四章:天界
一
「お足元、お気をつけ下さい」
下女(女奴隷)に支えられながら沈清は庭に出た。庭には見たこともないほどに豪奢な輿があった。そのそばには八人の綺麗な着物に身を包んだ男たちが控えていた。
「沈清様。蓋頭(顔が見えないようにする薄い布)をお下げします」
下女が沈清の頭から蓋頭を被せた。
「輿へお乗り下さい」
邸の中から敏恩が出てきた。彼は沈清を輿に乗せると、自身も彼に続いて輿に乗った。
「い、一緒に乗るんですか?」
「この大きな輿にたった一人で乗ろうと思っていたのか?」
呆れたように敏恩は沈清を見た。
「これからどこへ向かうのですか?」
沈清は輿の中に満ちた気まずい空気を断ち切るために口を開いた。
「天界へ向かう」
「天界だって?」
「言葉遣いに気を付けよ」
敏恩は冷徹に言う。
「天界とはどのようにして向かうのです?」
沈清は輿の格子を開けようと手を伸ばした。
「痛いっ!」
突然、格子を開けようとした沈清の手を敏恩が払った。
「何をするんですか?!」
沈清は驚いて叩かれた手を庇いながら非難するように敏恩を見た。
「外を見てはならぬ。それに、既に天界にいる」
「え?」
沈清は敏恩を見た。
「外に出ると良い」
「え、あ、はい···」
沈清は戸惑いつつも頷き、輿から出た。
二
「天界、下界、鬼界。この三界により、この世が成り立っておることはそなたも知っておろう?」
ーーーなんだ?馬鹿にしているのか?
沈清は苛立ちを覚えながらも頷いた。
ーーーそれにしても、この世にこれほど美しい場所があったとは。
ーーー天界だからか。尹鈴の皇宮や他国の皇宮なんかよりもよっぽど美しく、綺麗で、清潔だ。
「はい」
沈清は敏恩に連れられて天界の天宮(天帝の住まう場所)を歩いていた。
「敏恩様。な、何やら視線を感じませんか?」
沈清は敏恩に近寄り、耳打ちした。
敏恩は頷いた。
「新しいものに敏感な神々なのです。決して無礼は働いてはならぬ」
沈清は頷いた。沈清たちを囲むようにそびえ立つ宮の回廊から美しい幾人もの女神や、こちらの様子を伺うような男神が突然天宮に現れた人間を見ていた。
「これからどちらに?」
沈清は敏恩に訪ね、そして周囲を見渡した。
「今の天帝に謁見する」