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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】奪われたドールと捨てられた犬(8)

 この日から俺は変わった。

 正確に言えば、サクラと会った瞬間から俺は少しずつ変わっていたのかもしれない。だが、それは俺を取り囲む環境の劇的な変化に呑まれ、謂わば必然的に変わらざるを得なかった。

 しかし、今回は違った。

 俺の意志で変わると決めた。

 それまでも、サクラを絶対に見つけ出すと心には決めていたが、自分が子供であるという感覚だけは拭えず、心のどこかでは警察が――――――大人たちがきっと探し出してくれるはずだと信じていた。

 だがその期待は跡形もなく消えた。あの水に溶ける手紙と一緒に。

 もう誰も信用しない。いや、本宮刑事は信じる。それは男同士の約束だ。そして、おっさん刑事と“ダイキ”なる刑事も信じてやってもいい。でも、それだけだ。あとは俺の目と直感で決める。そのためにも俺は自分が中学のガキだから…………などという甘ったれた感覚を捨て、いち早く大人になると決めた。

 サクラを、本宮刑事を、自分の力だけで見つけ出せる大人に―――――――――

 今から思えば、この日から俺はあだ名でもなんでもなく、狂ったように二人を探す“狂犬”になったのだと思う。

 すべてのものへ狂暴に噛みつき、振るべきしっぽさえも無くしたそんな“狂犬”に。

 そして今の俺、第三機関特務機動捜査隊、通称サードに所属する“響 剣也”がある。

 そもそも俺がサードへ所属することになったのは――――――――



『おっさん刑事が死んだ?』

『自殺に偽装されて殺された……が正確なところだがな。つまり扱いは自殺で処理される』

『………そ、それは、例の組織にか?それも警察にか?』

『両方だ』

 本宮刑事が消えてから十日後、俺の病室に突然ドカドカと押し掛けてきた熊のような大男がそう告げた。

 だがこの男は警察の人間ではなく、サードの小仏(こぼとけ)省三(しょうぞう)と名乗った。

 そして、まったく警戒を解こうともしない俺に、何の前振りもなくそんな話をボリューム最大の音声で突然話し始めたのだ。

『どうして、そんなことをサードにいるあんたが知ってるんだ⁉』

『蛇の道は蛇ってやつさ…………って、中学のガキにはまだ早ぇか、この言葉。なら、どう訳しゃいいんだ?中学レベルで蛇はなんて言えば…………』

『蛇は蛇でいいよ!ってか、訳してもらう必要もねぇから!感覚でわかる。つまりあんたは、それだけの情報を仕入れられるところにいるってことだろ?』

 ふんっと、鼻息荒く言い返せば、その熊は豪快に笑い出した。

『こりゃいい。なかなかいい目をしている。あいつがお前なら大丈夫だと言ってた意味がわかるぜ』

『あいつって………………』

『お前が言うところの“おっさん刑事”だよ。そうだ。今の俺はサードという組織にいるが、元は刑事だ。古巣からの情報くらいその気になればいくらでも入る。お前さんのこともな』

『…………………………』

 俺は正直混乱していた。本宮刑事がいなくなってから、おっさん刑事が俺の様子見に度々来てくれるようになったが、本当にただの様子見らしく、俺の顔を見て、怪我の状態を聞き、『今は大人しくしとけよ』と躾のなっていない犬に言いつけるように告げてから、洗濯物を回収していくだけだった。それはだいたい一日置きのペースで、途中から俺の中では洗濯の日のような位置づけになっていた。言い換えるならば、クリーニング屋扱いだ。

 そのおっさん刑事が殺された。それも自殺に偽装されてまで。俺があったのは一昨日。だからいつもなら今日俺の洗濯物を持ってここにくるはずだった。今までならそうだった。なのに、殺された。

 混乱しない方がおかしい。だがそれをおくびにも出さなかった。むしろそれを警戒心へと上乗せした。

 全身の肌が粟立つ。すべてを敵だと見なす以上、この熊も間違いなく現時点では敵だ。

 だが、おっさん刑事が俺のことを話したとなると………………と、混乱の中で思考がぐらつき、敵と味方の境界線上で熊を見据える。そんな俺の脳内が透けて見えているかように、熊はまたもや大音量で笑った。

『おう、それでいい。俺のことを目一杯警戒しろ。簡単に人を信用すんな。いつだって人を喰ってやる気でいろ』

『あんた………………』

『お前はそういう生き方を選んだんだろ?そして自分の大事なものを探すんだろ?』

『………………そうだ』

 かすれたような声で何とか吐き出された俺の答えに、その熊は眩しそうに目を細めた。

『だったら、先ずは力を付けろ。そのための手なら貸してやる』

『手を……貸す?』

 熊とは違った意味で目を眇め、警戒心露わに聞き返す。それに怒るでもなく、むしろ満足そうに頷いてから熊は続けた。

『お前さんが、もう一度親元に戻り、普通の中学生としてやり直したいなら、それはできなくもない。だが、“響 剣也”としてはもう無理だ。その意味がわかるな?』

 俺はただ頷き返す。

『しかしだ。お前が逆に“響 剣也”という名前以外のすべてを捨てられるっていうなら、サードに来い。そこで俺がお前を立派な隊員…………いや、違うな。大事なものを探す出せる鼻の利く犬にしてやる。あぁ、そういやお前の名前は“キョウケンナリ”だったな。よし!俺が立派な“狂犬”にしてやる』

『ふざけるな!俺は真剣に…………』

『たりめぇだ。俺だって真剣さ。かつての仲間を殺されて平気でいられる奴なんざいねぇ。違うか?』

『…………違わ……ない……』

 そう答えた俺に、その熊は声のトーンを一段下げた。

『なら、今すぐ決めろ。正直一刻の猶予もねぇんだよ。サードに来ようが来まいが、あいつが殺された以上、お前をここから一旦出さねばならん。つまり、ここから出ることは変わらんが、その先の道は決めさせてやると言ってるんだ。親切だろ?さぁ、決めろ。俺と地獄を歩むか、俺とは別れ、一見今までの日常と変わらないようにも見える、まやかしの現実を地獄とも知らずに生きるか、さぁ選べ!』

 選べと言いながらも、見事な脅迫。しかし、歩むべき地獄の答えはすでに本宮刑事に告げてある。それを今度はこの熊に告げるだけでいい。

 たとえこの先、この熊に喰われそうになったとしても、その時は俺が逆に喰ってやればいいと、そう心に決めて――――――

『あんたと一緒に行ってやるよ。だからと言って、俺はあんたを信用したわけじゃない。強くなるために、サクラを探す力を手に入れるために、あんたを利用するだけだ』

 睨みつけるようにしてそう返した俺に、その熊は三度目となる呵呵大笑となる。

『いい、いい。、それでいい。とういうか、その意気を忘れるな。敵か味方かは相手に教えてもらうもんじゃねぇ。最終的に決めるのは自分自身だ。俺を敵と見なした時には、一端の狂犬として好きに喰い殺せ。さぁ、行くぞ。取り敢えず適当に上から何か羽織っとけ』

 あれだけ大笑いしておいて、一刻の猶予もないと言った言葉に嘘はなかったらしく、俺は着の身着のまま――――――パジャマの上に紺のパーカーを羽織り、さらには点滴袋を手にぶら下げた状態で病室を後にした。

 とはいっても、未だ早くは歩けないため熊に担がれてではあったが…………


 こうして俺にサードで匿われることになり、そこで身を隠しながら中学卒業程度の教育を受けさせてもらった。

 そしてそのまま十六歳で第三機関特務機動捜査隊、機動捜査班の隊員となり、この時の熊――――――機動捜査班班長である小仏班長の下で日々汗と悪態を垂らして働き、今日(こんにち)の俺があるというわけだ。

 そう、炎天下の中を爆弾を抱えて歩くような俺が………………

 

 そして巡り巡って今、爆弾を手に幽霊屋敷へと足を踏み入れた俺の目の前には、ガラス玉のように澄んだ青色の瞳がある。

 あの日からずっとずっと気が遠くなるほど探し続けたあの瞳が―――――――――


 俺は咄嗟に後ろを振り返った。

 そこには、姿勢正しく扉の前で控える執事の川上さん。

 ふと、脳裏を過るのは――――――人は特殊メイクなどで人相や年齢を誤魔化すことも可能だが、普段から日常生活で何かと使う手に関してそれを行ってしまうと、いざという時に支障が出るため手袋などで隠してしまうのがセオリーだ――――――というサード教育官の有難いお話。

 老紳士とはいえどもかなりの長身で、とても均整の取れた体格をしている。ロマンスグレーの髪をはしっかりと撫でつけられており、そして何より両手にはめられた白い手袋がやたらと目に眩しい。ついでに言えば、足もちゃんとある。

 

 生きていれば必ず会えるから――――――


 今は消えて存在もしない手紙の一文が、あれは慰めでも気休めでもなく真実なのだと俺に指し示す。

 

 あぁ……まじで……本当に……肝が冷えた。

 あんた、それにしても質が悪いぞ…………


 思わず意趣返しも兼ねて睨みつけてやると、執事川上さんこと、その笑い上戸は俺から目を逸らすように俯き、それでも込み上げてくる笑いには抗えないのか、小刻みに肩を震わせた。

 

 うん。上戸も健在でなにより…………


 今、再び勢いよく回り始めた運命の歯車。

 その歯車に身体ごと呑まれていくのを感じながら、俺は内心で安堵の息を吐くようにそう呟いた。

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