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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】奪われたドールと捨てられた犬(7)

 俺はベッドの電動リクライニング機能を使い身体を起こすと、ペラペラと小説本をめくった。

 中身はありていな推理小説。まぁそこはいい。

 だが、てっきり手紙が何かが挟まれていると思ったが、その小説本には買った時に付いてきたらしい栞しか挟まれていなかった。念の為にとカバーと帯も取り外し、裏面を見てみる。

 うん、見事に白紙だった。

『まさか、これを読めってか…………』

 文庫本サイズでそれなりの太さがある。中学生のガキには苦痛でしかない代物だ。

 しかし、この推理小説を読み、犯人がわかったところで、今回の事件とは何ら関係ないことは読む前からわかっている。

 なんせそのタイトルが“京都仏閣連続殺人事件 小坊主は見た”――――だ。

 小坊主が何を見たのか気になるところではあるが、それを差し置いても関係性の欠片もない。

 だったら、何か小説本の中に暗号的なものが……………とも思ったが、本宮刑事は俺のお馬鹿談議を聞いた唯一の人だ。そんな人が、俺に過剰な期待を寄せて暗号など残すわけがない。

 馬鹿にでもわかる暗号ならば話は別だけど………………

 いやいや、それだともう暗号にする意味がねぇだろ…………なんてことを思いながらペラペラとページをめくる。しかしまったく目は字を追っていない。ただ指でパラパラと勢いよくページを切っていく感じだ。そして案の定、栞が挟まっているページでその勢いは止まる。

 それを何度か繰り返し、最後には栞がひらひらとシーツの上に落ちてきた。その栞を拾い上げ、何と気なしに眺めてみる。

 大きく“読書週間”と印字された栞。そこには必死に本を読む男の絵が描かれており、隣に置かれた電話が鳴っているにもかかわらず、完全に無視を決め込んでいる。

 おいおい、彼女からの電話だったらどうするんだ?本宮さんのようになるぞ…………

 そんなどうでもいいことを思って、ふと栞を裏を見た。

 するとそこには――――――――

 

 “僕は、何回中何回電話に出たでしょう?かけてみて”


 栞の裏面の下の方に印字された出版社の名前の下に、それは本当に小さな文字で書かれてあった。

 おそらくだが、五日で振られた彼女さんからの電話に、本宮刑事は結局何回中何回出られたのかってことなのだろう。

 もちろん、ちゃんと覚えている。それこそ昨日の話だ。

 十回中に一回だろ?と内心で返す。だが、次の“かけてみて”がさっぱりわからない。

 電話番号なんて知らなければ、かけるための電話もない。それをわかっていながら“かけてみて”とはちょっと無理難題が過ぎるだろう。

 だったら――――――――なるほど、そのまんまでいいのか。

 俺はその指示にそのまま従った。そしてあっさりと見つける。

『あぁ…………そういうことね。回りくどいわ!』

 そう突っ込みを入れて、ようやく本命のモノへと手を伸ばした。

 


 本当にそれは簡単な話だった。

 “かけてみて”とは電話をかけることではない。

 十回中に一回という答えから得た数字、10と1を()()()、そしてその数のページを()()みればよかっただけの話だ。

 まじで本宮刑事は俺の頭の程度をよく理解しているらしいと、喜んでいいのか、怒っていいのか複雑な心境となる。

 しかし、謎は解けたとページを開いてみれば、挿絵もなく文字の羅列だけ。

 にもかかわらず、台詞はたったの一行。

 それも主人公と思われる刑事の台詞ならば、それに従うしかないだろう。

 

 “名前が合っているか見てみろ!”


 前後の内容は読んでいないため、この刑事が何故そんなことを言い出したのかは知らないが、取り敢えず刑事がそう言っているのだからと、俺はベッドネームホルダーへと手を伸ばした。

 ベッドのヘッドボードにかけられたホルダーの中に入れられた紙。その紙には俺の名前と年齢、そして主治医が記載されている。その紙を抜き出していみると、もう一枚綺麗に二つ折りにされた紙が入っていた。

 それを慎重に開くと―――――――――


 

 さすがだね、剣也くん。君ならこの紙を僕が書いてから二十四時間以内に見つけ出せると思ったよ。いや、君なら必ず僕の残した本を受け取ると思っていた…………と言った方が正しいかな。

 実はね、この字は二十四時間で消えてしまう特殊なインクで書かれたものなんだ。そしてこの紙も特殊な紙でね、水に触れれば溶けて消えてしまうものなんだよ。

 さて、なぜ刑事がこんなものを持っているのか。それは、僕が普通の刑事ではなく、ちょっと特殊な刑事だからということかな。

 僕は基本囮捜査のための刑事だ。君の警護として付いていたのも本当だけど、いざと言う時、君の身代わりとなることも任務の一つだった。ただそれは、罠を張ってまでではなく、何かしら起こればという程度のものだったんだ。君があの提案をくれるまではね。

 しかし、その君の提案のおかげでわかったことがある。いや、正確に言うならば、実は事件当初から警察内部に内通者がいるのではないかという疑いがあったんだ。警察内部に咲良ちゃんを誘拐した組織と繋がりのある人間がね。それも上層部も含む、それなりの数でだ。

 そして今回、君の提案によって確信に変わった。ま、ちょっと罠を仕掛けてやっただけなんだけどね。

 でも残念なことに、奴らは罠とも知らず、組織に情報を流した。

 つまり、警察も信用できないってことだ。

 まったく、組織が大きくなればなるほど、腐敗していくって本当だね。自分の所属する組織ながら嫌になるよ。

 だから、この作戦を使ってこのまま内通者のあぶり出しをすることにしたんだ。そこで新たに、咲良ちゃんから預かったという“鍵”を、僕が剣也くんから預かったという偽情報を流した。信用のおける先輩からの情報によると、今夜あたりそれを奪いにくるらしい。といっても、下っ端の連中だろうけどね。奴らのしっぽくらいは掴ませてもらうよ。

 あぁ、でも安心して。君の病室の番号も偽情報を掴ませといたから、ここに来ることはない。けれど、僕は囮だからね。

 その偽部屋で、連中を待っていてやらないといけないだろ?

 ついでに、咲良ちゃんのところまで連れて行ってもらうことにするよ。

 前にさ、君に話したよね。咲良ちゃんの笑顔と、それを見て嬉しそうに笑う君の顔を見てみたいとね。その気持ちに変わりはない。そして、君の信用を裏切ることもしない。必ず咲良ちゃんを助けるから、僕を信じてほしい。

 彼女に五日で振られてしまった僕だけど、男同士の約束だけは絶対に守るよ。

 ただ、警察も信用できないとなると、僕と咲良ちゃんはしばらく別のところで身を隠さなければならなくなるだろう。本当は咲良ちゃんにすぐにでも会わせてあげたいけれど、たぶんそれもできないに違いない。

 剣也くん、ごめん。あれほど咲良ちゃんに会いたがっていた君に会わせてあげられなくて。そして、最後まで君を警護できなくて、本当にすまない。けれど、生きていれば必ず会えるから。絶対に会えるから、その日まで君も無事でいてくれ。

 あと、君に近づいてくる人間を簡単に信用しては駄目だよ。いいね。

 ちなみに、君に小説本を届けた刑事は信用できる人だよ。あともう一人“ダイキさん”(あだ名だけどね)も信用していい。

 ちゃんと寝て。ご飯を食べて。早く怪我を治すように。

 では、行ってくるよ。


 本宮 衛



『…………あだ名って……なんだよ。そいつの本名教えろよ。それに…………ちゃんと寝ろ……とか、ご飯食べろ……とか…………あんた……俺の母親か…………なんで…………生きていれば……とか言うんだよ…………俺の囮になんかになってんじゃ…ねぇよ………あんたが……一番の大馬鹿野郎だぁ………』

 

 出てくる言葉は悪態ばかり。

 男が男からの手紙を握り締め、ボロボロに泣くとか本当にあり得ない。

 けれど、勝手に零れてくるんだからどうしようもない。

 

 そして本当に、その水に溶けるという手紙は、俺の涙で溶けて消えた――――――――

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