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諦念  作者: 達磨
2/3

一部

覚悟はいいね?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先ずは僕の両親、つまり君の祖父母について話しておこう。


僕の父は小説家で、取材と称して全国津々浦々を旅していたらしい。


父の本は僕の書斎の向かって右側の端の本棚に納めてあるから、気が向いたら読むといい。


ある時父は〇〇県の山奥のとある村に立ち寄り、そこで母と出会った。


比較的閉鎖的な村だったようで、父はあまり歓迎されず、何度も通いつめてようやく母との交際を認められたらしい。


暫くして二人は結婚し、子供が生まれた。それが僕。


僕は物心ついたときから本の虫で、父の小説や父の購入した本を読み漁っていた。


そのせいで、また父が余所者ということもあって同年代の子供たちとはあまり馴染めないでいた。


しかし、そんな僕を半ば強引に連れ出したのが、二つ歳上の従兄弟、(れん)だった。(母の双子の妹の息子)


蓮は幼いながらに山川を知り尽くしており、小説にも出てこない鮮やかな世界を僕に見せてくれた。


彼のおかげで、僕はその年頃の少年らしく外で遊ぶようになり、完全にとはいかないけれど、村の子供たちとも仲良くなった。


また蓮には僕と同じ歳の妹がいて、名前は亜美(あみ)と言った。


亜美は極度の人見知りで、いつも蓮に引っ付いていた。蓮が僕を山や川に引っ張っていくのにもついてきて、毎日服が汚れるほど遊んだ。


僕は二人と多くの時間を過ごし、彼らは僕にとって我が身にも等しい存在になった。


その後僕たちは村に一つだけある小学校に通うようになった。


学校といっても生徒は僕たち含めて十人程で、生徒は同じ教室で授業とも言い難い授業を受けていた。


僕らは度々学校をサボタージュし、山で遊んでは親(主に蓮の父親)に怒られていた。


そして、本題はここから。


蓮が六年生、僕と亜美が四年生になった夏のある日。


都会から転校生がやって来た。


蓮の家の裏山にはいかにも怪しい洋館があって、そこには地主の老人が数人の使用人とともに引きこもっているらしい。


蓮の家系は代々地主の世話をしており、館の噂はよく聞いていた


「で、あの偏屈じいさんがどうしたって?」


持っていた文庫本を閉じ、錆びたガードレールに腰かけている蓮に目を向ける。


よく日に焼けた坊主頭の少年で、同年代よりも背が高い。

ランニングに短パンといった出で立ちはまさに田舎の少年像だろう。

だが彼は堀が深く、目も力強かったため、田舎らしい素朴さは持ち合わせていなかった。


今いるこの場所は山の中で唯一舗装されている道路だが、如何せん使う者が稀であるために整備はされていない。

使う者がいないのだから、このように地べたに座り込んでいても誰の迷惑にもならない。


「今度、館に新しく人を呼んだらしい」


「新しい使用人?」


「いや、それがどうも違うらしい」


そのじいさんは酷い人嫌いで村に下りて来ることはなかったし、館に忍びこんだ時に偶然見つかってしまい、えらい剣幕で追い出されたのを覚えている。


「なんでも養子をとったんだと」


「養子?」


あのじいさんが養子?


「お前も聞いたろ?」


蓮の問い掛けに対し、僕の隣に座っていた亜美が何度も頷く。

兄とは対照的に愛嬌のある可愛らしい顔で、眉や目のせいで少し自信なさげにも見える。田舎らしい素朴さを備えた女の子だ。

こちらも蓮と大差ない服装である。


「別に疑ってないけど、、」


僕はどうしてもあの老人が幼い子どもと一緒に生活している光景を想像できずにいた。


蓮がガードレールから離れ、歩き出すのに合わせて僕と亜美も立ち上がる。


「で、その養子を見に行ってみないか、て話」


そう言って蓮は緩い傾斜を上っていく。

返事はしなかった。この村も未開発の田舎の例に漏れず、刺激は少ない。

子どもならば特に新しい物事に感心を持つのは当然だし、蓮にはそういったものを嗅ぎとる能力があった。

故に、僕らが蓮の提案を蹴るのは稀なことだった。


「でも、あのおじいさんに見つかったら、、」


亜美が不安そうに言ったが、それでも僕たちは歩みを止めなかった。


「大丈夫だよ、あのときは偶々見つかっただけだ」


蓮の言った通り、実際は何度か館には忍び込んでいるが見つかったのは一度だけだ。


それでも亜美は不安そうだったが、蓮と僕がもう一度大丈夫だと言うと安心したようだった。


蝉時雨をかき分け、コンクリート、土、砂利、近道をしながら館を目指す。

舗装されていない獣道や岩場を越え、やがて館の裏に出た。


館は森を背負うように建っており、高い石の塀に囲われている、その塀の中は屋根ぐらいしか見えない。

塀事態には凹凸が少なく、這い上がるのは難しいが、周囲の木に上って飛び移れば何ということはない。


「ほら、おいで」


「うん」


僕が先に塀に飛び乗り、亜美を受け止める。

最初は怖がっていた亜美だが、僕らについてくる内に臆することなく山を駆け回れるようになった。

一メートルの立ち幅跳びぐらいわけはない。

続いて蓮が危なげなく飛び移る。


「よし、こっちだ」


蓮曰く、件の養子の部屋はまだ用意されておらず、今は二階の来客用の寝室に泊まっているらしい。


幸いにもその部屋は塀からそう遠くないため、容易に中の様子が伺える。カーテンさえ掛かっていなければ。


案の定閉じられた窓にはレースカーテンが掛かっていた。

どうやら部屋の住人はこの暑さを物ともせずにいられるタイプの人間らしい。

薄布の向こうには影が見えた、察するに長髪の子ども、おそらく女の子だ。


「どうする?」


蓮が聞いてくる。

馴れているとはいえ、こんな山の上まで来るのは骨なので、僕はせっかくなら一目その養子を見たかった。亜美も同様らしい。

その旨を蓮に伝えると、蓮はポケットから木の実を取り出し、窓が傷つかない程度に投げた。


木の実は窓に当たると、その小ささからすると意外な程の、それでも蝉の声には掻き消されてしまう程度の音をたてた。


窓のむこうの影がゆらりと回転し、徐々に大きくなる。


鍵の開く音がして、白い腕がカーテンを分け、窓が両側に開いていく。


そこに現れたのは、艶のある黒く長い髪をもった美しい少女だった。と思う。

何故曖昧な表現になってしまうかと言うと、僕は彼女をまともに目視できなかったからである。


別に緊張したり照れていたわけではない、僕は彼女を一目見たとき、得たいの知れない感情に襲われ、すぐさま目を離してしまったのだ。


ああ、駄目だ


その感情は、生まれて初めて味わう、曖昧かつ莫大な()()だった。


嫌いだとか言う安いものではない。

これはおそらく、人が虫や何かを避ける思いに近いのではないだろうか。

あるいは恐怖症か。

その存在から全力で目を背け、その存在を知覚することを細胞の全てが拒否しているにも関わらず、その存在を拭い去ることができない。


とかく、その途方もない厭悪感に直面した僕の感覚器官は、この世界ごと彼女を拒んだ。


涙は溢れ、耳鳴りがして、呼吸は乱れた。


全身が震え、気持ちの悪い汗をかいた。


同年代と比べて明らかに劣る僕の体躯は、許しを乞うように縮こまる。


僕は暗い闇の中で独りになった。


「あなたたちは、誰?」


ああ、厭だ


「どうして塀の上なんかにいるのかしら?」


こんなにも厭なのに


「あなた、大丈夫?」


彼女の声しか聞こえない


頼むから僕を彼女と二人きりにしないでくれ




「すまん、転校生が来るって聞いて見に来たんだが、どうも連れは具合が悪いらしい」


蓮の声が頭に響く


「悪いが、またな」


体が浮いている気がする。そして、軽い衝撃。


規則的な振動を感じながら、僕は少しずつ光を取り戻していた。


目を開けると、僕は蓮に抱えられていた(所謂お姫様抱っこというやつ)。


背中越しに遠くなった塀が見えた。


「大丈夫か?」


まだ体に力が入らない僕は、ゆっくりと頷くことしかできなかった。


蓮の腕の中で息を整えることだけに集中する。




暫くして、ちゃんと覚醒した僕は蓮の腕から離れ、近くの木陰に座り込んだ。


「大丈夫か?」


もう一度蓮が尋ねてきた、その顔は心配しているようではなかった。

心配ではなく確認だろう。


「うん、もう大丈夫」


そう言った瞬間、亜美が抱きついてきた。壁と亜美に挟まれ、一瞬息がつまる。


亜美は泣いていた。


「心配かけてごめん」


亜美の頭に触れる。ゆっくりと撫でて、心を落ち着かせる。


汗で濡れた僕のシャツは亜美の涙で更にビショビショになった。



「で、どうしたんだ?」


川音が近くに聞こえる木の下で、僕を真ん中にして三人並んで座っていた。


「、、分からない」


改めて聞かれると本当に分からない。


ただ、何と言うか、彼女が厭だった。


僕は出来る限りの語彙を用いて説明を試みたけれども、それが伝わることはなかった。


その日はすぐに家に帰った、蓮たち二人の家は山のすぐ麓にあった。


距離事態はさほど遠くはないのだが、車でないとそこそこ時間がかかるのだった。


たどり着く頃には既に日は沈みかけており、僕らは蓮の父親にこっぴどく怒られた、学校に行かず遅くまで遊んでいたのはいつものことだったが、どうやら館に行ったことがバレたらしい。


その話は叔母を経由して母に伝わり、僕らは翌日からちゃんと学校に通うことを約束させられた。


ただ、僕には一つだけ不安なことがあった。


叔父曰く、彼女は蓮と同じ歳らしい。


となると彼女もまた学校に来るのだろうか。


この不安は三日後に現実となった。

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