【挿話】奪われたドールと捨てられた犬(6)
朝、目覚めた俺の横には見知らぬおっさんがいた。
これだけを告げれば、ホラーにも聞こえるが、目覚めたばかりの俺にとっても『うわっ!おっさん、誰だ⁉』と叫んでしまうほどに十分ホラーだった。
ただスーツを着ていたことと、すぐに警察手帳を取り出したことで、ホラー疑惑はすぐに消えたが………………
しかし、そのおっさん刑事(名前はもう覚えてない)の話は、ホラーではないものの、ただただ奇怪としか思えなかった。
たまりにたまった休暇を取ることになった本宮刑事の代わりに、今日から自分が警護につくこと。事件の進展はまだみられないこと。そのため、依然として危険があるため、家族や友人たちへの連絡は一切できないこと。怪我が治った後も、暫くは学校も通えないかもしれないこと。
そんなことをたらたらと説明されたのだが、俺の思考は最初の説明からつっかえており、もうそれ以上は何も耳に入ってこなかった。
本宮刑事が休暇を取る?それも長期休暇を?あり得ねぇだろ…………
偶然にも昨日、俺は本宮刑事とそんな話をしたばかりだ。その時本宮刑事は真摯な目でこう答えてくれた。
“僕はね、このスーツさえ脱いでしまえば、その瞬間から刑事ではない素の“本宮 衛”に戻ることができる。でも君は、確かにベッドの上に横になっているかもしれないけれど、その腹の怪我を一時的に取り外すこともできなければ、事件の渦中から逃げ出すこともできない。つまり、休めないのと一緒だよ。だから僕のことは気にしなくていい。それにここまで来たら、僕たちは運命共同体だろう?”
だから、今は休まなくてもいいのだと話してくれた。
その本宮刑事が俺に一言も告げることなく、休暇など取るはずがない。しかも、昨日の今日でだ。
つまり、このおっさん刑事の言葉は嘘――――――――
なら、その後の言葉もすべて鵜呑みにはできない。
たとえその後の言葉にいくら真実が含まれていようともだ。
だとしたら、話を聞くだけ無駄だろう。
俺はそう結論付けると、おっさん刑事の話をぶった切ることにした。
寝起き早々の機嫌の悪さもそれを後押しした事は若干否めないが、何しろ俺の野生の勘が信用ならねぇと叫んでいる。
おそらく、このおっさんが刑事であることに嘘はない。だが、その後に続いた話は、俺を所詮ガキだと見做した上で、大人の事情を体よく隠すそれなりの言葉を並べただけにすぎない。それも淡々と事務に。
ふざけんな!ガキでも真実から出た言葉か、あしらうために吐かれた言葉かどうかくらいわかるんだ!
ガキだからって俺を嘗めんな!
そんな気持ちがそのまま言葉となって出る。
『もう、いい!あんたの言うことは信用しない。俺は本宮刑事だけを信じる。だから出ていけ!』
おっさん刑事は驚いたように目を見開いた。怒鳴り返してくるかと思われたがそれはないようだ。
しかし、おっさん刑事も中学生に切れられたからといって、早々に出ていくわけもない。なんせ、これが仕事だ。
俺に怒鳴られてしっぽを撒いて逃げ帰るようなら、その時点で警護どころか刑事として失格だ。転職したほうがいい。
そしてこのおっさん刑事は、当然のことながら転職する気はなかったようで、何が不服なんだとばかりに尋ねてきた。
『何が気に喰わない?それほど俺より本宮の方がよかったのか?まぁな、あいつは見てくれもいいし、人当たりもいい。それにモテる。まさか男子中学生にまでとは思わなかったが………いやいや、すげぇなあいつ。だがな、奴もスーパーマンではない。たまにはまとまった休暇をやらんとな………………』
『嘘だ!』
『何がだ?』
『本宮刑事に休みが必要なのはわかる。だから、せっかくできた彼女さんにもフラれたんだし…………』
『おぉっと……それは本宮に悪いことしたなぁ。でも、俺たちにとっちゃ日常茶飯事だ』
いやいや、そもそもおっさんはモテねぇだろ!という突っ込みを呑み込み、俺は話の筋を戻す。
『本宮刑事は“休まなくていいのか?”という俺からの質問に、“君もサクラちゃんも休んでいないだろう?”と言った。そんな人が突然何も言わず、休みを取るはずがない。それに…………』
『それに……何だ?』
『あんたはさっき、“事件の進展はまだない”と言ってたけどさ、それも嘘だろ』
『何故、そう言い切れる?』
そう問い返して、おっさん刑事は一瞬目を眇めた。その表情の変化がすでに真実を物語っているとも知らずに。
『事件が進展したからこそ、本宮刑事はここにはいない。だろ?それに、あんたはここにいるのはあくまでも俺を納得させるためであって、警護のためじゃない。警護ならそれに適した人間を寄越すはずだ。もう少し運動神経が良さそうな奴をね』
半分以上は山勘レベルだが、間違いはないはずだ。別にこのおっさ刑事の運動神経など知りもしないが、スーツの肩のラインがだらりと垂れているところを見る限り、身体を鍛えているようにも、いざと言う時に俊敏に動けるタイプにも見えない。
どちらかと言えば、このおっさん刑事は頭脳派の刑事に思われた。だから俺の警護に来るわけがないと。
おっさん刑事はしげしげと俺を見つめた。それからフッとため息を漏らすように笑う。
『決して、運動神経が鈍いつもりはなかったんだが…………本宮が言っていたよ。君はとても頭がいい少年だと。だから、我々の作り話など、すぐに見破ってしまうとね』
『……………………』
『ほんと、恐れ入ったよ。相手は中学生だし、勘単に言い包められる思ったが、とんだ見当違いだ』
そうぼやきながらおっさん刑事はスーツから一冊の小説本を取り出した。
そしてそれを俺に差し出しながら告げる。
『本宮は、はじめから君には真実を伝えるべきだと言っていた。だが、俺は君を中学生の子供だと甘く見て、適当に誤魔化そうとした。まったく大人になると狡賢くなる一方で嫌になるね。しかし本宮は、こうなると踏んで俺にこの小説本を渡していった。もし、君が私の話を簡単に信じたのであれば、渡さなくてもいいが、信じなかった時にはこれを渡せとね』
『本宮刑事がこれを俺に………………』
それはいつも本宮刑事の手元にあった小説本。一向に進むことがなかった読みかけの小説本。
昨日も手にはしていたけれど、結局途中で閉じられてしまったこの小説本を何故俺に…………と、不安と疑問が肩を組んで並び立つ。
それを見つめたまま、なかなか受け取ろうしない俺におっさん刑事は苦笑して、それを俺の枕元に置いた。
それから、『ここまで信じてもらえるとは、本宮も刑事冥利に尽きるなぁ…………』などと零し、悪戯っ子のようにニッと笑った。
どうやらこのおっさんの実際の性格は、この笑みの方らしいと直感的に思う。
『お察しのとおり、俺は警護向きの刑事じゃねぇ。だからここで退散だ。心配しなくても、この部屋の警護は万全だから、しっかり休んで早く傷を治せ。そしてこれからのことをじっくり考えろ。お前が家族の元にも、学校にも戻れそうにないことだけは事実だからな。あぁそれと、本宮のことは信じてやっていい。あいつはそう簡単にはくたばるような奴じゃねぇ』
そう言い置くと、おっさん刑事は俺と小説本を残し、さっさと病室から出ていった。
何なんだ………一体………………………
まったくもって意味がわからない。
しかし、ずっと膠着状態だった事態は突如として動き、その答えはこの小説本の中にある。
最後の最後まで胡散臭いおっさんだったが、この小説本を置いていった時の口調は、先程までの事務的なものではなく、親しみさえも籠っていた。
これも俺の感覚だが、なんとなくそう思う。
だから――――――――――
あのおっさん刑事の最後の言葉だけは信じてやってもいいか…………と、俺は小説本を手に取った。




