116 2人だけの夜
夕食会が終了し、再び客室に戻ってきました。この世界に来てからシロと2人だけで一夜を過ごすのは初めてなので、かなり緊張してきました。
「お風呂を入れてきます」
シロはそう言って浴室に向かいました。僕等は清掃魔法で服や体は綺麗にしていますが、お風呂に入ってリラックスするのは格別な効果があります。それにお風呂にゆっくり入って、この気まずい雰囲気を逃れるのも良い案です……
シロがすぐに戻ってきます。まあ、お湯の蛇口をひねりに行っただけなので、時間はほとんどかかりません。
「お湯の出が良かったので、3分もすれば入れると思います」
お湯がたくさん出る魔導具を使っているということは、良い魔導具なのでしょう。さすがはフルーツ王の豪邸です。
「あの…… 私がマサト様のお背中をお流ししましょうか?」
「えっ? いやいや、そんなことはしなくてもいいよ!」
「で、でも、私に遠慮なさらなくても……」
「前にも言ったと思うけど、そーゆー事はまだ早いというか……」
「あの、マサト様は私に魅力を感じておられないのではと心配しております……」
「そんなことは無いよ! シロはとっても魅力的な女の子だよ! でも、まだ人になって半月程度だし、もっと世間というか世の男達を見て、じっくりと吟味した方が良いと思うよ!」
「私がマサト様以外の男に心惹かれるなんて可能性は、微塵もありません!」
シロが真面目な顔で言い切りました。まあ僕もそう思います。シロの信頼というか、忠誠心というか、愛情というか、その手のものは非常に重いほどに感じられていおり、疑いようもありません。
「ま、まあ、1ヶ月という約束もしたんだから、それまではお互い行商人のパートナーとして過ごそうよ」
「わかりました。11月15日まででしたね……」
シロが決意を込めたまなざしで僕を見つめています。以前に僕がシロとクロに約束した1ヶ月後の日付をちゃんと覚えていたようです。僕もその日までに2人の決意が変わらなければ、2人とも受け入れる覚悟はあります。まあ、覚悟というか、僕にとっては高嶺の花の2人なので、正直大歓迎という気持ちもありますが(笑)
そういえば、今日の日付は…… 時間(2)!
【5685年10月30日 日曜日 19時13分】
こちらの世界に来たのが10月15日でしたので、やっと半月経ったようです。クロがいたらなぜか1年以上いたとか言われそうですね(笑)
「それじゃあ、お風呂に行ってくるね」
シロのまなざしから逃げるように、ベッドから立ち上がって浴室に向かいます。浴室もバスタブも含めておしゃれな感じです。浴槽にも柑橘系の果物が浮かべられていて、リラックスして入浴することが出来ました。
脱衣所で清掃魔法を自分と浴室にかけて、下着を着てから寝室に戻ります。
シロは先ほどの姿勢のままベッドに座っていました。何やら考え込んでいる感じです。
「お風呂を上がったので、次はシロも入っておいでよ」
「はい、マサト様」
シロは素直に浴室に向かいました。それにしても何を考え込んでいたのでしょうか? 先ほどの11月15日のことを考えていたのかもしれません。それまでは行商人のパートナーとして過ごそうと言いましたが、よく考えたら毎日のようにシロやクロと同衾して、グリグリされちゃっている現状では、たんなる行商人のパートナーでは既に無いかもしれません……
「マサト様、戻りました」
シロもお風呂から上がったようです。Tシャツとトランクスのような下着姿で、白い肌が赤く上気した姿は、とても色っぽくていろいろとヤバいです……
「清掃魔法をお願いできますか?」
「あ、ああ、うん。清掃!」
清掃魔法によって濡れた髪の毛などが一瞬で乾きます。肌に貼りついていた下着も乾いて離れ、ヤバいくらいに醸し出されていた色気は下がりましたが、それでも僕にとっては十分すぎるほど魅力的な姿のシロではあります。
シロはベッドに座る僕のとなりに来ました。少し密着して座ります。柔らかい肌の感触と良い香りが感じられ、僕の興奮が収まりません……
「そうだ! 先ほど食べたオレンジも、さらにこんなことができるんだよ!」
部屋にはオレンジが4つも用意されていました。逃げるようにベッドから立ち上がって、そのひとつを手に取って収納+魔法に入れ、種の他に皮までも分離して実だけを皿に戻しました。
「まあ、これはすごく食べやすそうですね! さすがはマサト様です!」
実だけがお皿に載っている姿は、まるでミカンの缶詰のようにも感じられますが、これはオレンジなのでサイズが大きいです。ミカンの缶詰の皮は、たしか薬品で溶かしていると聞いた覚えがありますが、あれは薄皮だけでしょうか?
実だけになったオレンジはすごく食べやすいので、あっという間に4つとも2人で食べてしまいました。
「この技術もグース商会に独占提供するのでしょうか?」
「これはまだ隠しておくよ。契約は種だけを除去する技術を提供することにしよう」
「種だけ除去する技術だけでもとても価値のあることだと思いますが、なぜグース商会と独占契約を結ぶのでしょうか?」
先ほどトースさんから提案されてシロが怒った件ですね。これについてはグース商会を前面に出して、僕が目立たないように儲けるためだと説明したら納得してくれました。僕等はいろいろ秘密を抱えているので、あまり目立つようなことはしたくありません。
オレンジの話も一段落すると、再び2人で無言の時間になってしまいます。クロがいたらいろいろと話題が出てくるでしょうけど、僕やシロはあまり饒舌なタイプではありません。
「あ、あの…… 本当にマサト様は無理をされてはいないでしょうか?」
シロが思い詰めた顔で問いかけてきました。
「無理って何?」
「その…… 殿方の欲望ってものも常識としてインプットされておりますし、元世界ではしょっちゅうたくさんの女性の匂いを付けて帰宅されていましたので……」
「前にも言ったけど、たくさんの女性の匂いってのも、ただ単に僕の顔が女みたいだからって女装させて僕を弄んでいただけだよ。特に色っぽい話とかは全くないよ!」
「そうなのですか? マサト様はとてもおモテになっていたので、多くの女と関係していたのだと思っておりましたが?」
「そんな事実は一切無いよ! 僕はエッチどころかキスだってしたことないよ!」
シロはびっくりした顔をしています。そして僕もちょっとカミングアウトしすぎたことを後悔しています……
「でも私は元世界ではマサト様の唇を舐めたりしていましたが……」
「そ、それは飼い主とペットの間でのことだから、ノーカウントだよ!」
「……なるほど。マサト様はとても貞淑な方でしたのですね……」
うーむ、答えづらい質問ですね。僕も元世界では可愛い彼女が欲しいなぁと思わないこともなかったのですが……
「キスの練習でしたら私がいくらでもお相手致します。それどころか、もっと先の練習でも……」
シロにしては積極的な感じですね。
「もしかして、クロに何か吹き込まれてきた?」
「……まあ、そうです。マサト様も男なので、この2人だけの夜を迎える機会に、グイグイと迫ってみるべきだと……」
やっぱりそうですか…… まずはシロから関係を進めれば、クロの順番も回ってくると考えたのでしょう。そしてシロもクロの意見に惑わされ、思い切って僕にアプローチを仕掛けているのでしょう。そんなシロのけなげな思いはいじましいです……
「あっ!」
思わずシロの肩に手を回して抱き寄せてしまいました。シロの口からかすかな声が漏れました。そして二人して見つめ合ってしまいます。恥ずかしいのですが、なぜか目を離すことが出来ません。
すると、なんとシロは目を閉じて口を少し突き出してきました。これはキスをしろとの合図でしょうか?
シロのつややかな唇に目を奪われてしまいます。気がつくと僕の顔がシロの顔に近づいています。このまま僕等はキスをしてしまうのでしょうか? 今さらシロを突き放したら、シロの心を傷つけてしまうかもしれません……
柔らかい感触が僕の唇に発生しました。
あれ? 本当にキスをしてしまったようです。ゆっくり顔を離します。シロは目を開けていました。そして、目からはなぜか涙がこぼれています。
「そ、その、ごめん……」
「なぜ謝るのでしょうか? マサト様は何も悪いことはしていません!」
「でも、シロが泣いているし……」
「これは悲しい涙ではなく、うれし涙です!」
そう言ってシロは僕の胸に飛び込んできました。僕はシロの背中をゆっくりなでることしか出来ません……
それにしてもヤバいです! ついさっきまで行商人のパートナーとか言っておきながら、キスしちゃいました。僕もシロもファーストキスでしょう! クロ達がいればこれ以上は自重したかもしれませんが、今夜は2人だけです。先ほどはシロがその先の練習相手もなんて言ってましたが、このまま流されると本当にまずいです! 僕の自制心が試されている感じです!!
「zzzzzz……」
どうやら僕がシロの背中をなでることで、シロに特別魔法が掛かって眠りに落ちたようです。
安心したような、残念なような、複雑な心境です……




