第三話 初の対多数戦闘
「いずれ、ライフラインは断たれそうだな……。出来るだけ早く生活基盤を整えないといけないな」
二度目のシャワーを浴びた鎖貴はベッドに腰掛けた状態で、小指の爪ほどの魔石を手に乗せて、観察していた。
灰色のピーナッツが、蓄光塗料を塗布されたような見た目だ。両手で袋を作り暗くして、片目で覗くとほんの僅かに光っているような気がしなくもない。
そしていくら洗っても落ちないゴブリン臭。
「うぇぅぉえ……。これをこのまま保管するのは、違う気がする」
鎖貴はメニューを開いて、2ページ目を表示する。
そこには検索エンジンや絞り込み、最近見た商品……。エトセトラエトセトラ。
南米の大森林地帯まで商品を届けてくれそうな画面が表示される。
だが、重要なのはそこではなく、「チャージ」の四文字だろう。
鎖貴が触れると、説明がなされる。
どうやら、魔石をブレスレットの装飾に触れさせることで、魔石値をチャージできるようだ。
「うおっ!」
一瞬にしてブレスレットに吸収された魔石に驚いて、思わず声を漏らす鎖貴。
1ページ目の魔石値表示は1に変更されていた。
また、魔力値も僅かながらに上昇しているようである。
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世界名:m5dj03r-Earth
・名前:竜胆 鎖貴
・年齢:18
・種族:ホモサピエンス
・特性:千差万別
・魔力:245/245
・魔石:1
・固有:浄眼『千里眼』
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「魔力値は4上昇、か。もっとデータがないとわからないけど、上昇率は1.1倍の可能性があるな」
今回は上がったが、毎回上がるとは限らない。特性通り、個人によって上昇幅が違うのかもしれない。
鎖貴は様々な可能性を思考していた。
「なんにしても腹減ったな」
鎖貴は空腹の胃袋をさすりながら食品の備蓄を探るが、男子高校生の一人暮らしだ。都合よく食料は見つからない。
「そういえば魔石値ってので、商品と交換出来るんだったか。少し見てみるかな」
メニューの2ページ目を開くと、検索エンジンを使って食品を絞り込む。
だが、所詮は100円分で交換出来る商品などたかが知れているので、鎖貴は購入は諦めた。
「ん……? 値段の切りがいいな」
しかし鎖貴は、商品の値段が100円ずつ上下していることに気づく。
つまり十の位以下の数値は0固定ということだ。
これは魔石値との兼ね合いなのだろう。そもそも、魔境化した世界で細かく計算などしてるより、モンスターを殺しまくって沢山稼ぐほうが賢い。
くぅ、と腹が鳴る音を聞くと、
「チッ……。コンビニ行くか」
鎖貴は恥ずかしさを誤魔化すように舌打ちする。
ジーンズに薄手の黒い無地のロングカーディガンを羽織った鎖貴は、革製の黒いショートブーツを履いてアパートを出た。
右手にはアイスピックを、ベルトにはシースナイフを差して。
しかし、金は持たずに出発したのだった。
……
……
カツーン、カツーン、と金属階段と革靴がぶつかる音を鳴らしながら、アパートの階段を降りる。
甲高い音は響きやすい。ごみを漁るゴブリンが鎖貴を認めると、全裸で襲い掛かってきた。
そこで戦闘に集中すればいいものを、ごみを手放さないあたりに低能さが理解できてしまう。
「ギギャ! ……ギュォ!」
しかし、透かさず鎖貴が静止させることで、ゴブリンは階段に辿り着けずにその生を散らす。
頑丈なアイスピックを主武器にしているため、階段から飛び降りた勢いそのままに脳天を突いて殺せたのだ。
「よし……。後は魔石を抉り出せばいいわけだが、魔石値1しかないのに臭い死体を弄らないといけないのは精神的に来るものがあるな」
鼻をつまみながらナイフを取り出そうとすると、
「ゲギャ!」
「ギャギョギャ!」
「ゲギャゲギャギャ!」
「ギョ!」
靴の音か、戦闘によるものか、血の香か、偶然か。あるいはその全てが原因となって、余計に4体のゴブリンが現れる。
素手の者、どこかの建物の材木を棍棒にした者、押し入った家の物だろう包丁を手にする者。そして何かの大腿骨を持つ者。
「……初の対多数戦闘か。初っ端4体は多いんじゃないの? 諦めるのはイージー」
鎖貴は、3回目の戦闘が4体相手の対多数戦闘に文句たらたらであった。
「でも、静止の魔眼がどこまで使えるか調べるには、丁度良いな」
牙を剥き、気丈に振る舞う。ゴブリン共を威圧するかのように。
それに一瞬気圧されるゴブリンだが、その獣以下の頭脳では認められない行動だったのだろう。
気圧された事実を掻き消すように癇癪を起こす。
……そして作戦も何もなく、全てのゴブリンがほぼ同時に、鎖貴に迫った。
「ギョァッ!」
「ゲギャ!」
「ギギギャ!」
「ギョ!」
それぞれのゴブリンが、地を蹴り、空を踊り獲物を狩らんとする。
きらん。鎖貴の左目が紅く光った。曇天で、建物の影だったお陰で、左目の輝きが把握できたのだ。
果たしてゴブリン共は、聖火ランナーのような恰好だったり、転びそうだったり、といった具合に4体全てが行動がとれなくなっていた。
「とりあえずは、この程度の数は相手にならないってことが分かったな」
鎖貴はアイスピックを、目玉だったり、延髄だったり、脳天だったり、こめかみだったり、と躊躇せず突き刺していく。
そして今度こそ、ナイフで魔石を抉り出してチャージした。
魔力値は279に、魔石値は魔力が多い個体がいたのか7となっていた。
これで魔力値の上昇率は1.1倍だと証明されたのだった。