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ep7 長谷川先生の恋(1)

「おっはよーう、続木うわっ?」

「ねえねえねえ、聞いた聞いた?」


 教室の中でおはようの声が飛び交うなか、ひときわ煩いのは村崎さんだ。山口の頭を押さえつけるようにして会話に入ってきた。


「おはよう。朝から何の話だ?」

「長谷川先生が喋る二宮金次郎の銅像に恋愛相談してたって!」

「はぁ?」

「だから、長谷川先生がね……」


 そこでチャイムが鳴って、話は終了。

 いったい何だったんだ。


 その後はいつも通り忙しく授業を受けた。長谷川先生の様子にも特に変わったところはないし、いったい村崎さんの話は何だったんだろう。

 休み時間には教室の移動とかで長話する暇などなかったので、結局昼休みに公園の所に行ってから話を聞くことになった。

 今日のメンバーは山口と村崎さんと井上さん。他は図書館に行ったり部活の用事があったりして忙しい。面白い話があったらあとで教えろよっ! だって。


「きゅいきゅい」

「ソウちゃん、今日もいい子で授業聞いてたよね。本当に大人しくて、一緒に勉強しているみたい」

「きゅいっ!」


 ソウは井上さんの膝の上で、撫でてもらいながら元気よく手を上げて返事をしている。

 分かってるって。本当にちゃんと勉強してたんだろ。授業中にこっそり顔を出してな。ソウが高校の授業をどれくらい理解できてるのかは知らない。ただ、楽しそうに先生の話を聞いているのを見ると『あれ、この授業ってもしかして面白いのかな?』と錯覚してしまいそうだ。

 それはさておき。


「ところで朝言ってた長谷川先生の話って何なの?」

「よくぞ聞いてくれました、続木くん!」


 喜色満面で喋り始めた村崎さん。それはちょっと頭が痛くなるようなバカバカしい噂話だった。


 ◆◆◆


「秋休みの前だったかな、先輩達の間ですごく噂になってる話があるのよ。喋る銅像の話なんだけど。知ってる?」

「あー、部活の時に誰かが言ってたかも? 全然気にしてなかったから、内容は知らない」

「仕方ないなあ。じゃあ私が簡単に説明するよ。この場所、通称『公園』を通り抜けて校庭の方へ行ったところに、銅像が一つ置かれてるの、知ってるよね?」

「ああ、二宮金次郎だろ?」

「そうそう。その二宮さんが喋って、恋愛相談に乗ってくれるんですって!」

「はあ」


 俺は呆れて肩をすくめたが、山口はうんうんと勢いよく頷いてる。この噂知ってたのか?


「そりゃあ、だって今一番ホットな話題じゃないか。銅像の二宮さんは実は歩くこともできるんだけど、超高速移動なので普段は目につかないとか、木の枝を拾い集めてるので背中に背負ったシバの本数が日によって違うとか」


 何だ、それ。

 やれやれ。

 でも俺が特にコメントもせずに食べていると、珍しく井上さんが身を乗り出して続きを話してくれた。


「でもこれって本当の事みたいですよ。二年生の先輩が二宮さんに恋愛相談して、その助言通りに告白したら、愛が実ったんだそうです」

「助言って?」

「そこまでは分からないんですけど……。あまり詳しく語るとご利益がなくなるかもしれないから教えられないらしいです」

「ああ、もしかして二宮金次郎の銅像って意外と大きな台座に乗ってたよな。その裏に誰か隠れて悪戯したんじゃないのか? いや、さすがに気付くか……」


 一生懸命悩むようなことじゃなくて、きっと嘘か冗談なんだろうけど。

 井上さんの膝の上で弁当を食べ終わったソウは、今度は山口の膝に上っておやつをねだっている。

 すまんな、山口。


「あ、でも可能性はあるかもしれません。恋愛相談したその先輩達って二人ともすっごく素直で、友達の嘘にもよく騙されてるみたい。ボケボケ漫才って言われてました」

「なるほど」

「でも実際に告白が成功したので、女子の間では少なくとも二宮さんの銅像にご利益はありそうだって噂になっています」


 たまたまだろうけどな。

 しかし、長谷川先生はどこに出てくるんだ?


「それ!その先輩の話があったのが秋休みの前の事でしょ。秋休みが終わってすぐに、その二宮さんの銅像の前で、深刻な顔をして悩んでたらしいの」

「長谷川先生が?」

「そうそう。通りかかった人が言うには、しばらく銅像の前で動かなかったからどうしたのかと思って見てたら、意を決したように歩き始めたんだよ。あれはきっと二宮さんに言われて、好きな人に告白しようと思ったのに違いないって!」


 いや、さすがにその想像には無理があるんじゃないかなあ。

 銅像を眺めてただけってこともあるだろう。

 それもまあ、変わってるっちゃ変わってるけど。


「でも長谷川先生っていつも授業中に『二十九歳独身だがオッサンじゃない。彼女はいない……』とか言ってるし、きっと恋人募集中に違いないと思うんだよね。どんな人が好きなのかな?」

「え? 村崎さん、長谷川先生に興味あるの? まさか……」

「そりゃまあ、担任の先生だし」


 そう言うと、にやっと笑った。恋する乙女の顔ではない。


「村崎さん、こういう話は、興味本位で騒ぎ立てずにそっと見守ってるほうがいいよ」

「井上ちゃんがそういうなら、見守る。ぐふふ。私、しっかり見守るね」


 すごく楽しそうな村崎さんだった。こんな感じで、女子の情報網は張り巡らされているわけだな。


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