

 白T(借り物)にジーパン姿である俺とは違い、どこぞのブランドものであるグレーのジャケットをさらりと着こなし、その下に着ている黒のブロードシャツもさりげなくボタンを外すなどして、とても炎天下の中をやって来たとは思えないほどに涼し気でおしゃれだ。

 しかも腹立つことに、身長は178センチと俺よりも2センチ程高く、見目も優し気に整っているため、非常にモテる。しかし、付き合っても長続きしないという軟派属性も持ち合わせおり、普段そこまでの焦燥を顔に出すタイプでもないのだが、今日ばかりはさすがに違ったらしい。

 そんなわけで、先程の第一声となる。

 もちろん、風吹をここまで案内したのは、執事である川上さんこと上戸だ。

 但し、その案内を上戸に頼んだのは、主であるお嬢様のサクラではなく、今到着したと風吹から連絡を受けた俺だった。

 なんせ、爆弾二つとその爆弾犯、さらにはそれを解体しようとする何より危険なお嬢様を放り出して、俺自身が風吹を迎えにここを出るわけにはいかなかったからだ。

 そのため、風吹のこの第一声はよくわかるし、俺が風吹の立場でもそう叫ぶところなのだが、今はそれに同意を返してやる余裕は、こちらにはない。そのため、言うべき文句と問いかけだけを口にした。

「風吹、来るのが遅っせーよ!で、本部には連絡したのか?」

「いや、したはしたけど………連絡した内容より悲惨なことになってない?これ………」

 風吹はテーブルの上のお茶会セットへとまず視線を向け、同じようにテーブルに並べられた爆弾と思しきものを確認してから、結束バンドで縛られたまま座る爆弾犯へと視線を移した。それから最後に、髪を一つに括った状態で、フォークとナイフの代わりにドライバーとラジオペンチを手に握る、この屋敷のお嬢様であるサクラを見つめた。

 そして大きく目を瞠り、思わずといった(てい)で呟く。

「青い目…………何なの?この綺麗な女の子は………………」

 しかし、風吹も決して勘が悪い方ではない。ハッとした表情を見せるや否や、まるで反射の如く俺へと振り返った。

「ま、まさかこの娘って、キョウの………」

 風吹は、俺のバディということもあり、サードの中で俺の過去を知る数少ない一人だ。

 したがって、俺が中学の時に巻き込まれた『綾塔咲良誘拐事件』も当然知っており、サクラの容姿についてもまた然りだった。

 さらには俺がずっとサクラと、そのサクラを助け出すために姿を消した本宮刑事の行方を追っていたことも知っているため、目の前のお嬢様がサクラだと察した瞬間、ごく簡単な方程式を解くかのように、風吹の視線は俺から一度上戸の執事へと向かい、再び俺へと戻って来た。

 あぁ、大正解だ。とはいっても、まだ本人の口からは何も聞けてねぇけどな…………

 そんなことを、バディの阿吽の呼吸で、無言のまま返す。

 すると、風吹はここぞとばかりに盛大なため息を吐いた。

「うん、わかった。今日は天国と地獄の大感謝祭だ。何の因果か知らないけれど、そこにキョウと一緒にお招きいただき光栄だよ」

「それはよかったな。だったら、この場を取り敢えず目一杯楽しむとしようか」

「いやいや、俺はキョウと違って狂犬ではないからね。絶体絶命の危機的状況を楽しむなんて境地にはなれないよ」

 そんな俺たちの会話を、不思議そうに聞いていたサクラがこてんと首を傾げた。

「ヒビキ様とフブキ様で…………それに、キョウ……様にキョウケン?」

 そのサクラの言葉に風吹が気づき、「あぁ……すみません。ご挨拶がまだでしたね」と、呑気なことを言い出した。いや、お前も十分危機慣れしているよ、と内心で返しておく。

「サードの風吹です。この響のバディをしています。ちなみに、俺たち風吹と響で音が似てるでしょ?だから響のことはあだ名の“狂犬”からちなんで、“キョウ”と呼んでいるんですよ。だから、俺のことは“風吹”、響のことは“キョウ”とでも“狂犬”とでも、好きに呼んでやってください。そのほうがキョウも喜びますから」

 まったくもって喜ばねぇよ‼

 内心で、そう突っ込みを入れたのと同時に、後ろでバンッ!と何かが壁、もしくは扉にぶつかる音がした。さらには「狂…犬…」というかすれ声まで聞こえる。

 もはや、わざわざその音と声の正体を確かめるまでもない。上戸が持病を発症しただけだ。

 どうやら後ろの上戸も、危機的状況に麻痺している人種らしい。うん、さすがだ。

 そして、サクラもまたその系統の人種だったらしく………………

「まぁ、響様は狂犬さんなんですね!」

 などと、何故かその場で飛び跳ねんばかりの嬉々とした声を上げた。しかし、すぐさま我に返ったようで、風吹にぺこりと頭を下げる。もちろんその手には、ドライバーとラジオペンチを握ったままで…………

「あ、すみません。私の方こそご挨拶が遅れました。こんな醜い姿を曝したままで申し訳ございませんが、緊急を要する事態ですので、このままでのご挨拶をお許しください。私は、当屋敷の主で染井よしのと申します。なので私のことは“サクラ”とお呼びくださいね」

「ん?醜い?……いや、えっと………サクラちゃん?」

 そう聞き返した風吹に、サクラは嬉しそうに頷き「できれば、私の方が年下ですので敬語もやめてくださいね」と付け加えてから、俺へと視線の矛先を向け、コテンと首を傾げた。

「ところで響様のことは、“キョウ”?それとも“狂犬”?どちらでお呼びすればよろしいですか?」

 博識かと思えば、風吹の言葉をそのまま鵜呑みにする、純粋培養された箱入りの世間知らず。

 サクラの過去を思えば納得もできるのだが――――――それにしても、もう“響”という選択肢はないんだな…………とも思う。

 しかし、“響様”も何だかなぁ……と思っていたところなので、「お好きにどうぞ」と返してやれば、サクラの顔は一気に綻んだ。

「私、誰かをあだ名で呼ぶなんて初めてだから、すごくドキドキしてしまうわ。でも、どうしましょう?“キョウ”?……“狂犬”?どちらも素敵で迷ってしまう…………」

 いやいや、“狂犬”に素敵要素なんて微塵もないから。

 その証拠に、上戸と並んで風吹までもが笑い始める始末だ。

「けれど、駄目ね。今は呑気に悩んでいる時間はないわ。さっさと決めてしまわなければ…………」

 そうそう、俺の呼び名なんかで貴重な時間を………………って、まじでそれどころじゃねぇから!むしろ呼び名とかどうでもいい話だから!

 そう口を開こうとした瞬間、それは来た。

「決めたわ。“キョウちゃん”って呼ぶことにします。だからキョウちゃんは私のことを“サクラ”と呼び捨てで呼んでくださいね」

「…………はっ?」

 魂を抜かれたかのように呆然となる俺。

 そりゃそうだろう。まさかここで、“ちゃん”呼びが来るとは夢にも思わなかった。

 正直、あの時の馬鹿呼ばわりよりもインパクトがあったかもしれない。

 しかし、サクラにはサクラなりの理由があるようで……………

「だって、“キョウ”だとなんだか偉そうですし、“キョウ様”や“キョウさん”だと他人行儀でよそよそしい感じがするし、“狂犬”はなんだか近寄りがたいイメージでしょう?確かにキョウちゃんはこんなにも格好良くて素敵だから、近寄りがたいイメージっていうのもわかなくもないのだけれど………でもね、せっかくあだ名で呼ばしていただくんですもの、やはり親しみがなくてはいけないわ。それになんだか不思議な感覚なのだけれど、貴方を見ているととても懐かしい感じがするの」

 おいおい、格好良くて素敵って……………一体誰の話だよ。

 風吹に言わせれば、それなりの格好して黙っていれば、俺はモテるタイプの人間らしいが、はっきり言って俺自身、自分の容姿にまったく興味がないため、どう格好がいいのかさっぱりわからない。

 それにだ。他人行儀もなにも赤の他人だし、それに親しみというより、色んなものを一足飛びに越えてきた感が半端ないんだが、これは俺の気のせいか……………と、後ろを見やれば、案の定、先程より悪化した上戸が二人いる。

 どうやら気のせいでもないらしい。

 しかし、ここまでどのようにして生きてきたは知らないが、サクラが言うように、あだ名一つ呼ぶことがなく生きてきたことだけは間違いないはずだ。

 そしてなにより、記憶としては覚えていなくとも、感覚として俺のことがどこかに残っているとするならば、これほど嬉しいことはない。

 それを思えば、多少………どころかかなり恥ずかしすぎるあだ名ではあるが、“狂犬ちゃん”と呼ばれるよりかは遥かにましだと自分に言い聞かせて、「お望みのままに……」と答えてやる。

 清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟はいったが………………

 それを聞いたサクラはさらに目を輝かせ、嬉しそうに笑みの花を咲かせると、我が意を得たりとばかりに俺を呼んだ。

「ではキョウちゃん。僭越ながら早速、爆弾を解体させていただくので、キョウちゃんがお持ちになっている爆弾もこちらにお運びください」

 親しみと敬語が入り混じり、さらには僭越ながらとへりくだってはいるが、言っている内容は危険極まりない。

 だいたい、十六歳の女の子においそれと渡せるような代物でもない。

 しかし、風吹よりもいち早く持病から復活した上戸執事が、俺の肩に手を置き力強く頷いた。

 どうやら問題はないということらしいが、いくらこの上戸執事が信用できるとはいえ、己の常識やら職責やらが邪魔をしてすぐには首を縦に振れない。

 そんな頑な俺の様子に、サクラが改めて告げてきた。

「おそらくその爆弾も、こちらと同じ超小型気化爆弾ではないですか?これはあくまでも私の推察ですが、キョウちゃんがここへ来たのは、その爆弾に取り付けられた送信機の信号を追ってきたからでしょう?だとすれば、その爆弾に関して言えば、そちらの方がお持ちになられていた、もう一つの送信機からの信号を断ってしまえば、今すぐ爆発することはありません。ちなみにその送信機は、落とされてしまった送信機とは違い、傷一つなくこちらでお預かりしています。川上、アレをこちらに」

「はい、咲良お嬢様」

 俺の肩に手を乗せていた上戸執事はサクラの命に恭しく頭を下げると、爆弾犯から引き離されるようにして部屋の隅に置かれているサイドテーブルから、そこそこの重量感がありそうな黒い無傷の送信機を持ってきた。そしてそれを丁重にサクラへ手渡し、その代わりとばかりにドライバーとラジオペンチを一時的に預かる。

 できればそのままその工具をサクラから遠ざけてくれと願うが、どうやらその望みは叶えられそうになく、上戸執事はサクラの傍に当たり前のように控えた。

「これはアメリカ製の最新型の送信機で、理論上は、約9,000メートルの距離まで送信可能です。実際は、少なからず何かしらの障害物に阻まれるので、2,000から5,000メートルといったところでしょうか。ただ、この送信機の受信先がどのようになっているのかわからなかったため、敢えて触らずにいましたが、これで心置きなく触ることができます。たとえうっかり事故で爆弾を起動させてしまったとしても、これまた理論上の計算によればですが、その超小型気化爆弾なら爆発の規模はこの屋敷一つ分、いえ、正確に言えば、連動してこちらの爆弾も爆発するので、この屋敷一つ分と無駄に広いこの屋敷の庭もひっくるめて………といったところです。そしてこれは気化爆弾なので、これも理論上の話となりますが、火が上がることはありません。つまり、近隣への被害はなく、如何なる場合でも被害は私たちだけで済みます。ということで、さっさと送信機の電源を落としてしまいますね」

「「いやいやいや、サクラ(ちゃん)ちょっと()て‼」」

 さすがバディ同士。制止の声もピッタリだ。

 理屈ではサクラの言うことが正しいことくらいわかる。とはいえ、「はい、そうですか」と、即断できる内容でもない。

 が――――――時すでに遅し。

 

 カチッ

「「あっ………………………」」

 

 サクラの天使のような…………いや、小悪魔のような笑みの前に、俺たちの声は見事、後の祭りとなった。

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