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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】奪われたドールと捨てられた犬(5)

 果報は寝て待てとはよく言ったもので――――――


 冗談でもなんでもなく、まじで俺が寝てる間に、果報はやってきたらしい。

 陽が落ちてから目覚めた俺に、本宮刑事が教えてくれた。

『君の案が採用になったよ』――――――と。

 しかし、この計画にはそれなりの準備と時間が必要だった。

 まずは、サクラの安否の確認。そして、俺がサクラから確実に何かを預かっていると信じ込ませるだけの絶対的状況と材料。

 それから、この点については俺自身はどうでもよかったが、俺の身の安全の確保。

 これらがすべて揃わない限り、警察がこの作戦で動くことないと、本宮刑事は付け添えた。

 とはいえ、今の俺にできることは何もない。

 作戦会議に加わることも、サクラから預かったとするそれらしい何かを用意することも、何一つとしてできることはなかった。

 そうしてまた時間だけが流れ、五日経った。

 その間、本宮刑事は交代要員を入れることなく、泊まり込みで俺の警護についてくれていた。

 本宮刑事にしてみれば、完全なる二十四時間営業であり、俺から見れば、二十四時間完全看護ならぬ完全警護のような状態だった。

 そのため、『洗濯は?』と聞けば、『剣也くんのと一緒にしているよ』と返され、『いやいや、それはもう警護の域を超えているから』と言えば、『まとめて洗った方が節水になるからね』と、なんとも的外れな答えが返ってくる。

『そうじゃなくって、休まなくていいのか、って聞いてるの!』と改めて問い質せば、『君も咲良ちゃんも、休んでいないだろう?』とさも当然のように返された。

 サクラはともかく、実際、怪我人として寝てばかりいる俺に対して、休んでないと言い切る本宮刑事にもはや驚きしない。

 しかし、ここ数日間ですっかり俺の心の声を正確に読み取れるようになった本宮刑事は、一向に進まない読みかけの小説本を閉じて、俺に真摯な目を向けてきた。

『僕はね、このスーツさえ脱いでしまえば、その瞬間から刑事ではない素の“本宮 衛”に戻ることができる。でも君は、確かにベッドの上に横になっているかもしれないけれど、その腹の怪我を一時的に取り外すこともできなければ、事件の渦中から逃げ出すこともできない。つまり、休めないのと一緒だよ。だから僕のことは気にしなくていい。それにここまで来たら、僕たちは運命共同体だろう?』

 そう告げて、片目を瞑る。

 男が男にウィンクをされて赤くなるなんてどうかしているとは思うが、素直に格好いいと思ってしまったのだから仕方がない。

 しかも、本宮刑事が示唆する運命共同体とは、先日の俺の台詞―――――――――

 

“上等だ…………それでもいい。一人で今も怖い思いをしてるサクラのところに行ってやれるなら…………それでもいいよ。だけど、その時は必ず刑事さんが……何がなんでも俺を追ってきて…………俺とサクラを見つけ出してほしい。俺はね………日本の警察より、まずは本宮刑事を信じることにするよ。ただの……笑い上戸じゃないって…………”


 これを受けてのことだと推察されるわけで、なんとも面映ゆい気持ちとなってしまう。

 さらにそんな気持ちすらも見透かされて、クスクスと笑われる始末だ。

 これが大人の男の余裕なのかもしれないが、生憎俺は中学生のガキだ。

 そのため、考えなくてもいい意趣返しを必死に考える。そして、無駄な足掻きだと知りつつも、何とか言葉を絞り出した。

『そ、そんなことを言っていると彼女さんに逃げられるからな!』

 しかしこの一言は思わぬ会心の一撃となったらしい。本宮刑事の顔がどんよりと曇る。

『うん…………そうなんだ。ついこないだも振られてね。といっても、デートも一回もできなかったし、電話も十回に一回しか出れなかったし、ラインの既読スルーは日常茶飯事だったし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね』

 うん、それはなかなかの放置プレイだと思う。というより………………

『いやいや、それ本当に付き合ってたの?その対応って友達より酷くない?』

『だよね。五日で振られたってことは、付き合ってもいなかったってことかな?うん、そうだ。付き合っていなかったんだ。そう思えば、どんどんそんな気がしてきたぞ』

『いやいやいや、ちょっと落ち着こう。現実逃避もやめとこう。そもそも告ったの?告られたの?』

『いつも行く定食屋でご飯を食べてたら、“付き合ってください”って言われて、“僕でいいならいいですよ”って…………』

『なに?その軽いノリ』

『いやいや、何度もその定食屋で会ったことがあってね、挨拶程度はずっとしていたし、感じのいい人だったから…………』

『でも五日で振られたんだ』

『…………みたいだね』

 あぁ、ちょっとした意趣返しのつもりが、しっかりと本宮刑事の心の傷を抉ってしまったようだ。

 しかし、この俺に恋愛事のフォローなんて十年は早すぎる。とはいえ、このまま放っておくほど俺も薄情ではない。

 そのため、ガキなりにまたもや必死に言葉を探してみる。

 さっきから何やってんだ?俺…………と、若干の虚しさも覚えるが、ここは致し方ないと諦める。

 なんせ、本宮刑事を谷底に突き落としたのはこの俺だ。それを引っ張り上げるのも、やはり俺しかいないだろう。

 なんせ、ここには俺しかいないわけだし、彼女さんは既にいないのだから………………

 そして、再び言葉を絞り出す。

『あぁ~~~~でも、その状況で五日も持ったなんてすごいよ。俺が彼女なら三日しか持たないね』

 言ってから気が付いた。まったくもってフォローになっていないと。

 だが、俺の言葉に本宮刑事は目を丸くすると、『そう言われてみれば……確かにそうだね。五日も持ったなんて、なかなか我慢強い人だったのかも……しれないね。そっか……剣也くんが……僕の彼女なら……三日が……限界かぁ…………』と、腹を抱えて笑い出した。

 どうやら俺は失恋の谷底から救い出すことには成功したようだが、今度はその隣に偶然あった上戸の谷底へと本宮刑事を突き落としてしまったらしい。

 しかし、この谷底に関して言えば、本宮刑事にとっては裏庭同然。

 放っておいても勝手に帰還するだろうと、俺は早々に放置を決め込んだ。


 そしてその日もまた何の進展もなく終わった。

 いや、終わったかのように俺には見えていた。

 けれど、実際は違った。



 翌朝、本宮刑事の姿は忽然と消えていた――――――――――

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