101 小麦粉の買い付け
宿での質素な朝食を食べた後は、ルーモイ市の中心部での買い物をしました。まずは薬屋さんに行って体力回復薬や魔力回復薬、治療薬などをたくさん買い込みました。シロ達の体力や魔力は僕が特別魔法を使って回復させることができますが、自分を回復させることが出来ませんし、僕が特別魔法を使えない状況も考えられるので、各自ある程度のストックを持ってもらいます。治療薬も僕が治療魔法を使えない状況が発生する可能性を考えて、同様に購入しておきました。特に効果が高い薬は100万エン以上するものもあるようですが、この店ではそこまで高い薬は置いてません。合計で数百万エンくらいの薬は安全第一で保険として用意しておきましょう。
次に魔導具屋さんに行って調理器具を調達しました。これまで道中でお茶を飲むためにお湯を沸かすときは、石でかまどを作って薪を燃やしていましたが、今後は魔石を燃料にして動作する魔道具で暖めることができます。さらに、業務用に大型の鉄板魔導具も購入しましたが、これは調理以外の目的で使います。
9時前になったので熊獣人夫妻のレストランを訪ねると、すでにクミさんは店の前に立って僕等を待っていました。1立方メートル容量の魔法袋を渡しておいたので、手荷物はありませんが、いかにも旅に出る格好をしています。
「あ、あのぅ、よろしくぅ、お願いしますぅ」
クミさんは少し興奮している感じですが、相変わらずおっとりした話し方です。
「マサト様、クミのこと、よろしくお願いしますね」
「大丈夫ニャ! マサトに任せれば、すぐに超一流の料理人になれるニャ!」
奥さんはまだ心配そうですが、クロが自信満々に安請け負いします。まあ、特別魔法ですぐに料理レベル3に成長しますので、超一流レベルの料理人になってしまうというのは嘘ではありません……
クミさんは興奮しているのと同時に、少し足取りがおぼつかない感じだったので、体調が悪いのか聞いてみたところ、昨夜は興奮してなかなか眠れなかったようです。
レストランを出発する際には、クミさんを馬車の荷台に毛布を引いて寝かせました。さらにルーモイ市を出たら僕がクミさんのそばで頭をなでて、特別魔法でバフをかけて眠らせました。
揺れる馬車の中では安眠が難しいかというと、僕等の馬車は比喩ではなく滑るように走るので、快適な睡眠が可能です。さらに脇道にそれたらペガの能力で馬車全体に隠形をかけ、飛行して目的の村々を巡ります。
主要街道から大きく外れた辺鄙な村には、行商人があまりやってきません。さらに少し前まではトドクア商会の息が掛かった山賊達が跋扈していて、他の行商人達が訪れなくなっていると聞きました。きっと僕にとっては都合の良い商いが出来そうです。僕に都合が良いからといって、相手の足下を見るような商売はしません。売買は鑑定魔法で表示される価格を基準にしていきましょう。
猛スピードで空を駆けるため、最初の目的地には30分程度で到着しました。ルーモイ市からは直線距離で50キロメートルくらいは離れているところです。道なりに移動すればもっと距離が伸びますので、この村に訪れるためには1日がかりでしょう。
村の手前の道で着陸して隠形を解き、少し走ると森を抜けて小麦畑が広がる盆地に到着しました。集落の入り口には子供が集まって遊んでいましたが、僕等の馬車を発見すると何人かが急いで集落に向かって走り出します。
「もしかして行商人さんですか?」
一番年長と思われる子供が僕等を誰何します。
「そうニャ!」
クロが真っ先に返答すると、子供達が沸き立ちます。すぐに子供達を先頭に村長さんのところに案内され、小麦の買い付けに成功しました。価格は鑑定結果を丸めて提示したところ、一発でOKされて交渉成立しました。今までよりも安い価格で購入できましたが、輸送費を考慮すると妥当なのでしょう。そして、これまで買い付けを独占していたトドクア商会に売る価格と比べれば、かなり高く売れたと思います。
小麦粉買い付けに成功後は、日用品を販売します。この村内では貨幣経済が成立していないようで、購入品は村民の意見を聞きながら、すべて村長さんが決めていました。基本的に自給自足の村のようですが、お酒を造るのは難しいらしく一番の人気商品でした。ワインを村長さんに試飲してもらったところ、こんなにおいしいワインを飲んだのは久しぶりだし、こんなに安く売ってもらえるのは本当かと驚かれました。
2番人気は古着でした。ガラキさんから教えてもらい、大量に仕入れて清掃魔法で綺麗にして売り出したところ、仕入れ値の何倍もの価格で売ることが出来ました。清掃魔法ではほつれなどは修復できませんが、くすんでいた生地の色はある程度あざやかさを取り戻すことができます。新品の生地も見せましたが、高くて手が出ないということで売れませんでした。もちろん高価なダンジョン産の生地ではなく目の粗い普通の生地ですが、新品の服は贅沢品のようです。大量に買い込んだお酒を半分に減らせば、新品の生地も買えそうなものですが、どうやらそんな考えにはならないようです……
たくさんの村人が集まって収拾がつかなくなりそうでしたので、買い物の時間は20分に制限させてもらいました。今日一日でたくさんの村を回りたいという理由ですが、村長さんは今日中に街道に戻りたいと思ってくれたようで、急いで買い物をとりまとめてくれました。歓待するから泊まってくれとも言われましたが、丁重にお断りしました。
そんな感じで1時間当たりひとつの村を巡っていましたが、昼過ぎに到着した4つめの村は雰囲気が違うようです。
集落の入り口には老人がぽつんと座っていました。かなりやつれていて元気がありません。その老人に案内されて村長が呼び出されると、柄の悪そうな若者がぞろぞろ出てきました。一番偉そうにしている人を鑑定したところ、山賊ではなく村長と表示されたので、一応本物の村長さんではあるようです。
【豹獣人 ワギ 男 32歳 レベル28 村長】
馬車を降りるとシロとクロが僕を守るように左右に立ちます。ちなみにペガは御者台の上に残っており、クミさんは馬車の荷台でまだ爆睡中です(笑)
「初めて見る行商人だな。今日は何の用だ?」
「小麦の買い付けと、日用品などの販売に来ました」
「トドクア商会のものではないな?」
村長さんは馬車にじろりと目を向けます。たぶんトドクア商会の商号がないか確認したのでしょう。その後はシロやクロにいやらしい目を向けてニヤリと笑いました。
「トドクア商会は潰れたニャ」
「なにぃ? 適当なこと言ってんじゃねぇぞ、小娘が!」
村長さんはクロの胸ぐらを掴もうと手を伸ばしますが、クロはするりとかわしました。この人はクロの胸元に光る金色の冒険者証が見えてないのでしょうか? 胸ぐらを掴んだりしたら一発で正当防衛が成立し、金色の冒険者証を持つ一流冒険者の気が短ければすぐに討伐されてしまいかねません。
「ガキのくせに身のこなしが…… っておい! 金色かよ!」
今さらクロの冒険者証に気付いたようです。
クロはチラリと僕に視線を送ります。たぶんその意味は『やっちゃって良いかニャ?』ってことでしょう。この場合の『やる』っていうのは、漢字で書くと『殺る』ですね。クロはきつねのしっぽ亭にいた引退女性冒険者の薫陶を受け、女性に無礼を働く男は遠慮せずにやっちゃってよいとの意識になっているようです……
この村では暴君として君臨していそうな男だし、『正当防衛』の表示がステータスにあれば、村民のためにも排除した方が良いのかもしれませんが、まだこの程度では正当防衛の表示はありません。クロには首を振って自重を促します。
金色の冒険者証に恐れをなしたのか、その後はおとなしく小麦粉を収納している倉庫に案内してくれたのですが、その小麦粉の品質があまり良くなく、鑑定結果はさんざんでした。まあ、僕の清掃魔法でゴミを取り除けば品質は上がるのですが、この村長さん相手にそんな忖度は出来ません。
「全部で5万6千エンで購入します」
「そんな値段では売れねぇなぁ!」
村長さんの顔はうれしそうなので、たぶん今までトドクア商会が買い付けていた価格よりは高いと思いますが、僕の提示した価格は拒否されました。
「わかりました。それでは売買交渉決裂と言うことで、これにて失礼します」
今日はなるべくたくさんの村を回りたいので、面倒な価格交渉はしたくありません。さっさとこの村を去りましょう。
まあ、村長さんを怒らせて先に手を出させれば、『正当防衛』できるって計算もありました。僕等を遠巻きに見ている村民達は、みんな疲れ切った表情と痩せこけた体をしており、さらに若者はほとんどおらず老人だらけです。子供の姿なんてまったくありません。たぶんこの村から逃げられる者達はみんな逃げてしまった後なのでしょう。
「ちょっと待て! 価格交渉ってものがあるだろう! 8万エンでどうだ!!」
「僕は適正価格での売買を心がけておりますので、価格交渉には応じません」
「適正価格ってのはてめぇが決めるのもなのかぁ? 市場で売ればもっと高く売れるだろ!」
「そう思うなら自分で市場まで売りに行けば良いニャ!」
クロが挑発するように反論すると、村長さんの取り巻きの男達も色めき立ちます。
「ガキの使いじゃねぇんだろ? ここまで来るまでの時間を考えたら、もう少し高く買ってくれてもいいだろ? このままだと儲けはゼロだぜ?」
「なら、五万円でどうでしょうか?」
「そうそう、価格交渉ってのは商いの醍醐味だぜ。……って、値段が下がっているじゃねぇか! お互い妥協したところで値段を決めるべきだろ!」
「5万6千エンがめいいっぱい妥協した額だニャ! 交渉で無駄な時間が取られるぶん、どんどん値下げするニャ!」
僕も値下げであおってしまいましたが、クロの挑発もすごいです。村長さんの顔が真っ赤になってきました。
「てめぇら、金色の冒険者だからってなめてんじゃねぇぞ! こちらには8人ものイキのいい若者がいるんだ。どうなっても知らねぇぜ」
あら、とうとう脅迫行為に発展しちゃいました。ステータスにはばっちり『正当防衛』の黄色い文字が浮かびました。
「どうなるニャ? 素人がたった8人で、ふたりの金色冒険者相手にどうにかなると思っているのかニャ?」
男達の視線はシロの胸元に集まります。今まではシロの顔にばかり目が行って、胸元の冒険者証には気付いてなかったようです。まあ、シロもものすごい美少女だからねぇ……
「お前は男のくせに女に守られて、俺たちをさんざん侮辱していたな! 卑怯者のお前に決闘を申し込む! 俺が勝ったら小麦粉は20万エンで買え!」
金色の冒険者証に恐れを成したのか、とうとう僕にターゲットを絞ってきたようです。僕は商人なので、決闘を申し込まれても他の冒険者などを代理人としても恥とはなりませんが、そのことには気付いていないのでしょうか?
「ニャハハハハ! マサトになら勝てると思うなんて滑稽だニャ! お前達なんてマサトに掛かれば瞬殺だニャwww」
クロは本気で笑っているようです。それが村長さん達の怒りをさらに増幅させてしまいました。
「お前達と言ったな? じゃあ俺たち8人とお前が決闘だ!!」
あれ? 僕と村長さん達8人が決闘することになってしまいました? いやまだ僕が決闘を了承していないので決闘は成立していませんが、村長さん達はみんな剣を抜いてしまいました。
まあ、レベル30にも満たない素人8人なんて、刀術が超一流のレベル6で、1億エン以上の価値がある魔刀を駆使する僕の腕なら、それこそあっけなく瞬殺できちゃいましたが……




