カッスターダンジョン その4
コニンは自らの状態を、客観的に見ることができた。
今日はいつもより調子がいい。そういう自覚があった。
息をすう。
狙いを定める。
当てる。
それだけだ。それだけに意識を集中している。
アーチャーは、ひたすら集中力を求められる職業だ。
一切の雑念を排除する。
澄みわたる水面のごとく。ただ一点の曇りもなく、ひたすら的に当てるという作業にのみ、おのれの心を研ぎ澄ませていく。
正しいフォームから、精密なエイムで弓を撃つ。
それから空気の流れを頭に入れておかないと、狙いがそれ、外れてしまう。
地下は風がない。それだけでオレの有利だ、とコニンは思う。
むかし、まだ自分がコーニリィンだったころ、弓の師に聞いてみたことがあった。
「――百発百中になるには、どうしたらいいのかな?」
すると。師は呆れたような顔をして、こういったものだ。
「百発百中など、幻想にすぎん。そんなことは俺だって無理さ」
魔法の補助でもない限りな、という。
だが、そんな力に頼っても無意味だ。とコニンは思う。
おのれの力量のみで的に当てたい。
他力本願なんてまっぴらごめんだった。
「でもオレは、自力で百発百中になりたい」
すると師は、考えながらこう言った。
「百発百中など居ない。ならば、百発九十九中になれ。百発九十八中になれ」
「えー! なにその中途半端な」
「そうは言うがな、それすらも凡愚にはむずかしい。だから実際は少しずつ、地道にコツコツと、命中率を上げていくしかないんだ」
突然、一気に上がることもある、という。
しかし翌日には、元に戻っていたり、まったく駄目になっていたりする。
それが人間だ。
人間には好不調の波がある。
その波を埋めていく。それがまず大事なことだ。
「さいわいながら、おまえには持って生まれた空間把握能力がある。的までの距離を、他の人より読む力に長けている。それはおまえの武器だ。――武器を磨け」
それでも地道にやるのが大切だ。技術を磨き、さらに知識もあげていく。
おのれの矢の回転がどちら側か、考える。
手首は柔らかく、肘の回転を意識する。
弦の引き手の終着点を一定にする。
しかし、そういうことをいちいち惑い、考えているようでは、逆に的がどんどん遠くなっていくものだ。
反復練習で、それを無意識下で行えるようになれ。
そう師は言った。
コニンは、射った。
矢はクロウラーの丸い背に突き刺さった。
だが、それは致命傷ではなかった。
矢の刺さったまま、なおも前進してくる。
――相手は、静止している的ではない。動く敵だ。
精密さを意識すればするほど、そこには当たらない。
当らないと、焦りが出て、さらに当らない。ドツボにはまる。
だから、先を撃つ。
獲物の動きのベクトルを読み、そこに的を置く。
また射った。
今度は、見事に小さなクロウラーの頭に命中した。
クロウラーは緑色の体液を撒き散らしつつ、動きを止める。
休むまもなく、次はスケルトン――
「やばっ!」
コニンは身をかわした。音を立てて、何かが頭上を通過する。
敵側からも矢を射ってきたのだ。
すぐに態勢を立て直して、矢の飛んできた方向を見る。
そこにはスケルトンの射撃部隊がいた。
しかも、自分よりいい弓を持っている骸骨もいる。にゃろう。
「やっつけて、そいつはオレがいただくよ!」
そう高らかに宣言すると、コニンは矢を番えた。
射つ。
狙いどおり、矢はこちらを撃ってきたスケルトンの眼窩に吸い込まれた。
鏃が後頭部まで刺しつらぬく。
会心の一矢だが、特にガッツポーズもせず、彼女は淡々と次の矢を番える。
こんなの当たり前だ。
今日はいつもより、いい状態なのだから。
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「今日のコニンは鬼神のようだわい」
と、ダーはつぶいやいた。
いつもより異様に命中率が高い。
こちらも負けておられないというところだが、今回はちょっと勝手が違った。
なにしろ素人同然の若者を背後にしているのだ。
彼を守りつつ戦う、というのはかなりやりにくい。
彼の得意技である『地摺り旋風斧』は、敵陣深くに斬りこむには有効だが、守備には向いていない。
クロノトールはというと、大きいタートルシールドで相手を押し返し、蹴り飛ばし、長いバスタードソードで止めを刺している。
巨体を利したパワーに加え、剣闘士時代に培った身のこなしは、並みの相手では捉えることは難しい。
戦場でこれほど頼りになる相棒はいないだろう。
ダーは、静かだ。
彼の技の多くは、父から受け継がれたものだ。
「――いいか、ダーよ。斧は重い」
と、父は口癖のように、当然のことを言ったものだ。
あたりまえではないか。とダーは胸中つっこんだものだ。
「重いのは仕様だ。だから斧は、相手より始動が遅くなりがちだ」
だから斧は先制攻撃を心がけるべし。
もし相手に先を取られたら――
ダーの頭上から、スケルトンの振るった剣が落ちてきた。
それを下から迎え撃った。
鍛え上げられた下半身のバネを生かして、できる限りコンパクトに振りぬく。
戦斧の強度が勝った。赤錆の浮いた、敵の剣が中途から破片となった。
そのまますべるように上方へ斧を叩きつける。
スケルトンの両腕が、粉砕した。
そこへすかさず、頭突きをぶちかます。
スケルトンの顔面がひび割れ、弾けとんだ。
次の瞬間だった。
気がついたときには、ダンジョンウルフが飛び掛ってきていた。
――速い。これは間に合わぬ。
咄嗟の判断で、ダーは斧を振るうのをあきらめた。
大きく開いた口へ、腕ごとバックラーを叩き込んだ。
「ぬうううっ」
牙が腕に食い込むのも構わず、そのまま力まかせに床へ叩き落した。
上から固定し、斧を振り下ろす。
確実にダンジョンウルフの喉首を切断し、その顎から腕を引きぬくと、急速に腕の痛みが引いていく。
ルカがすかさず、傷を負った腕を、回復の奇跡で癒してくれているのだ。
ダーはぐっと親指を突きたて、背後へ感謝の意を伝える。
その間も、数体の敵が容赦なく接近してくる。
一体が炎上した。さらに、もう一体。
なにが起こったか、考えるまでもない。
エクセのファイアー・バードが炸裂したのだ。
(あやつも頑張っておるわい。こいつは負けてられん)
ダーは突進してくるスケルトンの剣が届くより先に、その脚を砕く。
崩れ落ち、ちょうど良い背丈になった骸骨の顔面を蹴り飛ばす。
さて、自分たちが力尽きるのが先か、敵が絶えるのが先か。
そう考えているうち、ダーは頬が緩んでいる自分に気がついた。
闘いの最中だというのに、どういうことだろうか。
どうしようもないほど、身体じゅうの血液が熱く煮え滾っている。
ダーは正眼に戦斧を構え、吠えた。
「さあ、ドンドン来んかい!!」




