009 ヒガシ村?
「おなか空いてきたニャ」
少し運動したためか、クロが空腹を訴えました。そういえば僕もお腹が空いてきた気がします。今何時でしょうか? 時間!
【12時53分】
昼食をとるのに十分な時間になっていました。干し肉や野菜類も荷物にあるので、シチュー類なら作れるでしょうが、街道に戻ればすぐに次の村に到着するでしょう。街道沿いの村なら宿屋や食事処もあるはずです。
「このペースなら村にも30分くらいで着くだろうから、そこで昼食にしよう」
「わかったニャ」
先ほどのダイチ村への行きは登り道が多かったので、帰りは下り坂が多めになります。行きは村の人が2時間かかると言ってたのを1時間くらいで走り抜けたので、登り道にしては速い速度で通り抜けたと思いますが、下り坂の現在は比べものにならない速さで荷馬車が走っています。たぶん時速30kmくらいでしょうか?
荷馬車にもブレーキが付いているので速度を落とそうとすると、馬のペガが振り向いて『ブルブル』と鳴きながら首を振るので、馬任せのまま進みます。
コーナー通過時は車輪が横滑りしていますが、あまり横Gが大きく感じられません。元の世界では自動車などでカーブを高速で通過したという経験がほとんどないので、この横Gが妥当なのか、もしくは体力が上がって横G耐性が上がっているのか、よくわかりません。
乗り心地も問題ないと思うので、やはり馬車に慣れてきているのでしょう。
先ほどの逃走した山賊への氷弾は、7発くらい撃ってやっと1発が足に当たる程度の命中率でした。元世界の拳銃も有効射程はあまり長くなかったと思います。ライフル銃ならもっと射程距離が長かったはずなので、その違いをヒントに氷弾の射程距離延長を検討してみましょう。
最初に思いついたのは、銃身の長さです。氷弾はサイレンサー付きの拳銃をイメージして発動させていましたが、もっと根本的な変更をしましょう。火薬の爆発で発射するのではなく、レールガン的な加速にしてみました。レールガンの砲身を1mくらいでイメージし、加速時間を長くとれば、音は小さく、射程は長くすることが出来ました。さらに砲身を伸ばすのは、レベルが不足しているのか、逆効果になってしまいました。
30m先の木の幹に命中する割合は、変更によって1~2割から7割くらいに上昇しました。これでも十分だとは思いますが、元世界での狙撃銃だともっと射程距離は長かったはず。何百メートルとかだったような……
唐突に『ライフリング』という言葉を思い出しました。たしか銃身の内面にらせん状の溝を付けて、銃弾を回転させることで真っ直ぐに命中させる技術だったはずです。僕の氷弾魔法は、レールガン的な加速をイメージして発射させていますが、レールガンにライフリングは付けられないとかの制約は、魔法だと関係ないでしょう。
レールガン的な加速をイメージしつつ、弾丸を回転するイメージも追加して、氷弾!
弾は高速回転しましたが、10mくらいしか飛びませんでした。推進力と回転力の割合を間違えてしまったようです。そこらへんの力加減を練習していきましょう。
「なんかくるニャ!」
回転のコツがつかめてきて、そろそろ森の道も抜けられそうになったところで、クロの警告がありました。
クロの指さす方向には、一匹の兎が居ました。額から長い角が生えているので、普通の兎ではなく、魔物の一角兎でしょう。好戦的な魔物ですが、はっきり言って弱いはず。
まだ30mくらいの距離がありますが、すぐにクロは矢を放ちます。一角兎はあざ笑うように矢をよけました。
「くぅ~、弱いくせに生意気ニャ!」
「僕に任せて! 氷弾!」
弾丸を回転させる狙撃銃モードで発動させると、見事命中しました。
「さすがマサトニャ! 一発命中は見事だニャ! 魔石を拾ってくるニャ」
クロは馬車を降りて、一角兎の魔石を拾いに行きました。馬車はいつの間にか停まっています。やはりこの馬、ペガは賢いです。馬車を牽くスピードも常識を越えている気がしますし、さすが神おじいさんが用意してくれた馬ってことでしょうか。
少し走ると道は平坦になり、森を抜けて収穫済みの広い畑の中に出ました。街道への合流もすぐそこで、すでに村の中にいる感じです。
街道に戻ってさらに西へ進むと、すぐに集落が見えてきました。ダイチ村と同じような塀で囲まれていますが、これだけ森から離れていると魔物が襲ってくることはなさそうです。
先ほど地図魔法を使ったときは、地名等は何も表示されませんでしたが、今ならいろいろわかることがありそうです。地図!
最初にこの世界に飛ばされた道、東街道の名称も表示されるようになりました。北に分岐した道の先に先ほど小麦粉を買ったダイチ村、真っ直ぐ街道を行くとヒガシ村と表示されました。ヒガシ村というのは初耳ですが、既にヒガシ村の中にいるので表示されたのかもしれません。
もしくは、あまりにも単純な名前なので、仮の名前だったりして。まあ、すぐに判明するでしょう。
村の入り口の門は開け放たれており、門番らしき人もいますが、前を行く馬車はそのまま停められることなく通過しました。怪しくなければ、スルーされるのかもしれません。とりあえず、門番さんを鑑定してみます。
【人 デニル 男 23歳 レベル24 衛兵】
体力 52/55
魔力 38/38
スキル 体術(剣術3、槍術2、弓術2、格闘2)
魔法 生活2(時間、着火、照明)
火2(火の玉)
水1(水生成)
土1(石弾)
状態 正常
衛兵さんでした。若いのにレベルもそこそこ高い感じです。
ぺこりと会釈して、ゆっくりと門を通過しようとしたら、停められました。
「すいません! 見ない顔だけど、どちらから来ました?」
東街道を通ってきたというと、例の強い魔物のことを聞かれるかもしれませんが、まずはごまかしておきましょうか。お腹減っているし……
「ダイチ村で小麦粉を仕入れてきました」
荷台の小麦粉を指さして答えます。
「そうか、ダイチ村ねぇ。たしかに小麦粉だな…… ところで魔物や山賊には会わなかったか?」
「一角兎が居ました」
収納魔法から先ほど仕留めた一角兎を出して示します。山賊に会ったというと、色々と聞かれるかもしれませんし、お腹も減ってきたので、まずは昼食にありつきたいです。
「ほう、一角兎ね。矢で射止めたのか? 見事な腕だ。ここら辺は山賊も多く出るようだから、気をつけて商売しろよ!」
「はい、ありがとうございます」
衛兵さんは手を振って行って良しとの合図をくれたので、やっと集落に入ることが出来ました。
さて、食事処はあるでしょうか?
民家を何軒か過ぎて、緩やかな右カーブを超えると、道が広がり、その両隣には宿屋らしき建物が連なっていました。宿屋の一階が食事処になっている感じです。そして、宿屋の前には多くの荷馬車が止っていました。どこの食事処も人がいっぱいで、酒を飲みながらわいわいと話をしているようです。
「混んでいて、入れそうにないですね……」
「うん、あんまり雰囲気も良さそうではないし、もうちょっと先に行ってみようか」
「あそこも宿屋みたいだニャ」
クロが指さす先は、ぽつんと離れた建物ですが、確かにその一階はお店のようです。近づいてみると、確かに食事処でした。
「こんにちは。やっていますか?」
「あ~ら、いらっしゃい! やっていますよ。どうぞ!」
恰幅の良い獣人のおばさんが出てきました。狸っぽいです。
馬車を店の前に停め、案内された席に着きます。メニューを見ると、ここはうどん屋でした。さすが小麦粉の産地です。
「えーと、僕はたぬきうどんで」
「私も同じものを」
「クロも同じニャ」
おばさんは注文を奥の厨房に伝えると、お茶を持ってきてくれました。
いかにも話し好きなおばさんって感じだし、ここは情報収集をするべきでしょう。ただし、僕って人見知りで、あまりそういうのは得意ではないのですが……
「ヒヒーン!」
「馬が鳴いているニャ。お世話するニャ! うー、ここはマサトが行ってあげた方が、馬は喜ぶニャ。ここは任せるにゃ!」
「ペガって名前があるので、そう呼んであげてね…… それではここは任せたよ」
情報収集はクロが買って出てくれたので、任せることにしました。人になったばかりのクロに人付き合いを任せるのはどうかとも思ったけど、クロなら誰とでもすぐに打ち解けられそうです。
ペガに水や飼い葉、ブラッシングなどのお世話をして10分くらいでしょうか、シロがうどんが出来たと呼びに来てくれました。
うどんを食べるときも、おばさんはいろいろな話をするので、あまり落ち着いて食べられませんでしたが、十分な情報を収集することが出来ました。
昼食を終えたら、すぐに村を出てさらに西へ街道を進みます。馬車の上で情報を整理し、今日の予定を決めましょう。
そういえば、この村の名前は本当に『ヒガシ村』だったのでしょうか?