001 異世界転移
習作です。
はぁ、今日も疲れました。僕は学校でクラスメートのみんなにおもちゃにされ、まったく気が休まりません。男子は色々ちょっかいを出してくるし、女子も隙あらばセーラー服を着せようとか、化粧をさせようとかしてきて、理解不能です。
本気になって怒ると謝罪してやめてくれるので、いじめとかでは無いと思うし、友達は「正人、俺はおまえがうらやましいよ・・・」などと言ってくるが、それこそ理解不能です。最終的に謝罪してくれるのなら、最初からやらなきゃ良いのに・・・
とぼとぼ歩いて、やっと家が見えてきました。ここからは勝負の時間。音を立てないように静かに門扉を開いて玄関前に入り、静かに玄関の鍵を開け、そっと扉を開けると…
いつものように犬と猫が待ち構えていた。今日も勝負は敗北です。
玄関に入ると子猫のクロがニャーニャー鳴き、犬のシロがじっと見つめています。僕が帰宅するときは、必ずこの2匹が玄関で出迎えてくれます。2匹がずっと玄関で暮らしているわけではないことは、以前にカメラを仕込んで確認済みです。帰宅直前に玄関まで移動していましたが、僕の足音などではなく、臭いとかでボクの帰宅を感知しているのでしょうか?
靴を脱いで玄関を上がると、さっそく猫のクロが僕の体をよじ登ってきます。クロを片手で抱えて僕の肩に乗せ、次に犬のシロの頭をなで、いつもの帰宅の挨拶をします。
「ただいま」
「ニャー」「ワン」
学生服から部屋着に着替え、自室のベッドの上に座ってぼーとテレビを見ます。右隣にはシロが座って少し寄りかかってきていおり、右手でシロの背中をなでます。クロはボクの太ももの上で仰向けに寝ており、左手でお腹をワシャワシャなでています。ものすごく癒やされる時間です。
シロは僕がまだ赤ん坊の頃に、親に連れられて通りすがったペットショップで見つけました。僕がものすごく興味を示し、泣いて欲しがったため、飼ってくれるようになったと聞いています。白い犬なので、シロと名付けたのも僕だそうです。メスなのでもうちょっと可愛い名前にした方が良かったのかもしれませんが、僕が物心つく頃にはシロで定着していたのでどうしようもなかったです。中型犬のシロは15歳で、もう老犬です。ここ数年は散歩にも行かず、家の中で静かに暮らしています。家の中では常に僕のそばに寄り添い、体の一部をくっつけてきます。とてもいじましい愛犬です。
クロは1年近く前に、自宅の庭の隅で震えているのをシロが見つけました。近くに親猫も見当たらなかったため、飼うことになりました。クロはものすごく甘えん坊で、僕が座っているときは膝の上、立って歩くときは肩の上に乗っかりたがります。クロという名前は黒猫だからという安易な理由で仮に付けたのですが、家族で色々名前の案を出して呼びかけても反応せず、クロと呼ぶと「にゃー」と返答するので、正式にクロという名前が確定してしまいました。
2匹とも僕になでられるのが大好きで、シロは頭や背中、クロはお腹をなでられるのが特にお気に入りです。
『突然現れた白く巨大な構造物は、推定全長3,000km以上の円筒形で、1.5G以上の加速度で地球に接近しており……』
夕方のニュースショーは、よくわからない宇宙の話題で持ちきりでした。久しぶりに顔を見たUFO研究家が、興奮して話をしていました。
テレビをぼーと観ながら、しばらくベッドの上で平和な時間を過ごしていると、隣の家の窓が開かれ、男性が顔を出しているのがベランダ越しに見えています。
彼は諏訪原さんと言って、イケメンのカリスマ大学生として有名な人です。会社を興して画期的な商売を始めており、たまにテレビでも見かけることもあります。僕も小さい頃は遊んでもらったこともあり、今でも会えば挨拶をする仲です。
いつもはにこやかな諏訪原さんですが、今日は珍しく真剣な顔をしています。僕と目が合うと、何を思ったか窓から出て、僕の家のベランダに飛び移り、さらに屋根へと登って行きました。
「一体何を
「あれ?」
一瞬気が遠くなったかと思ったら、いつの間にか草原の上に座っていました。
どこまでも続く緑の草原。ぐるっと見渡しても草原以外の景色しか見えず、地平線が続いています。空は雲一つ無い青空です。
右隣にはシロが寝そべっており、膝の上にはクロが寝ています。両手で2匹をなでてみるとリアルな感触があり、とても夢の中とは思えません。
「ここはどこ?」
「ここは次元の狭間じゃ」
正面から老人の声が聞こえました。さっきまでは居なかったのに、いつの間に現れたのでしょうか。はげ上がった長い頭、白く長い髭、白い布を体に巻き付けたような服、右手に持つねじれた杖、その姿は僕の想像する神様のイメージにぴったりでした。
「おじいさんは神様ですか?」
「いや、わしはお主の世界の神ではない。別次元の知的生命体じゃ」
別次元? 異次元ってやつ? 意味不明です。
「僕は何故こんな所にいるのでしょうか?」
「正人、シロ、クロ、お主らは元の世界では消滅寸前の状態じゃ」
「消滅って、死ぬって事ですか?」
おじいさんの話をまとめると、お隣の諏訪原さんはおじいさんと同じような別次元の知的生命体で、地球をめちゃくちゃにするために魂の一部を日本人として転生させていたそうです。信じられないことだけど、諏訪原さんは同じような手口で、地球のような世界ですでに100件以上も犯罪を行っており、何百億人もの犠牲者が出ているとのことでした。
別次元から僕のいた世界への干渉は、その反動が大きすぎるために厳しい制限が掛けられているけど、諏訪原さんをほっとくと地球にはさらに良くない影響が出るため、干渉せざるを得なかったようです。
でも、なるべく反動による地球への影響を小さくするため、干渉は地球から遠く離れた位置にあった小惑星に働きかけて、いん石として諏訪原さんを狙うことにしたようです。
諏訪原さんはいん石落下の兆候をとらえて、僕の家の屋上に避難したけど、いん石は自動追尾の機能が備えられていたため、諏訪原さんと僕の家は一緒に消滅することになったようです。僕やシロ、クロは、その消滅寸前のところを、次元の狭間に連れてこられたのでした。
「僕らをここに連れてくるよりも、いん石を無かったことにすることは出来ないのですか?」
「落下直前のいん石を消滅させると、その超次元干渉による反動は、いん石落下の影響よりも千倍以上の被害が生じるのじゃ。どのみちお主らは消滅するし、近隣の住民へも相当の被害が生じてしまう。そのままいん石を落下させれば、被害は諏訪原とお主ら、お主の家だけで済む」
「当初の予定なら、諏訪原さん一人を消滅させるはずだったのでしょうか?」
「うむ、被害は諏訪原家のみで済むように、いん石の大きさも厳選しておる。いん石に自動追尾機能を付けなかったら、諏訪原はいん石を避けて、被害者は生じなかったはずじゃ。しかし、諏訪原を仕留める絶好の機会を逃すことになる・・・」
諏訪原さんってそんなに悪い人だったんでしょうか。イケメンで、頭脳明晰、行動力もあり、人柄も良かったのに。でも、いん石落下を察知できるくらいすごい能力があるのならば、それらはすべて悪巧みのため、世間をあざむく姿だったのかもしれません。
「お主らを元の世界で無傷で助ける手段は皆無じゃ。この次元の狭間から、再び地球に転移させたら、その直後に大きな爆発が起こるじゃろう。残念ながら、もうどうしようも無い。誠に申し訳ない・・・」
おじいさんは頭を下げて謝罪してくれたけど、どう見ても神様としか思えない人に謝られると、こちらが悪いことをしている気になってしまいます。でも、僕と2匹の犠牲で何百万人、何千万人もの人々が助かるのであれば、やむを得ない犠牲なのかもしれません。
「お主らを元の世界に無事に戻すことは不可能じゃが、わしらが作った人工の異世界ならば、無事に転移させることが可能じゃ」
「人工の異世界ってなんですか?」
質問を繰り返してわかったことは、3次元世界は物質が存在できる最小の次元なので、魂は最初に3次元の生物に宿り、輪廻転生を繰り返して魂を成長させて、より高次元の生物に宿って成長してゆくそうです。僕ら地球人も何度も輪廻を繰り返せば、4次元世界の知的生命体になれる可能性があるようです。
高位次元になるほど世界は広がり、おじいさんの世界では魂の数が足らず、寂しい状態になっています。そこで魂をどんどん増やすために、最初の3次元世界を人工的に作り、いわば魂の養殖をして、それから僕が住んでいたような天然の3次元世界に魂を送り込んでいるようです。人工世界は、いわばゲームの中のようにパラメータで管理され、物理法則などは必ずしも厳密には適用されないようで、そこに魔法とかファンタジーの要素が入り込んでいるようです。
「一つ上の4次元世界ってのもよくわかりません。おじいさんは4次元の方なのでしょうか?」
「いや、わしはもう少し上の次元じゃ。魂を直接認識するには、4次元ではまだ足りん」
「5次元とか6次元だとどんな世界なのかまったく想像できません。おじいさんの本当の姿は、今見えてくる姿とは違うのですか?」
おじいさんの前に、立方体が2つ入れ子になったような立体図形が突然現れ、内側の立方体が外側の立方体に入れ替わるように回っています。これはなんでしょうか?
「これは4次元超立方体の3次元投影図じゃ。本当はすべての辺の長さが等しく、それぞれの角度も直角なのじゃが、3次元に投影すると違って見えるじゃろ」
いきなり難しいことを言われても、理解不能です。
すると、先ほどの4次元ナントカの横に回転する立方体が現れました。
「これは3次元の立方体じゃ。この形は容易に理解できるじゃろ」
たしかにこの構造は簡単に理解できます。サイコロの形ですね。
今度はさらにその横に、平面に描かれた立方体が現れました。
「これは3次元の立方体を2次元に投影した図じゃ。いわゆる絵じゃな。そして、絵にすると各辺の長さは異なってしまうし、角度も直角では無くなってしまう」
立方体と絵もくるくると回転しています。確かに絵の立方体は各辺の長さが変わって見えます。でもそれは、遠いところにある辺が、遠近法で小さく表示されているだけですね。
「もしかして、4次元の立方体の辺の長さが短くなって見えるのは、3次元では表現できない奥行きが遠くなっているからでしょうか?」
「まあそんなところじゃ。もしも2次元の知的生命体がいたとしたら、3次元立方体を直接認識するのは不可能だし、2次元の絵に描かれた立方体の構造を理解するのも難しかろう。同様に、わしの姿を3次元に正しく投影するのも難しいのじゃ。たとえばこの3次元立方体を1次元に投影すると、ただの線分になってしまう」
今度は絵の横に直線が浮かび上がってきましたが、伸び縮みしているだけです。確かにこれから立方体の形を想像するのは厳しそうです。
「さらには次元が異なると生物の形も当然変わってくる。例えば2次元世界の生物がいたとしたら、アメーバみたいな生物ばかりかもしれん。実際には2次元世界には質量が存在し得ないので、生物はおらんが・・・」
2次元生物を想像するのも難しいです。でも、たしかに3次元の人間を2次元に投影した形で存在させるのは難しいかな。顔の真ん中に目が付いていても、何も見るものが無いです。すべて体の縁に、目や口や排泄器官を設ける必要がありそうです。つまりアメーバみたいな生物?
「つまり、わしの本当の姿はお主の想像できる範囲を超えており、3次元に投影しても正しく認識するのは不可能じゃ。ぶっちゃけお主が神様と言われて思い浮かべそうな形になっているだけじゃ」
いきなりぶっちゃけてきました! まあ、たしかに、わかり易いと言えば、わかりやすいです・・・
「そんなことより、わしからのお詫びとして、お主と2匹の絆を大事に保ったまま、異世界で面白おかしく充実した新しい人生を送って欲しいのじゃ。何か望みはあるかの?」
異次元について頭を悩ませていたら、いきなり次の人生の希望を聞かれてしまいました。そんなにざっくりと聞かれても、具体的な返答は難しいけど・・・
僕の唯一の趣味と言ったら読書です。手当たり次第、いろんなジャンルの本を読んできました。高校生になったらPCとスマホを買ってもらったので、中学生の時ほど図書館には行かなくなりましたが、今でも常時1冊は本を借りて読んでいます。
色々借りて読んだ本の中には、いわゆるライトノベルといわれるものもあって、異世界転移ものも何冊か読んだことがあります。チートな能力で敵をバッサバッサと倒しまくるのを読むのは爽快感もありましたが、自分がなりたいとは思いませんでした。なにしろ僕は運動神経が良くないので……
「シロやクロと、穏やかに生活して行けたらと思います」
「なんじゃ望みが低いのう。勇者になって魔王を倒し、国王となってハーレムを築きたいとかはないのか?」
「は、は、はーれむ? いやそんな・・・ 目立ちたくはないので、ひっそりと、自分の手におえる範囲の幸せを、守り続ける力があればと・・・」
チート能力で富と名声を得て、ハーレムを築く小説もあったけど、とても自分では無理だと思います。
「うむ、では職業の希望はあるかの? チートな武器を作れる鍛冶屋や、どんな難病も一瞬で治せる僧侶、世界を旅して回る行商人」
「それです! 行商人! 新しい世界をシロとクロとで色々見て回りたいです!」
「よかろう。シロもそのままでは数年で寿命が来るし、クロも何十年もは生きられん。3人で末永く幸せに暮らせるように、また世界中を安全に旅して回れるように色々配慮するので、異世界では新生活を満喫するのじゃ!」
勢いで行商人に賛同してしまいました。もっと考えるべきだったのかもしれません。そしておじいさんは満面の笑みを浮かべて、杖を上に掲げました。
気が遠くなっていきます…………
太陽の光がまぶたの裏からもチラチラと感じられます。そよ風が吹いて、緑の香りがします。僕は仰向けで寝ており、枕は暖かく弾力が感じられ、やさしく頭をなでられ、おなかには重みがあります。
この枕は不思議です。懐かしい感じもするけど、自分が持っている枕とはぜんぜん感触が異なります。目をつぶったまま、そっと左手で触ってみると、
「きゃっ」
きゃ? 女性の声がしました。恐る恐る目を開けてみると、どうやら僕は膝枕されていたようです。慌てて手を離し、目線を上げていくと、革の鎧に包まれた体が見え、鎧は胸の部分が隆起しており、さらに上には同い年くらいの美少女の顔がありました。髪は白色で、犬のような耳が付いています。
この女性は誰でしょうか? 慌てて体を起こそうとして、僕のおなかに顔を乗せて寝ている少女に気付きました。黒髪に猫のような耳が付いています。猫耳少女もおもむろに体を起こし、すぐに抱き付いてきました。
「パパも目が覚めたニャー!」
犬耳少女も、そっと僕の右手を掴み、胸に抱き寄せます。
「ご主人様、ご主人様、ご主人様……」
もしかして、この2人の女性って、シロとクロでしょうか?