二部
ただ、前回より酷くはなかった。
朝、あれが校舎に入ってくる際、僕はそれを偶然見てしまった。十メートルは離れているというのに、それは此方をしっかりと認めて、微笑みを浮かべた。
戦慄という単語を正しく理解できた気がする。
不思議と寒気や息切れ、吐き気や涙は出てこなかったけれど、それでもあの不思議な拒否感は健在だった。
ただ、暫くは学校に通わないと本を取り上げられてしまうから、そんな理由で僕は嫌々学校に通った。
その時はあれを見るよりも本が読めないことが苦だった。
「初めまして、藍染月と言います、仲良くしてくださいね」
田舎には似つかわない丁寧な口調で、例の微笑を浮かべながら、それは言った。
白いワンピースを着ていた。
藍染は地主の姓だった、元々この村は藍がよく採れたために、染め物が盛んだった。あの爺の先祖はその取り纏めていたのだったか。
ともかく、そいつは来てしまった。
僕は本に集中し、なるべく耳に神経を使わないようにしていたが、どうやらそいつは優れた容姿をしているようなので、教室が煩くなった。
幸いなことに、彼女の姓は愛染で一番最初、僕の姓は不動で後ろの方だったので、席は遠い。
とは言っても、生徒は十人程しかいないので、この距離も僕にとっては微々たるものであった。
授業は終わり、給食の時間となった、皆輪になって食事を摂るのだが、僕は食欲がないといって教室を抜け出した。
そういったことは良くあったので先生も皆も止めなかったが、あいつだけは僕を見ていた気がする。
校庭の開校記念の樹の下で文庫本を捲りながら、窓の中の様子を伺っていた。
皆あれを中心に笑い合っていた、あれも絶えず微笑み、皆に目を向けていた。
昼休みになっても、皆はいつものように校庭に出て遊ぼうとさる様子はなく、あいつの机を囲んでいた。
その中には亜美の姿もあって、僕は何やら胸に靄がかかったように感じた。
「面白い光景だよな」
いつの間にか蓮が側に立っていた。
「いつまで続くかな」
「さあ、転校生ってだけで目立つのに、あのじいさんの養子で、しかも顔もいい」
「そうか、まあそうだよな」
僕にとってはそうでなくとも、おそらくあいつは百人が見たら百人が褒めるであろう容姿だった。
「良かったな、あの子、あまり学校には来ないってよ」
「何で?」
「親の、あのじいさんの意向だってよ」
不思議ではあったものの、僕にとっては嬉しい情報だった。だが胸の靄はかかったままだった。
翌日、確かにあれは来なかった。
ただ、教室内に留まらず、村全体があいつの噂をするようになった。
確証のない憶測や、都市伝説に近いようなものまで飛び交い、皆それに飽きないようだった。
僕はそれらに耳を塞ぎ、月一回程の周期であれが登校してくる日を避けながら学校に通った。