災難13 マラソン
メヘンレンド侯爵邸に戻ったチハルタとギバルタは、夜中まで鍛錬場を走らされることになる。
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ウデルタの暴言事件を両親に報告しないという選択肢はチハルタにはなかった。あれだけの数の生徒たちの前でやらかしのだ。他の誰かから母親の耳に入ることを思えば、率先して報告するべきことだ。
報告を受けたメヘンレンド侯爵夫人はやおら立ち上がり、剣の柄でチハルタの腹を殴った。
チハルタが跪く。
「今日やらかすことはわかっていたのだろう? なぜ学園前に待機していなかったのだ?」
「俺たちが待機していると警戒されると思ったからです。部下の子息たちには情報収集を命じておきました」
目線を下にしているチハルタの顎を剣の柄で持ち上げる。
「それが愚策だったからこうなったのだろう? お前は部下の命がなくなってから作戦実行する愚鈍隊長なのか?」
「い……いえ……。そのようなことは……」
「作戦にはタイミングも大事なのだ。貴様らの愚鈍さが我が家の傷を広げたのだぞ」
そこまで考えていなかったチハルタとその隣に立つギバルタは目を細めて顔を歪めた。
「「申し訳ありません……」」
「私たちは各家に詫に行く。お前たちは走っていろ」
メヘンレンド侯爵夫人はそのまま静かに玄関に向かった。メヘンレンド侯爵は二人の肩に一度ポンと手を置き夫人を追った。
こうしてチハルタとギバルタの夜中までマラソンが始まった。
日もとうに沈んだ後、アーニャが迎えに来た。
「『夕食時に汗臭くするな。急げ』と、お義母様から伝言ですよ。赦していただけてよかったですわ。
湯浴みの準備はできおりますよ」
タオルを渡すアーニャはホッとした様子であった。
二人が走り始めた時、メヘンレンド侯爵夫妻はテーブルにいたご令嬢五人の家に謝罪に行った。それを理解しているチハルタとギバルタは反省はあっても、母親やウデルタへの恨みの気持ちはない。
ただ、『自分たちも子供の尻拭いをできる親になりたい』と思うのだった。
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ウデルタは騎士団に騎士見習いとして一年間所属したがやはり騎士にはなれなかった。約束通り、騎士団の小間使いになった。小間使いとなっても、とにかく真面目に働いた。
ウデルタは騎士団に所属していた間に、自分にできることは一生懸命真面目にやることだけだと身にしみるほど感じたのだ。
ウデルタは訓練についていくことが難しかった。しかし逃げ場所もなく、とにかくやるしかない。初めは中傷や虐めを受けた。だが、ウデルタが懸命にやっていることをわかると馬鹿にする者はいなくなった。
ウデルタとしてみれば、初めは父親や長兄チハルタの視線が怖かったためにやっていたのだが、懸命さを認められることを嬉しく思うようになった。
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ウデルタが騎士団小間使いになった頃、ユリティナは王妃陛下が主催する『メーデル王子の婚約者候補を決める勉強会』という名目の『淑女の勉強会』においてテストをすべて合格し、『淑女の称号』を授与された。
その半年後、王都にある一番大きな教会でギバルタとユリティナの結婚式が執り行われた。
結婚披露パーティーには多くの騎士たちが招待された。ギバルタのあまりのだらしない顔に騎士たちの口は塞がらない。騎士団では垂れ目なのに厳しい顔つきというギャップが尚更恐れられていたのだ。誰もがギバルタが幸せであることを感じられるパーティーだった。
ウデルタは式参列もパーティー参加も許されなかった。
『ギバルタ様の結婚式当日のウデルタは何かを忘れるように黙々と仕事をしていた』
長兄チハルタへの報告書にはそう記載されていた。チハルタは安堵と憂いのため息を吐いた。
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ウデルタが小間使いとして真面目に働く姿を一年間見た長兄チハルタは、ウデルタを騎士団専属文官見習いにした。ウデルタはそれも真面目に働き学んでいった。二年後には騎士団専属文官に実採用された。
そして、それを機に実家であるメヘンレンド侯爵家への出入りも許可された。
四年ぶりに門の近くに立ったウデルタの手は小刻みに震えている。右手の震えを抑えようとした左手も震えていた。
大きく深呼吸して門の前へと歩みを進めた。
門番兵はすぐにウデルタに気が付き門を開ける。
「ウデルタ様。おかえりなさいませ」
ウデルタは門番兵の言葉に驚いた。目をしばたかせているが門番兵から視線を外さないまま歩みを止めず、門が閉まるところまで歩いて止まった。
「おかえり? なの?」
「あはは! ウデルタ様はメヘンレンド侯爵家のご子息ですから。
精悍な顔つきになりましたな」
門番兵ジークはウデルタが生まれる前からメヘンレンド侯爵家に仕えている者だった。
「ジーク。ただいま……」
ウデルタは消え入りそうな声で呟いた。泣きそうになるのをグッと堪える。
「さあ、ウデルタ様。中でみなさんがお待ちですよ」
『カチャリ』
玄関が開き執事が出てきてウデルタに頭を下げた。ウデルタは自分の両頬を『パチリ』と叩いてから歩きだした。
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