【挿話】奪われたドールと捨てられた犬(4)
『なぁ………俺を囮として使ってほしいんだけど』
本宮刑事にしてみれば、俺の台詞は予想通りのものだったのだろう。
まるで端からその答えを用意していたかのように、一瞬の逡巡もなく言い切った。
『駄目だ』
しかしそう返ってくることは、俺にとっても予想通り。
中学生で、尚且つ三日前にようやく生死の境から戻って来たばかりの怪我人に、『うん、お願いするよ』と即答で返してくる警察なんて、逆に日本の将来が心配になる。
そのため次に用意していた言葉を口にする。
『別に……俺をこのまま差し出してくれ……とは言ってないよ。まずは誘拐犯たちに……俺がサクラから預かりものをしている可能性がある………とかじゃなくて、確実にしていると信じ込ませるだけでいい…………もちろん……日本の警察は……俺を守ってくれるんだろ?』
だが、それもまた本宮刑事の想定内だったらしい。
『確かに僕は、君を守るためにここにいる。でもね、今回の犯人たちは綾塔教授の論文の価値の正しく理解し、それを売りさばくことができる市場を持つ者たちだ。つまり、裏の世界の大きな組織の人間なんだよ。おそらく君を直接狙ってくるのは、組織でも末端の人間。組織にとってはたとえ途中で切り捨てることになったとしても、まったく困らない連中であり、おそらく何も知らされていない連中だ。そんな奴らを捕まえたところで、咲良ちゃんまでは届かない。ただただ君を危険に晒すだけだ』
『そんなことは……わかってるよ。サクラが言うほど馬鹿じゃねぇ……ってさっき話したばかりだろ?だから…………犯人たちに条件を出す。綾塔教授の論文がほしければ……サクラと交換だと。俺がサクラから預かったものと、サクラを交換……それしか、もう教授の論文を手に入れる方法はないと…………犯人たちに思い込ませればいい。綾塔教授にも協力を頼まなきゃ……だけど、娘の命がかかってんだ。薄情な親じゃねぇかぎり…………大丈夫なはずだ』
『君は…………自分がどれほど危険な事を口にしているかわかっているのか!相手は強大な組織だ!そう簡単に交換条件を呑むような連中ではない!つまりまず最初に君の奪取を必ず目論む!』
『上等だ…………それでもいい。一人で今も怖い思いをしてるサクラのところに行ってやれるなら…………それでもいいよ。だけど、その時は必ず刑事さんが……何がなんでも俺を追ってきて…………俺とサクラを見つけ出してほしい。俺はね………日本の警察より、まずは本宮刑事を信じることにするよ。ただの……笑い上戸じゃないって…………』
本宮刑事は開きかけた口を、そのまま閉じた。それから眉間を寄せたままで目も閉じる。
大人である本宮刑事からすれば、中学生の俺の頼み事など、所詮子供の戯言だと切り捨ててしまうことも十分に可能だ。
せっかくのイケメン顔の眉間に、深い皺を刻んでまで考え込む必要なんてどこにもない。
なのに、本宮刑事はすべての受け答えに対して、頭ごなしに否定するのではなく、しっかりと理由を述べた上で『だから駄目なんだ』と、諭してくれた。
この頃はただの馬鹿なガキにすぎなかったこんな俺に対しても――――――――――
だから待った。本宮刑事の沈黙の先に出る答えを、ベッドの上から食い入るように見つめながらひたすら待った。
俺の身体と繋がる機械音だけが、花一つない真っ白な病室で虚しく時を刻む中で、俺はその時を待ち続けた。
そして、ようやく本宮刑事は口を開いた。依然として目は閉じたままだったが…………
『…………君は、どうしてそこまで咲良ちゃんを?君たちは偶々あの場で出会っただけなんだよね?なのにどうしてそこまで……?』
そう尋ねながら、本宮刑事は自分の眉間を指でぐりぐりと解すように揉んだ。
その仕草からも、まったく理解できないという感情が漏れ出ており、そうりゃそうだろうな……俺だってさっぱりわからねぇよ。そんなもん――――――――と、それらしき答えを探してみる。
自分よりガキである少女に馬鹿と言われた。
腹が立つというより呆気にとられた。
だけど、その少女のガラス玉のように澄んだ青い瞳と、不思議な髪色に目を奪われた。
そして、自分が一番ほしいと思ったものをはじめてくれたと、本当に嬉しそうに笑ったくれた。
たかが、すでに折れてぶら下がっていた桜の一枝。
されど、サクラにとってはほしくても手が届かなった一枝。
それでも、今まで一度も自分がほしいと思ったものを与えられことのない少女は、とても幸せそうに笑ったんだ。
取ってやった俺まで、幸せになってしまうような愛らしい笑顔で。
なのにその直後、サクラは連れ去られてしまった。
せっかく手に入れた桜の枝を地面に落として、あのままどこかに。
そしてその場に捨て置かれた桜の枝と、この俺――――――――
あぁ………………単純な話だ。
もう一度、サクラにその枝を渡してやりたいと思った。
笑顔にしてやりたいと思った。
そして、俺もまた幸せな気持ちになりたいと思ったんだ。
幸せそうに綻ぶサクラの顔を見て…………
だからこう答える。
『大層な理由なんて……ない。サクラの笑顔をただもう一度……見たいと思った。それだけだ…………」
そんな俺の言葉に、本宮刑事の目がゆるりと開いた。そして俺を見つめ、今度はそっと目を細める。
『……そうだね。僕も見てみたいよ。咲良ちゃんの笑顔と、それを見て嬉しそうに笑う君の顔をね』
そう告げると、本宮刑事はやおらスーツからスマホを取り出した。
そして何やらを文字を打って送信した後に、苦笑にも見える笑みを俺に向けてくる。
『一応本部に、君の提案は伝えておいたよ。ついでに、馬に蹴られたくないので善処願いますともね』
『馬ぁぁぁぁぁ~?』
意味がわからないとばかりに素っ頓狂な声を上げた俺に、笑い上戸の本宮刑事はやはり小刻みに震え出す。
『と、取り敢えず果報は寝て待てともいうし、君も……少し寝なさい。あ、あと……その磔のような拘束具も、もう……い、いらなさそうだから……解いて……あげよ…う…………』
とはいえ、上戸の呪いは本宮刑事の指まで確実に呪っているようで、プルプルと震える指では俺の拘束具は一向に解けそうにない。
だが、今更ここで焦ってみても仕方がない。
今の俺は拘束具が取れたところで、ベッドの住人であることに変わりはないのだから。
とにかくサクラを助け出すためにも、今は全力で怪我を治す!
そう決めた俺は、一先ずこの忌々しい拘束具が解かれるのを気長に待つことにした。




