災難1 猛女降臨
「チぃ! ハぁ! ルぅ! タぁ!!!」
猛り狂う猛女の声が腹の底に響く。
「はっ! はいっ!」
名指しされたのは一人であるのに、三人の偉丈夫がソファから立ち上がり姿勢を正した。ズボンの中で見えないが、男として大事なものは情けなく縮み上がっている。
「ウデルタの首を今すぐここへ持ってこおおいっ!!」
顔を鬼にした猛女の隣に座る淑女は妖艶に微笑んでいた。
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ゼルアナート王国は建国300年以上になる堅実な国家だ。どの代の国王も質実剛健温和勤勉で、国民に愛されてきた。
メヘンレンド家はゼルアナート王国において侯爵を賜り、代々王立騎士団に貢献している家柄だ。現騎士団長を務めるのは現侯爵であり、現侯爵夫人は元は王妃付き近衛騎士で現在は女性騎士団の団長である。
そして、メヘンレンド家には次代を担う三人の息子がいる。
長男チハルタは幼い頃から体格が同年代より抜きん出ていた。背が高いだけでなく筋骨隆々、そのくせ動きは靭やかだ。その体格を遺憾なく活かし剣術武術ともに優秀で、学園を卒業して当然のように騎士団へ入団。半年で隊長に抜擢された。次期団長になるともっぱらの噂だ。
学園を卒業と同時に幼き頃からの婚約者と婚姻した。同じように騎士団に貢献してきた侯爵家から娶った嫁は女性騎士団の団員だ。息子を産んで半年で復帰するほどの女傑で、チハルタにとって自慢であり、愛する妻である。
次男ギバルタは、長身だがチハルタほど筋骨隆々ではない。ほどよく筋肉質でほどよく逞しい体つきであるが、家族の中では柔和な容姿だ。顔は可憐で愛らしい祖母に似ていると言われている。
ギバルタは祖父と父親と兄を見ているので、自分がメヘンレンド家に騎士団員として大いに貢献できるとは考えておらず、兄の代わりに領地経営をしようと勉学に勤しんだ。おかげで学園での勉学の成績はAクラスで上位十位以内であった。
それでも武術のセンスが大変素晴らしく、隊長クラスなら軽く目指せるほどの実力はある。父親である侯爵の勧めで、卒業後数年は騎士団に所属することになった。
爵位も領地も兄のものだと思っているので婚姻は望んでいない。
三男ウデルタは、それはそれは華奢な体つきであった。可憐で愛らしい祖母を受け継いだような体型だ。
十四歳になっても女性と同じほどの身長しかなく、兄たちと鍛錬してきたはずなのに筋肉がつくことはなかった。
三人ともメヘンレンド侯爵家の者の証のように赤っぽい髪に赤っぽい瞳だ。色の濃い薄いはある。
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三男ウデルタの非力を心配したメヘンレンド侯爵は、将来ウデルタを騎士団に入団させることを早々に諦め、ウデルタの婿入り先を探した。
ちょうどその頃、ソチアンダ侯爵家で夫人が体調を崩し子供が授かれない体になってしまった。なので、後継ぎは一人娘ユリティナになることが確定し、ユリティナに婿養子を迎えることになった。だからといって、ソチアンダ侯爵もユリティナの婚姻相手探しを慌てていたわけではない。まさに『タイミングが合った』という縁組だ。
ユリティナ・ソチアンダ侯爵令嬢との婚約が決まったと聞いたウデルタは、騎士団に入団しなくてよくなったことにホッした。非力なことは大変自覚している。両家が侯爵家なので婿入りとはいえ卑屈になる必要もない。
そして、ユリティナとの初対面では、この子となら大丈夫そうだと思った。
ウデルタは母親のことは好きだが、苦手だったのだ。自分より高い身長。自分より太い腕。自分より大きな声。豪快に笑い豪快に怒る。
ウデルタは婚姻相手には祖母のような可憐な人を求めていた。
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ウデルタは、学園入学一ヶ月前に王城へ呼ばれ、入学したら殿下の側近候補としてメーデル王太子殿下をサポートするようにと言われていた。
そこにはノエルダム・コームチア公爵子息もいた。
メーデル王太子殿下と同い年の公爵位と侯爵位の貴族令息は二人だけである。メーデルは誕生日が同級生の中では遅いのだ。王妃陛下懐妊のニュースで懸命に子作りをした高位貴族たちだが、一学年下になってしまった者が多かった。
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婚約から半年でウデルタとユリティナは学園へ入学となった。
ユリティナと頻繁に接してみると、ユリティナはウデルタの理想とは少しばかり違っていた。
ユリティナは明朗闊達でよく笑い男性に物怖じせずハキハキと意見を言う女性だった。
『お祖母様はお祖父様をたてて、言うことをはいはいと聞くし、淑女らしく小さく笑う方だった……』
ウデルタはがっかりした。しかし、それはウデルタの勝手な妄想だ。
ウデルタは知らなかったが、本当の祖母は歳を重ね旦那の操縦が上手くなっただけで、決して控えめな女性ではなかった。若き頃は旦那に意見もしたし、喧嘩もした。経験から旦那の手綱捌きを身に付けたのだ。
若いウデルタにはそんなことはわからず、祖母を大人しい性格だと誤解している。自分の父親が祖母に頭が上がらないという状況を踏まえることはしなかった。自分に照らし合わせれば理解できたはずであるのに……。
祖母は確かに淑女らしい笑い方をする方ではある。
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