008 山賊退治
「色々お買い上げいただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、小麦粉を買ってもらって助かったですよ。また来てください」
村を出発することになり、村長さんが見送ってくれます。次に来るときは瞬間移動魔法が使えるでしょうから、交通の便が悪いことはまったくマイナス材料にはなりません。
「村長、小麦粉の在庫がなくなったので、明後日の訪問はキャンセルしてくれるように、商会の方に伝言に行ってくるっす」
村長が連れてきた若い男3人のうち、目つきが嫌な感じの人族の男が、厩舎の方に走っていきます。
「おい、まだ粉ひきの仕事が途中だろ! あー、もう勝手な奴だ」
何故か焦っている感じの男の背中を見ていると、嫌な予感がしたので鑑定してみます。
【人 ジロキチ 男 23歳 レベル13 農民 山賊】
体力 38/45
魔力 17/17
スキル 体術(剣術3)
魔法 生活1(時間、着火、照明)
火1(火の玉)
状態 興奮(小)
あちゃー、山賊でした。鑑定結果の表示は、白い板に黒い文字が基本ですが、山賊の文字は赤色です。
鑑定一行目最後に赤文字で表示されるのは、山賊の他に、海賊、殺人鬼、強姦魔、大詐欺師などがあり、すべて問答無用で処刑対象です。これらの罪を定めているのは神様とされており、殺人鬼も殺人が何人以上と決まってはおらず、その悪質性などが考慮されているようですが、明確な基準は不明です。神おじいさんはこの世界にも細かく関与できないでしょうから、明確な基準はあるはずです。
ちなみに、処刑対象の犯罪者を殺しまくっても、殺人鬼にはなりません。また、正規の戦争で敵側の人間を大量に殺害しても、同様に殺人鬼にならないようです。
先ほどの男が山賊だとすると、仲間を集めて先回りし、僕らを襲ってくるかもしれません。
「商人さん、ここ数年はこの村周辺にも山賊が頻出するようになったので、俺が街道まで送っていきましょう。これでも若い頃はいっぱしの冒険者だったんだ。俺が護衛に付いていて襲われた行商人はいない」
村長さんは、馬にまたがり引き返してくる男を見ながら、護衛の提案をしてくれました。村長さんもあの男が怪しいと考えているのかもしれません。村にとっては、山賊が頻発するなんて噂が立つと、行商人が来てくれなくなっちゃいますから、痛手ですよね。
「定期的に来てくれる商会さんは、襲われないのですか?」
「トドクア商会はいつも強そうな護衛を付けて来てくれるので、大丈夫みたいだ。しかし、護衛料がかさむぶん、小麦粉の値段は渋くなっちまうが……」
なるほど、鑑定の値段の端数を切った価格でも、喜んで小麦粉を売ってくれた理由は、そんなところにありましたか。それにしても、トドクア商会が山賊を裏から動かしているって事はないのでしょうか?
護衛に関しては、村長さんよりもはるかに強いシロとクロが居るので、必要ありません。逆におびき寄せて退治しちゃっても良いかもしれません。
この世界の常識では、山賊は神様が認定する極悪人で、情状酌量の余地は一切なく、殺せるのならさっくりと殺してしまいます。さらに僕だけにインプットしてくれた裏情報では、この世界の目的は魂の養殖であり、生まれたばかりの人工の魂では、極悪犯罪人生をたった1回送るだけで、魂がすり減ってなくなってしまうようです。魂が消滅する前に人生をやり直させて、来生ではまっとうな道を歩んで魂を成長させた方が、魂によって良いとの判断になっているようです。
山賊ジロキチさんが僕らを待ち伏せして襲ってくるのなら、その魂の救済する役目を担ってあげましょう。
村長さんにも、はっきりと宣言しておきましょう。
「彼女たちもかなり強いので、護衛は必要ありません。それと、先ほどの彼は、…………鑑定!」
鑑定(1)を公開モードで唱えて、結果を村長さんに示します。
【人 ジロキチ 男 23歳 レベル13 農民 山賊】
「な、なんと!」
「この村に来る行商人さん達を襲っていた山賊は、彼が手引きしていた可能性もありますね」
「うーむ……」
悩める村長さんを置いて、村を出発しました。
山賊ジロキチは馬を飛ばして村を出て行ったので、馬車で追いつくのは不可能でしょう。それよりもあえてゆっくり行って、襲撃の準備をする猶予を与えないとだめですね。
襲撃されそうな場所を警戒しながら、ゆっくり馬車を進めます。魔力の無駄遣いも出来ませんので、来るときのような魔法の練習もしません。
色々考えながら馬車を走らせていると、先ほどまでのノリノリで山賊を退治するって考えに、疑問が生じてきました。
この世界の常識では、山賊は皆殺しが当たり前ですが、僕は法治国家でこれまで生きてきたので、かなりむちゃくちゃな事に思えてきました。不作とか、魔物の影響とかで生活が立ちゆかなくなり、仕方なく山賊に身をやつしてしまった人たちには、情状酌量の余地がないのだろうかと。
「あの先の道、確かクランク状だったニャ。襲撃するには絶好のポイントだニャ」
考えがぐちゃぐちゃになっていたところで、クロから声が掛かりました。クロは探査魔法を持っているので、無視できない忠告です。
クランクの中央部を過ぎると、案の定、男達が道を塞ぎます。前に7人、後ろに4人の合計11人です。馬車は急に方向転換できませんので、前に多めの人を配置するのが基本のようです。
「おっと! ここは通れないぜ。命が惜しければ、すべての荷物と女は置いてゆけ! 特に犬獣人は俺が大切にかわいがってやるから! うひひひひ……」
山賊ジロキチが、相変わらず嫌な目つきでシロを見ながら、降伏勧告でしょうか。山賊に降伏して荷物をすべて差し出せば助けてもらえるということは絶対にありません。騎士団や冒険者ギルドへの討伐依頼は避けなければならず、目撃者は皆殺しが基本です。いや、例外として若い女性ってのがありますね。殺しはしないけど、アジトに連れ帰ってひどいことをするという……
「お、俺は、黒い猫ちゃんが欲しいな…… えへへへへ」
ジロキチの右隣に居る太った山賊が、にやついた目でクロを見ながらつぶやきました。クロの体がぶるっと震えたのがわかりました。あまりにも気持ち悪かったからでしょう。山賊の人権とか情状酌量の余地とか考えていたのがバカらしくなってきました……
「あたくしは、可愛いボクちゃんが欲しいわね。良い声で鳴きそうだわ!」
今度は左隣の細い男、しゃべりは女っぽいけど、声は野太いので男でしょう。僕も思わずぶるっと震えちゃいました。
さらに、僕を見つめながら唇をなめ、ウインクしてきました。鳥肌ものというか、気が動転して、
氷弾!氷弾!氷弾!氷弾!氷弾!!氷弾!!!氷弾!!!!!!
思わず前にいた山賊7人全員の眉間めがけて、拳銃仕様の氷弾を連続発射しちゃいました。僕の左右にいたシロとクロは、3人目の発言を聞いてすぐに御者台を飛び出して前に向かって行ってましたが、前にいたすべての山賊は僕の氷弾を受けて倒れ、鑑定プレートを残して消えたのを見て、後ろの山賊を倒しに行きました。
魔物は死ぬと魔石を残して消えます。一般の動物は、元の世界と同じように死体を残します。そしてこの世界の人間は、死亡すると鑑定プレートを残して消えます。人間は動物よりも魔物に近い生物なのではという意見が、この世界の学者達にもありました。そんなバカなという反対意見もたくさん出ましたが、人間には魔力があるのが動物との大きな違いで、体内に魔力を蓄えている魔石を含む魔物は、人間との類似性があるためだとの結論になっているようです。
後ろにいた山賊達も、すぐにシロとクロに倒されました。残された11人ぶんの鑑定プレートも、僕の元に集められました。ついでに着ていた服や武器も回収します。
生きているときの鑑定プレートは、白い板に黒い文字ですが、死亡すると黒い板に白い文字と反転します。ただし、『山賊』の文字だけは赤い文字のままです。
全員の赤い文字を確認しました。レベルも最高が15で、最低が9、年齢も19歳から43歳と幅広いです。あまりレベル高い人がいないのは、レベルが高ければ山賊などやらなくても、実力で冒険者として生きていけるからでしょう。
山賊が着ていた服はみんなボロボロで、服としての価値はほとんどありません。継ぎはぎ用の布や、掃除や道具のお手入れ用の布として使うことは出来るので、清掃魔法を掛けてから、収納魔法にしまいました。
武器は、ボロい剣や槍のほか、農業用具もありました。でっかいフォークみたいなやつって、なんて名前でしたっけ? これも清掃して収納です。
返り血を浴びているシロとクロも、清掃してから御者台に引き上げます。
「初めての対人戦闘でしたが、拍子抜けするほど弱かったですね」
「そうだニャ。子鬼とそんなに変わらないニャ」
「さすがに子鬼よりは成人男性の方が強いはずだよ」
「それにしても、一瞬で7人の山賊を仕留めたマサト様はさすがです!」
「いや、まあ、頭に血が上っちゃって、無我夢中だったよ……」
あの3人のゲスな発言のおかげで、躊躇することなく山賊退治をすることができて、今もあまり罪悪感を持っていないのは、不幸中の幸いってやつかもしれません。
裏でどっかの商会、トドクア商会でしたっけ? が糸を引いているのだとしたら、監視しているやつがいるかもしれないと思いつきました。
「クロ、こちらを監視しているやつはいないか?」
クロは辺りを見回し、そして左側の森に視線を集中させます。その方向で、木が揺れました。クロに隠れていることがばれたと思い、逃走を開始したようです。20m以上離れている感じですが、鑑定できるかな? 鑑定!
【人 ゲルリ 男 28歳 レベル25 商人 山賊】
商人で山賊? かなり怪しいですね。
クロが弓を放ちますが、外れたのを見て、追いかけ始めます。この距離で氷弾は当たるでしょうか? もう30mくらい離れているので、数打ちゃ当たる作戦です。
氷弾!氷弾!氷弾!氷弾!氷弾!氷弾!氷弾!
一発が足に当たったようです。走れなくなった山賊は、逃走をやめてクロを迎え撃つ構えをとりますが、レベル22の山賊とレベル62のクロでは勝負になりません。クロは山賊の手足を一方的にじわじわ痛めつけています。
「おまえ程度では、私の相手にならないニャ! 潔く降参して、捕まるニャ!」
生け捕りにして黒幕を吐かせる作戦のようですが、山賊は勝ち目がないと確信したのか、剣を自分の胸に突き立てて自害し、消え去ってしまいました。
「残った鑑定プレートと服や武器だにゃ」
クロが山賊の持物などを持ってきてくれました。服は冒険者っぽい上着だけど、シャツは商人っぽいです。シャツの胸の所には、小麦の穂と山を意匠にした感じのマークが入ってます。重要な証拠をつかんだ気がします!