第七話 弓矢の試射と避難所での一幕
楽器に使う弦と、弓に使う弦。呼び方が違うのはご存知ですか?
ギターやヴァイオリンにはゲンを、弓にはツルを張るんです!
とは言え、先日までどちらもゲンと呼んでいた身で、あまり偉そうなことは言えませんけどね。笑
ゴブリンとの戦闘から5分程、特にモンスターに出会うこともなく鎖貴の家の前に辿り着く二人。
「へえ、ここが鎖貴くんのお家なんだね」
「あまり広くはないけどな」
鎖貴のアパートは3階建てで築40年は経っているが、彼が入居する半年ほど前にリフォームされているためかなり清潔な印象がある。ワンルームだが、二口IHコンロのあるキッチンに、別々のトイレと風呂、クローゼットもあり、一人暮らしには十分すぎる設備だった。
鎖貴が先頭に階段を上って部屋の前まで来ると、ゴブリンの死体が消えていた。
「なに?」
しかし、血を引き引き摺った痕があったので、別のモンスターが持って行ったのだろう、と鎖貴は推測した。
鍵を解錠し、靴を脱ぐことなく部屋に上がる。
「靴脱がなくていいの?」
「ああ、何時いつモンスターなんかに襲撃されるか分からないからな。それに、ここに長く留まるつもりはないしな」
「じゃあ、なんで?」
「食料だよ。隠しとかないとな」
そう言って鎖貴は、風呂の天井に設置された点検口を開けコンビニで回収した食料が入ったリュックを押し込んだ。ここなら、部屋惨状を見せずに済むと考えたのだ。
「流石に食料持って避難所に行ったら、袋叩きにされて回収されるぜ?」
「確かに。と言うことは、あんまり長居するつもりはないのかな」
「ああ、主な目的は弓の入手だな。弓は練習しないと上手く扱えないんだが……」
世界規模の食料不足に陥るのは目に見えていた。そんな中で大量の食料を独占していると知られれば、鎖貴は殺され、波瑠は集団レイプなど、尊厳を損なわされるだろう。
そのため、弓の入手を視野に六中行きを決めたのだが……。鎖貴は中学時代に高校のオープンスクールで、弓道部を見学・体験していたため、実感として弓の扱いに不安を感じていた。
弓道の弓を持ってみると、かなり扱いづらいのがわかるだろう。そもそも取り回しが最低で、十分の一秒が生死に関わる戦闘では、長弓は適切な武装とは言えないのだ。
あるいは合戦なんかの狙撃としては優秀ではあるのだが。
そんな会話をしながら再びアパートを出発し、東進。僅か1分ほどで桃花市立第六中学校が目に入るのだった。
……
……
「避難者ですか?」
そんなセリフと共に迎えたのは、頑丈な金属製の正門が閉じられた中学校を有志で警備しているだろう、30代ほどの男。
男の質問に答えようとした鎖貴だが、不遜な態度の彼に答えさすまい、と波瑠が会話を担当する。
「はい。さっき避難勧告が出ているのに気付いたので」
功を奏したのかは不明だが、波瑠の美貌に男は分かりやすく頬を緩め開門を内部の人間に指示した。
なるほど、この男はいざという時の囮役も兼ねているのだろう。しかし、血の香に誘われてより多くのモンスターに襲撃されるリスクに気付かない時点で、愚かと言えるだろう。
敷地内に入ったら体育館に行くように指示されるが、それを無視してその横にある弓道場に入る鎖貴と波瑠。
無人の道場内に土足で踏み入り、弓矢を手にする彼は正しく悪党だろう。
的場に的を設置し、左肩を正面に向ける。弓に矢を番え弦を引き絞り放つ。この時特に能力は使っていないので、ド初心者な鎖貴は見当違いな方向に飛ばしてしまった。
ならば、と矢の通り道をパイプ状に静止させたらどうだと実行すると、見事に矢は的の中央に当たった。
「すごいすごい!」
と波瑠は大喜びだが、鎖貴はあまりの弓の才能の無さに愕然としていた。こんなやり方では咄嗟に弓が射れないし、パイプの内部に矢が当たって威力も大分落ちてしまう。弓矢を使うのは諦めよう、と鎖貴が考えるのも当然だ。
「体育館行くぞ、波瑠」
「うん!」
種も仕掛けもある手品で、着々と波瑠の好感度が高まっているのを感じている鎖貴は、微妙な表情で体育館に向かった。
広めの体育館には近隣住民のかなりの数が避難してきており、蒸し暑いものだった。
「避難者の方ですね。こちらに名前の記入をお願いします」
受付では避難者の名簿を作っていて、鎖貴たちもそれぞれ名前を書いて指定された場所に腰を下ろした。
「思ったより人が多いね」
「ああ、平成小や公民館、店に避難してる人もいるだろうがな。あとは避難してなかったり、死んでるやつもいるか」
「あんまり大きな声で言うと……」
「ちょっとアナタ! 不謹慎よ!」
子供の甲高い声が響く空間から、耳聡く鎖貴たちの会話を聞いた中年の女が食って掛かった。
「大体こんな大変な時になんて恰好してるのかしら!」
「あぁ? 喧嘩売ってんのかババア」
すぐさま目を細めてドスを利かせる鎖貴だが、その瞳の奥には隠し切れない好奇心が宿っている。
「山田さん落ち着いて!」
「鎖貴くんも、あんまりふざけちゃだめだよ」
脈絡もなく鎖貴の脱色された金髪にまでキレだした不謹慎女さんは、学校職員に連行されていった。
同じく鎖貴も、波瑠に袖を引かれてそれ以上の行動を制限されていた。
「あはははは。ああいう奴って実在していたのか!」
「笑い事じゃないよ」
鎖貴は笑っていたが、波瑠は何もなくて――正確には鎖貴が何もしなくて――良かったと胸を撫で下ろした。
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