006 休憩その2
初めての異世界人との遭遇です。悪い人ではなさそうなので、とりあえず無難に切り抜けましょう。いや、現在地の情報を引き出すべきですね。
「そういえばそんな名前の町だったかもしれません。僕らはもっと東の方からやってきたので、このあたりの地理には詳しくありませんので……」
「やっぱり東から来たのか…… まあ、遠くから来たって事は、あの件は知らないのか……」
なんか考え込んでしまいました。あの件って何でしょうか?
「東から来るときに、特に問題なく来れたのかい?」
「ええ、問題ありませんでした」
問題ないって答えちゃったけど、僕らは東から1時間ちょっとくらいしか移動していませんし、ハクエイ町までの半日の行程で問題があるのかもしれません。
「何か問題があるのでしょうか?」
「実は、道中に強力な魔物が出てきて、かなりの確率で襲われているらしい。らしいというのは、襲われて生き延びた通行人がいないので、あくまで推測だ。運良く通過できた人にとっては、まったく問題がなかったのだが、無事通過できたのはおそらく2割程度とのこと。騎士団も何度か討伐に向かっているのだが、ずる賢い魔物なのか、そのときには出て来ないそうだ」
「小物には遭遇しましたが、それほど大物には遭遇していませんよ」
「うむ、ここ数ヶ月は魔物を恐れて商人もほとんど通過していないが、今ならチャンスかもしれんな……」
「数ヶ月も経っているのですか?」
「ああ、ここら辺の東西を結ぶ重要な道なのだが、おかげで経済への影響も大きくなっている。私の実家の焼き物工房も、在庫が溜まってきたので、なんとか東に抜けて売りさばきたいのだが……」
行商人は真剣に考え込んでいましたが、どうやら東に向かうことを決めた感じで、馬車の方に戻っていきました。僕らが通れたので、今なら魔物がいないと考えたのでしょうか?
僕らはこの道の先にあるというハクエイ町から来たわけではないので、安全を担保できる材料にはならないのですが、それを言うわけにはいきません。行商人としてリスクをとって商売するのは当然です。僕に止める権利などありません。もう馬車は東に向けて走り去ってしまいました。
「もしかして、強い魔物ってマサトが倒した狂い熊ではないかニャ?」
「確かにレベルはそこそこ高かったけど、騎士団が何度も向かうほどではないと思う……」
「それはマサト様がお強いのであって、普通の商人にとってはかなりの脅威であるはずです。あれだけの高レベルの魔物が、馬車が通れるほどの道まで出てくるのは、非常に稀なはずです」
うーん、僕の氷弾ってしょせん水魔法レベル3の一般レベルだし、チートって訳ではないよね?
そういえばシロが僕の名前を呼ぶのが、また『マサト様』になっている!
「シロ、僕らは対等なパートナーなんだから、呼び捨てにしてっていったよね」
「は、はい、済みません、マサトさm、……マサトさん」
ちょっときつめに言ってしまったためか、シロは耳を伏せてシュンとしてしまった。フォローとして、思わず頭を撫でてしまった。
「そんなに謝ることではないよ。徐々に慣れてくれれば良いのだから」
頭を撫でていると、絶望の表情だったシロの顔が、笑みを浮かべ始めました。よく考えると、今撫でているのはペットの犬では無く、同年代の美少女です。何か悪いことをしている気がしますが、やめようと手を引っ込めたら、また泣きそうな顔になったので、再度撫で始めます。
「シロばかりずるいニャ! クロも撫でるニャ!」
隣に座っていたはずのクロは、なんと僕の膝の上に乗って抱き付いてきました。しっかりと抱き付いてきており、片手で引き剥がすのも厳しい感じです。シロと差別するわけにはいかないし、クロの頭も撫でます。
「クロはおなかを撫でられるのが好きニャ! おなか撫でるニャ!」
なんとクロは上着をめくって、おなかを出してきました。可愛いおへそが見えてます。確かに前世?の正真正銘の猫だったときには、おなかをワシャワシャ撫でていましたが、美少女になったクロのおなかに触るのは、ハードル高すぎです。
「そんな格好、野外ではしたないよ!」
「どうせ誰もいないニャ。誰も観てなければ問題ないニャ!」
「いや、誰か来るかもしれないんだし、やめなさい!」
少し強く言ったら、やめてくれました。落ち込んでしまったようなので、頭を撫でるのを再開します。
「……じゃあ、屋内だったらいいかニャ? 宿に泊まったらおなか撫でるニャ。誰も観てないから大丈夫ニャ」
そういう問題では無いのだが、落ち込んでいるクロに向かって否定の言葉を投げかけられません。というか、美少女のおなかを撫でるというのは、僕も興味があったり… いやいや、ペット時代は散々やったのに、異世界転移したらダメというのも、かわいそうというか……
「それでは宿に泊まったときは、私の背中も撫でてくださいませ!」
今度はシロがぐいっと迫ってきて、背中撫でを要求してきました。顔が近いです!
「背中くらいなら、今この場所でもいいけど……」
シロの顔が近いので、思わずそのまま背中を撫でますが、背中は硬いです。そういえば革の鎧を着ているのでした。シロも不満顔になってしまいましたので、慌てて手を頭の上に戻します。あっ、耳も柔らかくて気持ちいいな。
「ふわゎ、ご主人様……」
シロの顔もすぐにトロンとしてきました。何かヤバい感じの表情です。これもモフり魔法の威力なんでしょうか? 中毒性とか合ったら本当にヤバいです。
クロの顔は、少し吊り目で、活発系というか、妹系というか、やんちゃな美少女ですが、シロは正統派、清純派と言える美少女です。それが今はとろけきって弛緩しきっているようです。
「ヒヒーン! ブルルル……」
馬が突然いななきました。こちらを向いています。『いつまで休んでいるんだ! もういい加減出発しようぜ!!』とでも言っているようです。
「馬のペガも鳴いていることだし、そろそろ出発しようか?」
「まだニャ。あと120分ご休憩するニャ!」
120分ってどこから出てきたのでしょうか?
「そんなことやっていたら、今日はここで野宿になっちゃうよ……」
「野宿はダメです! 今夜は宿に泊まらなければなりません!!」
シロがすくっと立ち上がって、右手を握りしめて高く掲げます。何かスイッチが入ったのかな?
「そ、そうだニャ! 今夜は宿だニャ! 早く出発してチェックインするニャ!」
クロも続けて立ち上がり、右手のこぶしをシロのこぶしにぶつけます。なんで突然元気になったの君たちは? まあ、先ほどの約束?を履行せよとのことなのでしょうけど……
出発する気になったのは良いことなので、後片付けして出発です。後片付けといっても、茶器類に清掃魔法を掛けて収納魔法でしまうだけです。ここらへんは元世界よりも便利です。
再び西に向けて馬車を走らせます。さっきよりもスピードが上がっています。馬を休憩させた効果にしては、効き過ぎている気がします。馬車にはサスペンションなんて物が付いていないので、結構ガタガタ揺れますが、僕の体力も上がっているためなのか気になりません。
これまではひたすら森の中を通ってきましたが、やっと森を抜けて開けたところに出ました。道の両側は一面の畑です。刈り取りが終わった小麦畑でしょうか?
きっとすぐに村や町に到達するでしょう。と思ったら、その前に分岐路です。やや細い道が枝分かれしています。太い道を行くと、すぐに村に到着しそうだけど、チェックインにはまだ早いかな? 時刻!
【11時03分】
チェックインには早すぎですね。周辺の小さな村に寄っていきましょう。駆け出しの行商人は、ニッチな顧客相手から始めるべしという常識がインプットされています。
「よし、右の道を行こうか」
さりげなく細い道を行くことを二人に宣言し、馬のペガにも指示を出そうとしたところ、ペガは指示する前に右へと進路を変えます。ペガって本当に言葉を理解しています?
先ほどまでは、僕らが乗っている小さい馬車ならすれ違えるくらいの道幅でしたが、今通っている道はすれ違うのは厳しい幅です。
しばらく畑の間を通っていましたが、再び森の中に入り、少し登りながら進んでいきます。上り坂なのに、馬車のスピードはあまり落ちていません。馬車のスピードの常識が不明ですが、もしかして最初の頃が遅かったのでしょうか?
自動運転状態の御者は暇なので、再び氷弾の改良に取り組みます。クロも同じ事をしたいと言うので、改良方法とか無詠唱のイメージを教えてみましたが、インプットされた氷弾のイメージを塗り替えることは出来ませんでした。
ぼくはと言えば、氷弾の発射をさらに静かに、短い間隔で発動できるようになりました。僕は運動神経が悪くて、ゲームもアクション系は苦手でしたが、マウスさばきにはそれなりの自信があります。PCに標準で入っていた地雷除去ゲームはかなりやりこんでいて、わりと良いクリアタイムを誇っていました。氷弾の発動は、マウスで照準を合わせるような感覚でぱぱっとできます。実際には手も動かさないので、練習しているともっと速くできるようになりました。
道中で鹿を見つけました。僕はかわいいなと思ったのですが、クロはおいしそうだと言い、弓をつがえて狩ろうとしました。かわいそうだと止めようと思ったのですが、ここはもう異世界です。弱肉強食の世界だし、狩猟免許みたいなものもありません。僕も氷弾で狩りに参加しようと思ったら、既にクロが仕留めていました。
本当なら血抜きとかしなきゃならないのだろうけど、時間もないので収納+に入れておきました。通常の収納魔法は劣化抑制効果がありますが、上位魔法の収納+は時間停止効果があるようです。
ちなみに血抜きのやり方もこの世界の常識としてインプットされていました。積極的にやりたいとは思いませんが、やろうと思えば出来る感じです。
1時間ほど進むと、やっと上り勾配が終わり、開けた盆地に出ました。段々畑と、中央部に集落が見えます。家は20軒くらいでしょう。畑には点々と農作業をしている人も見えます。
ここが僕の商人デビューの地です! ちょっと緊張しますが、頑張っていきましょう!!