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“頑張ったら報われる魔法”をかけてもらった結果。


 私はごくごく平凡な人間だ。ただ少し変わっているのは、夢で異世界の人と会っていること。

 これ、寝言とかじゃないからね。


「アルベル~!」 

「ユイ、おはよう」

「おはよ!」


 真夜中、そして夢の中だけど、なんとなく私たちの間の挨拶は「おはよう」が定着している。

 この待ち合わせ場所が、日差しの降り注ぐ公園みたいな場所のせいかな。

 いつものベンチに二人で座ってから、私は後ろ手に隠していたものをアルベルに差し出した。


「エリカに教えてもらって一緒に作ったんだ。よかったら食べて」


 小花柄のプリントされた袋は一部分だけ窓のように透明になっていて、そこからクッキーがちらりと覗くようになっている。

 受け取ったアルベルが、しげしげと物珍しそうに袋を眺めた。

 本当は自力で頑張って可愛いラッピングをしたかったけど、時間とセンスがちょっとだけ足りなかった……。なので袋は市販品だ。


「ありがとう。エリカ……ああ、新しく仲良くなった子だね」

「そう、アルベルの魔法のお蔭で!」


 切れ長の目が柔らかく細められるのを、私は内心うっとりしながら眺めていた。 


「ユイが頑張ったからだよ」


 半年前。私の夢の中に現れたアルベルは、異世界人だと言って世界を渡るパスポートを見せてくれた。

 渡れる範囲はこの不思議な空間と、相手の睡眠中限定。現実で実際に会うのは、色々とお互いの世界の体制が整っていなかったりで難しいらしい。期限は1年間。


 専門家でもなんでもないただの学生の私に、その話の真偽を判別できるわけがない。ただただ困惑していると、それまで何もない真っ白だった空間が、この明るい公園の景色になった。

 アルベルが私の気持ちを和ませようと、魔法で変化させたらしい。


 それから一緒に公園を散歩して、このベンチで一息ついた頃には、私はアルベルとすっかり打ち解けていた。

 というかもうほとんど好きになっていた。


 異世界の魔法使いで、学生でもあるアルベルは、自分の研究のために私の世界の人とこうして会って話をしているんだとか。

 そのうちの一人になんで私が選ばれたの? と不思議に思ったけど、どうやら相手はランダムに決めたらしい。

 アルベルの世界の魔法はこちらのものとは色々と違うそうだ。そういった調査も兼ねて、何か好きな魔法をかけてくれると言った。


 魔法は私みたいな庶民にはあまり縁のない、一部の特別な人たちが使うなんかすごい技術、って印象だ。若干の憧れはある。

 パスポートの期限が来るまで、魔法の効果の確認のため、定期的に会って話がしたい。という趣旨の話に即OKし、大体週に1度くらい、こうして夢で会うことになった。


 それから何度か会っていくうちに、私はアルベルのことが好きだとはっきり自覚するようになり……。

 ある日、こんな魔法をリクエストしてみた。


「頑張って努力すれば報われる、みたいな効果の魔法はある?」


 当たり前だけど、魔法を犯罪に使ったり、テストでいい点取るとかカンニングしたりとかの不正行為に使うのは禁止されている。こちらの世界だけでなく、大体どこの世界でも同じだと思う。だからかけてもらう魔法はいつも、日常生活に支障のない、なんてことない効果のものが多かった。


 もしかしたらこれは、そのあたりを少し逸脱した内容なのかもしれない。

 私のオリジナルの思い付きではなく、昔そういう魔法があるらしいと聞いて、羨ましいと思ったのを思い出したのだ。

 親が魔法使いだと、そういう魔法をこっそり子供にかける人がいるらしいんだよね……あくまで噂だけど。


 とはいえ別に、それでがむしゃらに勉強して成績を伸ばしたり、どうしても叶えたい将来の夢があるというわけではない。

 アルベルと1年後にはお別れなのかと思ったら、居ても立っても居られない気分になってしまって。必死に頭を捻って出した結論が、これ。


 1年間頑張って努力して、アルベルの恋人になる……というのは無理でも、せめて友達とか、もう少し近い関係になりたい。

 そうすれば研究が終わった後も、パスポートを再取得してまた会いに来てくれるかもしれない。

 そんな下心満載のリクエストなのだった。


 アルベルは少し考えてから、あまり強い効果にするわけにはいかないけど、試しにやってみる、と承諾してくれた。


「ユイには頑張りたいことが沢山あるんだね。少し羨ましいよ」

 クッキーの袋を楽しそうに眺めてから、アルベルがぽつりと呟いた。


「アルベルも研究とか、頑張ってるんじゃないの?」

「うーん……どうだろう。いつも、やるべきことをただこなしているって感じだからな」

 いつもの穏やかな声が少し平坦なものになる。それからこちらを振り向いて微笑んだ。

「でも最近は、研究が楽しいと思うようになったよ」


 私も、頑張るのがこんなに楽しいなんて知らなかった。下心は爆発してますが。

 だけどもし魔法をかけてもらえなくても、アルベルのことを想って頑張るのは全然苦じゃなかったと思う。



   +++



「どうだった?」


 朝の挨拶も早々に、首尾を尋ねてきたエリカに苦笑する。

「いやー、いつも通りだよ。普通に受け取ってくれただけ」

「なにやってんの、もう。その場であーん、って食べさせるくらいしてきなさいよ」

「無茶言わないで!」

 真顔で言ってくるエリカに笑って返すと、両手を腰に当てて呆れた顔をした。


「頑張るっていうからわざわざ調理室を借りて、おばあ様のレシピも伝授したのに。もっと進展してほしかったわ」

「ごめんごめん。いつもありがとね」


 新年度から同じクラスになったエリカには、アルベルとのことを話して、こうして何かと協力してもらっている。

 アルベルを好きになっていなかったら、そして頑張ろうと思っていなかったら、きっとエリカと仲良くなることもなかったと思う。


 エリカは貴族で、魔法の才能があり、勉強もトップクラス。極めつけにモデルみたいな美少女だ。

 学校の方針で貴族と庶民の区別はしない、ということになっているけど、それでも大多数の生徒の間には暗黙のルールみたいなものがあった。貴族は貴族、庶民は庶民でなんとなくまとまるのが普通。


 私の学校は魔法の授業もないし、詳しい学生なんてほとんどいない。だけど才能のあるエリカは、家庭教師に魔法を学んでいるという噂を聞いた。

 アルベルとの話題作りのために魔法について知りたいとは思うものの、才能もなく無知な私にはもうどこからどう調べればいいのやら、分からないところが分からない状態だった。

 そこで勇気を出して、エリカに話しかけてみたのだった。


 魔法を知りたい理由(不純な動機)を話せば呆れられたり、いっそ虫けらを見る目とかされて嫌われるかな……なんて心配をしていたら、エリカは私の想像よりも気さくないい子で、更に恋バナ大好きっこだった。

 完璧すぎてちょっと近寄り難いエリカに気軽に恋バナをふってくる貴族の友達はいないらしく、私の話への食いつきっぷりはなかなかの飢えを感じるものだった。


「そういえばアルベルさんって、どこの世界の方なの?」

「えーと、確か……」

 前にパスポートを見せてもらった時に書いてあった名前を、なんとか思い出す。

 それを聞いたエリカが少し驚いた顔をした。

「数百年近くほとんど交流のなかった世界よ。私も詳しい知識はないけど、あちらの世界の魔法はかなり独特なものだと聞いたことがあるわ」


 どうやらかなり珍しい世界の人だったらしい。エリカ曰く、その世界から1年間のパスポートを取るのはかなり難しいはず、ただのいち学生に許可が下りるとは思えない。世界レベルで重要な研究をしているのでは、ということだった。

 さすがアルベル、きっとすごく優秀なんだろう。

 だけど逆に言えば、やっぱり気軽に会える相手ではないってことだよね……。

 パスポートの期限はあと半年、もっと頑張らなきゃ。


「その世界なら直接会えないのも納得ね。でも夢で会うって素敵だわ。……それと、当然彼女はいないのよね?」


 うっ……。

 思わず言葉に詰まると、エリカの表情がどんどん剣呑になっていく。

「ちょっと、何やってんのよ。まずそこを確認してからでしょ」

「いや、でも……どうやって聞いたらいいか……」

 正直ハードル高くない? 下手な聞き方すると好きなのバレバレだよね。


「次の逢瀬の課題が決まったわね。今日のお昼休みは作戦会議よ!」


 教室に教師が入ってきて、自分の席に戻りつつ言うエリカに私は曖昧に頷いた。一体どんな作戦を立てられてしまうのやら。

 でもこうやって地味に頑張っていればきっと報われるはず。世界レベルで優秀な魔法使い(推測)に、魔法をかけてもらっているのだから。



   +++



 春から初夏にかけては、エリカ(のおばあ様)秘伝のお菓子作りに励んだ。


 一応夢に持ち込めるそれらが、異世界に持ち帰った時にどんな状態になるのか心配だったけど、アルベルの反応から多分そのまま保たれているんだと思う。次に会った時にはいつも感想を言ってくれた。

 ただ、お菓子作戦の効果のほどは、正直よくわからない。

 アルベルはいつも穏やかな笑顔で美味しい、と言ってくれる。嘘をついてるとは思わないけど、私への好感が高まっているのかまでは判断がつかなかった。


 餌付けはやっぱり少々安直すぎたかも、とエリカとの作戦会議で軌道修正することになった。夏場に食べ物をあげるのはちょっと不安だしね。


 夏は学校が長い休みに入るということもあって、会う回数を増やせないかと提案してみた。

 アルベルは学生といっても私たちのように授業があることは少ないようで、毎日ほぼ自分の研究に時間を使えるらしく、この提案を快く受けてくれた。私たちは週に2回、都合が合えばたまに3回、会うことになった。


 会う回数を増やす理由として、他の魔法も試してみたい、と言ってしまったため、こんなことを頼んでみた。


「潜水できる魔法?」

「それか、溺れないようになる魔法とか。……無理かな?」

 不思議そうな顔をするアルベルに、私は補足で説明した。


 夏だ。海だ。泳ぐぞ~!

 ……って私のテンションが上がっているわけではない。

 アルベルがいないのに、頑張って水着着て海に行ったって楽しくもないし。


 私の住んでいる街は、海辺にちょっと有名な海水浴場というか、小規模だけどリゾート地のようになっている場所が存在する。なので夏はそのエリアには結構な人が遊びに訪れるのだった。

 そして案の定、毎年溺れる人が出る。

 その人の不注意で溺れる場合は仕方ないんだけど、実は海の底に人の足を引っ張る魔物が生息していたりするのだ。


 この魔物、攻撃してきて人が怪我をするということはほとんどない。イソギンチャクのような姿で海底の砂の中に潜み、海水浴客の足を時々引っ張る。引っ張る理由は不明。

 ただこの地味な嫌がらせが海に不慣れな海水浴客にとって命取りになることもあるので、地元関係者は毎年ピークが訪れる前にこの魔物の除去作業に追われているのだった。

 私の父もボランティアとして毎年この作業に参加している。なのでふと思い立ち、アルベルの魔法を借りて、今年は私も手伝ってみようかなと思ったのだった。


 私の説明を聞いたアルベルは、珍しく少し難しい表情をした後、こう言った。

「魔物が意味もなくそんな行動をするかな……。少し調べてみるよ。また明日会おう」

 ぽかんとしているうちに目が覚めた。今回の夢、短かすぎ……でもその代わり、今夜も会えるみたい。


 その夜の夢で、アルベルは私に数枚の紙の束を手渡した。

 表紙には『広範界域における海底魔力生物及びその近縁種に見られる行動とその特性』……何度見ても目が泳いでしまうタイトルがつけられている。

「そのレポートを除去作業の関係者に渡してもらえるかな。少しは役に立てるといいんだけど」

 紙をめくって中を軽く覗いてから、私はそっとそれを閉じた。うん、一行たりとも読解できそうにない。

「わかった、ありがとう」

 頷くと、アルベルがにっこりと微笑んだ。


「ユイは海辺の街に住んでいたんだね。僕の住んでいる場所からは遠いけど、こちらの世界にも有名な海の景色があるよ」


 そう言うと、いつもの公園の景色が一変した。

 足元には真っ白な砂浜、照り付ける太陽、少し先にはエメラルドグリーンの海が広がっている。


 興奮気味に波打ち際まで走っていくと、地平線をバックに何かが海の中から飛び出し、波しぶきを上げてまた戻った。初めはなんなのかわからなかったけど、何度か見ているうちにそれが上半身は馬、下半身は魚のような姿の生物なのだとわかった。

 他にも木の上には鮮やかな羽根の鳥がいたり、岩場には小さな翼の生えた蜥蜴のような生き物が日向ぼっこしている。浅瀬を覗くと金や銀に輝く魚が泳いでいた。


 なにこの景色、夢みたい。……実際に夢だけど!

 夢見心地とはまさにこのこと、その日はひたすら海で遊んで終わった。我ながら思い返すと少し恥ずかしくなるはしゃぎっぷりだったけど、アルベルはにこやかに見守ってくれていた。


 その後も何度か、アルベルは彼の世界の景色を見せてくれた。

 アルベルが実際に訪れたことのある場所の時には、その時の旅の話なんかを聞かせてもらった。

 その年の夏休みはそんな風に、好きな人とのバーチャル異世界旅行という最高の思い出で彩られることとなった。


 後になって気付いたけど、結局潜水できる魔法はかけてもらえなかった。

 あのレポートは父に渡してそれきり忘れていたら、どうやら私の知らない間に魔物の除去作業はつつがなく終わったらしい。レポートにはあの魔物の危険性についても書かれていたらしく、今年はプロの魔法使いを呼んで徹底的にやったと後で聞かされた。


 秋が来ると、今度は学校行事に時間を取られるようになった。

 正直これは頑張りたくないと思っていたのに、普段不純な動機で動いている罰なのか、私はくじで負けて文化祭の実行委員というただの忙しい雑用係に任命されてしまった。


 アルベルには、それも私が頑張りたくて自ら立候補したかのように誤解された。

「本当にユイは何でも頑張るね。偉い、偉い」

 訂正しようかと思ったら、なんとアルベルが私の頭をぽんぽんと撫でたので、本心は胸の奥底へと沈めることになった。


 現金なもので、アルベルに褒められたら急に実行委員の仕事が楽しく思えてきてしまい、やれと言われてもいない作業まで全力で取り組んだ。

 

「何やってんのよ……」

 放課後の教室で一人、ちまちまと文化祭の飾りつけを作っていたら、エリカに呆れられた。

「ユイ、もうすぐ1年経ってしまうんでしょう? こんなことしている場合ではないんじゃない?」

 前の席に座って、手伝ってくれるエリカの言葉にしばらく考える。


「……うん、そうなんだけど。でもこうやって地味に頑張ることに意味があるかな、って」

「だから、そのやる気はアルベルさんと仲良くなるためのことに向けるべきでしょう。この作業のどこに報われる要素があるのよ。しかもこれ、さぼっている人の尻拭いじゃない」

 エリカの言葉に苦笑する。

 ただ、これもそれなりに下心のある作業なのだった。


「だけどこういう一見なんにも報われなさそうなことを頑張った話をすると、なんかいつもよりもっと優しい目をして聞いてくれる気がするんだよね~。頭も撫でてくれたりして……」

 ちょっと照れながら言うと、エリカが肩をすくめて呟く。

「……ああ、馬鹿な子ほど可愛いってやつね」

 いいもん。馬鹿でもなんでも、可愛いって思われるなら。

 そう言い返したら、本気の呆れ顔で溜息をつかれてしまった。



   +++



 1年ってもっと長いと思っていた。

 だけど本当に一瞬かってくらいの早さで、あっけなくその日はやって来てしまった。

 アルベルと会える最後の日。残念ながら手応えのようなものは感じられないまま、私はその時を迎えていた。


 挨拶を交わし、そのままお互いなんとなく無言のまま、公園を一回りしてからいつもの場所に着く。

 ベンチの前に立ったまま、アルベルが振り返った。向けられた柔らかい微笑みに、胸が締め付けられる。


「ユイ、今までありがとう」


 本当にもうこれで終わりなのかな?

 魔法の力をもってしても、努力は報われないものなんだろうか。


 たまに不安になった時は、どんな結果であれ頑張ったということが大事、悔いはない、と思って納得することにしていた。だけど実際にその時を迎えたら……そんな納得、全然できそうにない。

 アルベルともう二度と会えなくなるなんて、無理。絶対に無理!

 気が付いたら、私の口は勝手に動いていた。


「あのっ……私っ、アルベルが好きです!」


 い、言った~!

 完全に勢いだけ。頭、真っ白。

 顔を上げられなくてじっと地面を見ていると、少しの沈黙の後、穏やかな声が降ってきた。


「ありがとう」


 返事はそれだけ。


 …………うん。ですよね。



   +++



 初めて好きになった人に告白して振られた。

 頑張ったら報われる魔法も解けた。

 ……どの程度効果があったのかは、結局分からなかったけど。


 今更だけどなんでこんな魔法をリクエストしたんだろう、1年前の私。

 どんなにすごい力のサポートを受けたからって、願いが何でも叶うわけがない。

 好きな人に好きになってもらえる魔法なんて、きっとどの世界にも存在しないんだろうな。もしあってもすぐ使用禁止になりそう。


 そもそも魔法って、かけた本人は影響を受けないみたいなことを前にエリカに教えてもらったような……。

 今頃気付くとか本当にアホだわ。ひとの話はきちんと聞きましょうといういい教訓になってしまった。


 私は頑張るのをやめた。

 魔法が解けたからというより、単純にあらゆる事に前ほどやる気が湧かなくなってしまった。


 ただ、失恋してしかも二度と会えなくなって、もっと毎日どん底まで落ち込んで暮らすのかと思っていたけど、意外とそうでもない。


 勉強も他のことも、やる気が出ないだけで別にさぼっているわけじゃない。前とほとんど同じペースでやっていると思う。

 むしろ気が乗らない時には休憩を多めに取るようにしていたら、短い時間で前より効率よくこなせるようになった。

 変な気合が入っていない分、いい意味で肩の力が抜けたのかもしれない。


 もちろんエリカとも今まで通り仲良くしている。

 失恋後の数日はちょっと心配されたけど、すぐにいつも通り接してくれるようになった。

 むしろ今はエリカ自身が恋をしていて、私はその話を聞いたり相談に乗ったりしている。

 恋をしたエリカは自分のこととなると強気な態度はどこへやらで、今度は私がもっと頑張れと発破をかける側になった。


 可もなく不可もなく、穏やかに平らかに日々を送る。

 やるべきことをただこなしている、って感じ。

 そんな言葉を、私はなんとなく思い出していた。

 あの時アルベルは私を羨ましいと言っていたけど。頑張って空回るより、こういう凪のように穏やかな状態の方がずっといい気がする。


 そんな風に私の現実生活は、見た目はこれまでと何も変わることなく過ぎていった。



   +++



 薄桃色の花が咲き始めた公園の並木道を、私は一人で歩いていた。


 今日は休日なのでエリカと待ち合わせて、エリカの好きな人の誕生日プレゼントを選びに街に来ていた。来週そのプレゼントを渡して、ようやく告白する決心をしたらしい。

 しばらく二人でお店を巡っていたら、なんとその想い人と街でばったり出くわした。私はちょっと古典的だけど用事があると言って、狼狽えるエリカをその人に押しつけた。見た感じ、もうほとんど両想いな気がする。

 いや~春だね~、という気分になって、真っ直ぐ帰らずになんとなく近くにあった公園に足を向けたのだった。


 広々とした公園の丘の上では、子供たちが駆け回って遊んだり、お弁当を広げてピクニックを楽しむ人たちがいる。

 そこから少し離れた人気のないベンチに私は腰を下ろした。すぐ後ろの木は八分咲きくらいの花をつけていて、時々風に乗って花弁が舞う。


 公園のベンチに一人で座る。もっと感傷的な気分になってしまうかと思ったけど、やっぱりそうでもない。

 今もアルベルのことを思い出すし、忘れる日はないけど。辛さや切なさよりも、とにかく毎日一生懸命だったあの頃の気分が蘇ってくるだけだ。

 それともこうやっていい思い出のように感じるのも、魔法の効果なのかな。


 ぼんやり一人で花を見上げていると、ベンチの真上に突き出した枝に小鳥がとまった。

 全体が淡い黄緑色の羽毛で、つぶらな瞳をぱちぱち瞬かせている。可愛い。

 小鳥を眺めていたら、ふいに目が合った、気がした。

 小さく羽ばたいて、その小鳥が私の隣に降りてきた。ベンチにちょこんと乗りながら、こちらを見上げてくる。

 可愛い……けど何故かすごい目が合ってる……。


「ユイ。久しぶりだね」


 突然聴こえた声に、私は夢の中にいるのかと錯覚した。

 ぽかぽか陽気の中、ベンチでお花見しながら寝てしまったの? なんかちょっと恥ずかしいなそれ。

 だって、この声が現実で聴こえるわけがない。


「あれ? もしかして僕のこと、もう忘れちゃった?」


 再び聴こえた声と共に、小鳥が可愛らしく首を傾げる。

 いや、いやいやいや……声も、その出所もおかしいから。


 どう見ても、目の前の小鳥からアルベルの声が聴こえる。

 呆然とする私を置いて、小鳥(アルベル?)が首を後ろに回し、黄緑の羽毛の中から一枚のカードを取り出した。

 嘴でそれをくわえると私に向けて、手に取るよう差し出してくる。

 ……掌サイズのカードとはいえ、どう見ても小鳥の羽毛の中に入りきる大きさじゃないんだけど……ものすごく魔法っぽいな~。

 カードの上側には、目立つ太字で文字が書かれていた。


『二級召喚獣(小型)証明書』


 その下には前もパスポートで見たアルベルの本名と、いくつかの文章が記載されている。


 …………う、うん?

 二度見、三度見したけど、意味がなんとなくわかるようなわからないような……いや、どういうこと?


「僕の世界から他の世界へ渡るには、こうやって姿を変えて行くしかないんだ。研究が進めば、今後は本来の体のまま渡れるようになるはずだけどね」

 アルベルの研究も、そういう新技術に関わるものだったらしい。あの夢空間も研究の成果なんだとか。


 とりあえず今のところアルベルの世界の人たちは、他の世界に行くためには召喚獣というものに姿を変えるしかないのだそうだ。

 昔は私たちの世界にも、召喚士というアルベルの世界の人を呼び出す技術を持った人たちがいたらしいけど、魔法が発展していくうちにいつの間にかいなくなってしまったんだって。召喚士が召喚獣を戦争に使ったりして、アルベルの世界の人々が嫌になって長い間交流を断っていたせいもあるとか。


 そうした説明を申し訳ないけどほとんど上の空で聞きながら、私は思わず呟いていた。

「……すごい。本当に頑張ったら報われた……」

 アルベルが不思議そうに小首を傾げる。いや小鳥の姿でその仕草、可愛いすぎ。


「だってアルベルにかけてもらった魔法のお蔭で、こうしてまた会えたんだよ? 私、そのためにずーっと頑張ってたんだから」


 私は実は不純だった、以前の頑張る理由を告白した。

 小鳥なアルベルがつぶらな瞳を瞬かせる。それから楽しそうに笑った。


「ごめん。実はあの魔法、色々と検証してみた結果、全く効果がないことが証明されてしまったんだ。ははは」


 ……えー!? そんな楽しそうに言うこと!?

 じゃあ、私はただただ普通に頑張っていただけだったのか……。

 というか世界レベルで優秀な魔法使いに、約1年間、無駄な研究をさせてしまったってことなのかな? なんかごめんなさい。


「他の研究で成果を出したから大丈夫。まだ二級だけど、こうして召喚獣の資格も取ったしね」

 だけど今のように召喚士の力なしで世界を渡るのはアルベルにも難しいらしく、1日のうちのごく限られた時間しかこちらに来ることが出来ないという。


「君を見ていたら、僕も頑張りたくなったんだ。世界や他の何かのせいにして諦めたくなかった」

 呆然と話を聞いていると、アルベルがベンチの背もたれに飛び乗り、私の目をじっと見つめてきた。


「僕もユイのことが好きだ。もしもまだ僕といたいと思ってくれるのなら、召喚士になってほしい」


 相手は可愛らしい小鳥姿なのに、不覚にも私はときめきすぎて泣きそうになってしまった。

 ほとんど半泣きで頷くと、アルベルが嬉しそうに羽根をパタパタさせて、ちょっと浮いた。


「なるべく渡る時間を作って、僕が出来る限りのことを教えるよ。ただ君の世界には今、召喚士は一人もいないようだから……。そんな中、習得していくのは大変だと思う。報われるとは限らないけど、それでも頑張ってくれる?」


 可愛らしくまた小首を傾げて見上げてきたアルベルに、私は大きく頷いた。


「もちろん、頑張る!」


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