災難3 三男の不貞
小競り合いが一段落し、王都のメヘンレンド侯爵邸へ戻ってきた五人は執務室のソファにどかりと座りこんだ。
一人用のソファ―にしては随分と大きい―にメヘンレンド侯爵が座る。メヘンレンド侯爵から右側の三人用ソファには侯爵夫人と長男の嫁アーニャ、左側には長男チハルタと次男ギバルタが座っている。
普通の家族ではありえない座り位置だが、職場や立場を重んじるこの家では当たり前であった。
疲れ切ってソファに沈み込む五人へと執事が近づいてきた。メヘンレンド侯爵の隣に立つ。
「お疲れでございますところ大変申し訳ございませんが、急ぎ報告いたしたきことがございます」
五人は内容をある程度予想していたので、頬を引き攣らせた。だが、ここで執事を叱責することはお門違いだと誰もがわかっている。
侯爵は大きくため息をついた。
「はぁ……。 わかった……。 聞こう」
執事は困ったような泣きそうな陰鬱な顔でウデルタの所業を報告した。
五人の遠征中にシエラを家に連れ込んだこと。学園では部屋にシエラを連れ込んでいること。婚約者ユリティナとは学園以外の逢瀬はすべてキャンセルしていること。メーデル王太子殿下と娼館へ通っていること。
「ご決断とご指示を……」
執事が恭しく頭を下げた。
「チぃ! ハぁ! ルぅ! タぁ!!!」
猛り狂う侯爵夫人の声が三人の男たちの腹の底に響く。
「はっ! はいっ!」
名指しされたのはチハルタであるのに、侯爵もチハルタもギバルタもソファから立ち上がり直立不動になった。ズボンの中で見えないが、男として大事なものは情けなく縮み上がっている。
「ウデルタの首を今すぐここへ持ってこおおいっ!!」
顔を鬼にした侯爵夫人の隣に座る淑女アーニャは妖艶に微笑んでいた。
「は……母上……。 それはここへ連れて来いというご指示でしょうか……?」
チハルタは万が一の願いを込めて侯爵夫人に聞いてみた。
「お前はバカなのかっ!? 首って言ったら生首に決まっているっ! お前はそれでも騎士かっ!?」
侯爵夫人の形相にチハルタが震える。
「貴方―侯爵―! デカい図体が視界に邪魔よっ! 座りなさいっ!」
「す、すまん」
侯爵はヘナヘナと一人用のソファに沈み込んだ。
「お義母様。 チハルタ様がご無理なら私が行ってまいります」
「アーニャ! ちょっと待ってくれっ! 母上。ウデルタの首をどうなさるのですか?」
チハルタは慌ててニコニコと笑う妻アーニャを止めた。その笑顔が笑っていないことを理解しているチハルタは冷や汗が止まらない。
目を見開いて怒りを表す獅子と、舌なめずりをする大虎を目の前にしている気分だ。いや、獅子や大虎の方がチハルタなら勝てるのでマシだ。
「もちろんソチアンダ侯爵家にお持ちするっ。そして、それでご納得いただけないようなら、その場で私も腹を切るよ。クソを育ててしまったのは私だからね」
侯爵夫人は本気だった。
ギバルタが立ち位置を変え、ガバリと膝を着き土下座をした。
「母上! それだけはお許しくださいっ!」
「何? ウデルタを庇うの? それとも私? 私は恥をかかされるなら命なんていらない……。わかる?」
侯爵夫人は冷たく言い放つ。
「違いますっ! 彼女に……ユリティナ嬢にウデルタの首なんて……そんな汚物は見せたくないのです。そんなものを見せてしまったら、俺は……俺は……二度と彼女に会えなくなってしまいます……」
「ふぅん……」
侯爵夫人は足を組み替えてギバルタを見下ろしている。
「どうか一度だけチャンスをください。彼女に愛を乞うチャンスを!」
目を細めてギバルタの土下座を見つめる侯爵夫人の膝にアーニャが手を置いた。
「お義母様。我がメヘンレンド侯爵家の責務はユリティナ嬢を幸せにすることではないでしょうか。
ソチアンダ侯爵家は代々文官の家。愚弟の首など差し出してもソチアンダ侯爵閣下はお喜びにならないと思います」
「アーニャはギバルタならユリティナ嬢を幸せにすることができると……? そう言うの?」
「それはわかりません。お相手の感情もありますから。ですが、首はギバルタにチャンスをあげてからでもよろしいのではありませんか?
ギバルタがユリティナ嬢にフラレたり、泣かせたりいたしましたら、ギバルタとウデルタの首を私たちがきっちり並べます。
ね? ア・ナ・タ?」
アーニャは妖艶な笑顔で立ちすくむチハルタに同意を求めた。
「はいっ! 約束いたしますっ!」
「ギバルタも覚悟はいいの? ね?」
「はいっ! ユリティナ嬢に誠心誠意気持ちを伝えます。もし、ユリティナ嬢にご了承いただいた暁には、全身全霊で彼女を幸せにいたしますっ!」
「アーニャ。何か勝算があるの?」
侯爵夫人の鋭い視線にアーニャは本物の笑顔で答える。アーニャの自信有り気な様子に侯爵夫人は一旦怒気を収めた。
「わかりました。では、今日のところは親としての責任をとってきましょう。
貴方っ! 行きますよっ!」
侯爵夫人はサッサと立ち上がり玄関へ向かう。侯爵は慌てて付いて行った。
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