第二話 常世すべての悪臭を発酵させた体臭
昨日あまり伸びなかったので、21時まで一時間に一話ずつ更新します。
「とりあえず、この変態ブレスレットの情報を整理しないとな」
鎖貴は右手首のブレスレットを変態と評したが、自分が知らないことが知れるので言い得て妙と言える。
さて、鎖貴はブレスレットの銀の装飾に軽く触れた。すると、空中に画面が投映される。
空中に存在するのに、指で操作可能なのだから恐ろしい技術と言えよう。
「この画面、ステータスってほど詳細じゃないし、メニューのほうが相応しい名称だな」
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世界名:m5dj03r-Earth
・名前:竜胆 鎖貴
・年齢:18
・種族:ホモサピエンス
・特性:千差万別
・魔力:241/241
・魔石:0
・固有:浄眼『千里眼』
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「まずは世界名について、何某かの説明が欲しいけど……。項目に触れば説明出るか?」
鎖貴の希望通り、世界名の項目に触れる仕草をすると詳細が表示される。
【世界名】
世界名とは、数多ある世界を区別するための個別コード。
同じ世界でも、異世界・並行世界含めると無数に存在するため、世界名の前には世界を認識するためのコードが記載されている。
「なるほど。小難しいこと書いてあるけど、ようはそのまま世界の名前なのか」
鎖貴は納得した。しかし疑問が残る。
「なぜ俺達側に、多数の世界の存在を認識させる必要があるんだ?」
これは鎖貴の死亡中に宣言した、種族管理局も提示していなかった。
考えても理解は不能であろう、と鎖貴は次に疑問な種族を選択する。
【種族】
類似種族を区別するもの。
例えば、ホモサピエンス種はヒト種のなかの一種族。
これも納得であった。
恐らく、異世界や並行世界にはホモサピエンスに近い見た目の種族がいて、それと区別するためなのだろう。
もちろん、モンスターにも当てはまるのであろうが。
【特性】
種族特性の略で、その種族を表したもの。
ホモサピエンス種の千差万別は、個体ごとに同じ名称のものでも多少の差異があるため。
【魔力】
特別な力を持たない種族への救済措置。しかし、本来はどの種族も知覚していないだけで、必ず1は保有している。
固有を使うためのエネルギー。高ければ高いほど身体能力は向上し、壮健になる。また、固有の効果が向上する。
生命体を殺害するか、0まで使い切れば増えるが、0になると回復に倍の時間がかかる。
「俺達ホモサピエンスが異能を持っていないから、使えるようにしたってことだよな。……しかしなぜ初期値がここまで高いんだ? 実は少ないって可能性もあるけど」
鎖貴は少ない可能性も指摘しているが、実は他の者よりも魔力値は高かった。だが、バグで自殺がなかったことにされた鎖貴なので、多少数値が高くともバグの一言で片づけられてしまうのだが。
【魔石】
主にヒト種などの、自給できない生命体への救済措置。
他種族を殺害することで発生する鉱物。
その生命体の心臓部に生成される。魔力が多い個体ほどより大きく、鮮やかになる。
魔石を魔石値として取り込むことで、魔石値1につき100円分の商品と交換可能。
また、魔力そのものとして取り込むこともできる。
ブレスレットの装飾同士を接触させることで、魔石値の譲渡も可能。
ようはエネルギーにもなるし、糧にもなる万能鉱石と言ったところか。
恐らく、同族を殺しても得られないし、心臓またはそれに類する器官に手を突っ込まないといけないなどの、デメリットはあるが金になるので多くの人間が挙ってモンスター殲滅を行うだろう。
「まあ呑気に農業なんてしてられないしな」
そして鎖貴は、肝心で最も気になる項目に触れた。
【固有】
一個体に一つだけ与えられた、魔力を糧に発動する能力。
『』内の固有名を口にすることで発動する。
その能力は、同じ名称でも効果や燃費が異なる。
浄眼『千里眼』は、見えざるものを見る能力。
初期段階では死角、遮蔽物の先、小さいものを1キロ先まで自由に見ることができる。
ある程度の、動体視力も強化される。
「え、静止の魔眼は、どこに……」
鎖貴は、大いに困惑した。当然だろう。
己の左目に宿る謎の能力、その説明がなされていないのだから。
彼からしてみれば、具合が悪く病院へ行ったのに、なんともないと診断されたような気持ち悪さなのだ。
「うーん、静止の魔眼って一体なんなんだ?」
鎖貴が悩んでいたその時……。
どん、どん、どん、という玄関ドアを殴る爆音が響いた。
「なんだっ!?」
急いで玄関まで駆け寄る。
扉を開けると、ゲギャア、と粘着質な生温い声を漏らす生物がそこにはいた。
腰ほどまでの背丈、緑の肌、腹水、骨が浮き出るほど華奢な体躯、皺だらけの顔、二本の小角、服すら身に着けない徹底的な丸腰、数年間不潔行為を繰り返してきたような体臭。
そんな背徳のバケモノが鎖貴を見て笑った。その際に漏れた生温い口臭に鎖貴は呻く。
吐瀉物を口の中で5年くらい発酵させたら、このくらい臭くなるのだろう。
「うぉえ……。死にそう……」
「ゲギャギョ!」
バケモノ――ゴブリン――は、その垢塗れの爪と歯石でボロボロの牙を剥き出しに、飛びかかってきた。
このままゴブリンに傷を付けられたら、破傷風は確実であろう。
「う、おおぉぉぉおおお!!」
折角面白おかしい世界になったのに、破傷風で死ぬのは御免蒙りたいというのが、一瞬で導かれた鎖貴の願いである。
体を逸らして、転がりながら避けた。
鍛えていてよかった、と鎖貴は背中を冷や汗で濡らしながら安堵する。
「ギャッ! ゲョアッ!」
ゴブリンは、鎖貴に避けられたことに腹を立て始めた。
きっと次からの攻撃は、より激しくなることだろう。
「何かないか、何かこの状況をどうにか出来ること……」
「ギャギャギョ!」
飛びかかるゴブリン。鎖貴にはそれがスロー再生されていて、まるで死刑宣告のようであった。
あと30センチ。ゴブリンは引っ掻くような体勢で空中を滑る。
「ギャッ……」
残り10センチという所で、ゴブリンは空中に固定された。
藻掻こうとしているが、1ミリたりとも動けないようだ。
「ッハァ……ハァ……」
ギリギリで、静止の魔眼の存在を思い出した鎖貴は「止まれ」と念じることが出来たのだ。
その賭けに負けていたら、今頃ボコボコにされて、助かっても身体中の傷から菌が繁殖してしまっただろう。
「チッ……」
鎖貴は少し焦ってしまったことに悔しさを覚えていたが、すぐに立ち上がって家の中からアイスピックを持ってきた。
それを右手に逆手に構えて、ゴブリンの脳天目掛けて振り下ろした。
……が、何かに弾かれるように、ゴブリンの禿頭を滑ってしまった。
「なんで……っ!」
しかし、すぐに静止の魔眼の知識が脳裏に浮かぶ。
静止の魔眼は、メデューサの石化の能力に近い権能だ。
ようは、空間を石のように固める能力と言えるだろう。言い換えれば、それ以上の状態の変更を無効化する能力となる。
状態が変更できない=動けない&傷つけられない。つまり、ゴブリンが不壊の石像になったのだ。
これだと、餓死も狙えない。
……ならば、ゴブリンの一部のみを魔眼の効果を外せばいいわけだ。
鎖貴はゴブリンの右目のみを、静止の効果から除外しアイスピックを突き立て脳内をかき混ぜた。
同時に、静止を解いて蹴り、死んでいるかを確認する。
「死んだ……よ、な」
ふう、と息をつきつつ、キッチンから取り出したシースナイフで、ゴブリンの胸を抉り始める。
眉をしかめつつ、1分ほどで心臓内部から小指の爪ほどの魔石を取り出せた。
玄関先はゴブリンの死体や体液で、これ以上このアパートには住めないな、と思わせるには十分な臭さをしていた。
ふと、ゴブリンの顔を見るとどこか猿っぽさが垣間見えた。恐らく猿の突然変異の可能性が高そうだ、と鎖貴は研究者のように予想してみる。
だが、そう間違いでもないだろう。
彼は冷や汗と返り血塗れの全身を、再びシャワーで流してから魔石の検証を始めるのだった。