ドワーフ、エルフを説得するのこと
「まったくもう……あなたという人は」
ブツブツと小言をいいつつ、エクセ=リアンは、ダーの頭に包帯をぐるぐる巻きつけている。
さすがにやりすぎた、と思ったのだろう。
あのあと炎上するダーを、水の魔法で鎮火したエクセは、お詫びのつもりかせっせと手当の真っ最中である。
「ちゃんと非常識な訪問の方は、反省してくださいね」
――もちろん、小言つきながらではあったが。
ダーはふと、そんな旧知のエルフの顔を見上げた。
その指は細く、睫毛は長く、瞳は開いているのか閉じているのかよくわからない。
香でも焚いて寝る癖でもあるのか、うっすらといい匂いがする。
頭上で包帯を巻かれると、長い銀色の柔らかな髪が、さらさらとダーにかぶさり、くすぐったい気分にさせられる。
ついにダーはその手で包帯を掴み取ると、
「もうよい、あとは自分でやれるわい」
と、あわてて距離を開けた。
きょとんと小首をかしげる顔は陶磁器のように白く、整っている。
特徴的な銀色の髪は、部屋の灯火の光を浴びて、独特の光彩を放っていた。
おなごはもちろんのこと、男すら魅了してしまう魔性のエルフ、
それがこのエクセ=リアンだ。
ダーは思い出す。かつて冒険者ギルドで、彼がアイドルのようにもてはやされていた日々を。
エクセ=リアンが所属したパーティーは、大抵がこいつの取り合いで、瓦解してしまうというほどの伝説を持つ。まさに傾国ならぬ、傾パーティーの美男子である。
しかしそういう出来事のたび、哀しそうな顔をしていた彼を思い出す。
当人は、魔術の研鑽にしか興味のない、いたって浮いたところのない性格なのだ。
そういう俗世でのさまざまな積み重ねが、この男をうんざりさせ、世捨て人同然の生活に追いやったともいえる。
ダーとも、ある冒険で知り合い、それ以来、様々なチームで顔を合わせてきた。
「ところで、こんな夜更けに、わざわざ人の扉を破壊しに訪れたわけではないのでしょう。何をしでかしたのですか?」
「しでかしたとは何じゃ。ワシが悪いわけではないわい」
クスクスとエクセは笑い出した。
まるで、そんなわけがないでしょう、といいたげに。
「――では夜は長い。じっくりとその理由をお聞かせ願いましょう」
ダーは熱弁をふるった。身振り手振りをまじえ、時に高く、時に低い声で聴衆に訴えかけた。
この世界の平和を守るという目的のために、おぬしの助力が必要なのだと。
そのダーの熱弁に、エクセ=リアンはきっぱりと答えた。
「――いやです」
にべもない言葉であった。
「まあそういうな。ツンデレもほどほどにのう」
「デレなどありません、いやなものはいやです」
「なぜじゃ、ちゃんと話を聞いていたであろう、かの邪智暴虐……」
「いえ、そこはもういいです」
「むう……日和ったか、エクセ」
「あなたに非があるからですよ。謁見の間で大暴れなんて、最高にアホです」
「それはすでにフルボッコにされて、大きな代償を支払わされたし済んだことじゃろ。それより、おぬしはこのままでいい、と本気で思っとるのか?」
ふっと急に思案顔になるエクセ。
日頃から彼なりに思うところはあったのだろう。
「いいとまでは思いません。……ですが、すでに異世界召還された勇者がこの世界に現れたのなら、その者に任せておけばよいことではありませんか」
「それが日和ったというのじゃ。なぜによそものの力に頼り、でかい面をさせ、我ら土着のものが脇役に回らねばならぬのだ。我らの問題は我らで解決するのが筋というものであろう」
エクセは部屋の書棚に山と詰まれた文献を見やり、
「―――過去、そういった事例はありました」
エクセは須臾の間、隣室のほうへ姿を消した。
そこにはさらに多くの蔵書が眠っているのだ。
やがて、『テヌフタート大陸の歴史』というタイトルのついた本を手に取り、戻ってきた。それをすっとダーに差しだす。
読め、ということらしい。
が、ダーは首を横に振ったので、しぶしぶエクセは本を脇に置いた。
「では、口頭でかいつまんで説明しましょう。かつて魔の脅威には、我々の祖も立ち向かったのです。しかし、哀しいかな、我が祖はまるで歯が立たなかった。そこで最後の手段として用いられたのが異世界の勇者を召還し、魔王を撃退してもらうという手段です」
「なぜ、異世界召還されたものたちには、そこまでの圧倒的な力があるのじゃ」
「わたしもその点は疑問なのですが………」
エクセの秀麗な顔が、憂いに沈んだ。
理解できないことがあると、エクセはこういう顔になる。
なにしろ、知識を求めるあまり、里を飛び出たほどの男なのだ。
この世界には、異世界人のために用意された4つの『勇者の装備』というものが存在する。異世界から召還された者が、あくまでも特別な存在であるということを示している。
召還はセンテス教会が中心となり、行われている。これは国王とセンテス教会が一致して、異世界勇者に関する秘密を共有していることを示唆している。それは何なのか。
「……わたし自身、疑問に思い、ひたすら調査してきました。過去、わたし同様に不審を感じた研究者たちが書いた、さまざまな文献にも目を通しましたが――どれも、決定打にかけるといいますか、今に至るまで結論を得ていません。ただ――」
「ただ、なんじゃ?」
「かつて存在したという神、セーテデミスという存在をご存知ですか?」
「知らぬ。なんじゃそれは?」
「実は私にもよくわかっていないのです。かつて、四獣神にまさるほどの絶大なる力を誇った神がいた――そういう逸話とともに、この名が伝わっています。しかし、不自然なほどに、この神に関する詳細な記述が消滅しているのです。まるで何者かが、不都合な真実を消そうとするかのように――」
「ふうむ、興味深い話じゃな……」
「私は、この消滅した神こそ、何か謎を秘めている気がするのですが」
「ならば、その問いに終止符をうつときがやってきたのではないか」
決然とダーはいった。
「どういうことでしょう?」
「ワシと共に冒険に出立するのじゃ。みずからの目と耳でもってのみしか、その謎を解明する方法はあるまい。ここで書物の山に埋もれておって、答えがでるものか」
「………それはそうかもしれませんが」
「そもそも、ワシらは亜人と呼ばれ、人間たちから差別を受けてきた」
ダーは声のトーンを落とし、真剣なおももちで語る。
彼は幼少よりドワーフは誇り高くあれ、と父から教えられて育った。
それは信仰のようにダーの心の奥底に浸透し、思考の根幹となっている。
「ワシらの方がこの世界において、人間族よりはるかに古き民だというのにも関わらずな。今回もそんな感じで、国王からいやみを言われたぞ。おぬしらは物語の添え物だとな」
「わかっています。私たちは人間と比較すると少数派、扱いに差が出るのは……」
「異世界のヨソモノより下でも仕方ない、か?」
ダーはさらに言葉を重ねた。
「それにおぬしが嫌がっても、ワシは単身でも魔物に戦いを挑むつもりじゃ。おそらくひとりでは虚しい最後を遂げるじゃろう。それで寝覚めがよいのか? ワシを見殺しにして飲む酒はうまいか?」
「わたしは酒をたしなみません」
「そういうことは聞いておらぬ、イエスかノーかじゃ」
エクセはハァ、とわざとらしく盛大にでっかい吐息をついた。
あきれはてたような目でダーを見やる。
だが、やがてくすくすと笑い始めた。
「なにがおかしい。この顔か? 見慣れた顔じゃろ」
「ええ、そうですね、かれこれ五十年近く見てきました」
「もう、そのくらいになるか」
「あなたは困ったらすぐ私を頼るのですね。エルフ族の私を」
「それほどおかしなことかのう」
「神が我らをおつくりになられた神話の時代から犬猿の仲、といわれる我らエルフ族とドワーフ族。現在は同盟を結んでいるといえ、感情的にわだかまりをもつ者はいまだそれなりにいるのですよ」
「まあ、ワシらも最初は仲良しこよしではなかったのう」
「……いろいろありましたね」
ふとエクセ=リアンの目が、遠くを見つめているように見えた。
それはこれまでの激闘の歴史を振り返っているのか、それとも遠い未来を見据えているのか。とにかく睫毛が長いので、実際のところはよくわからない。
「じゃが過去は過去、今は関係ない話じゃろ」
「あなたは本当に稀有な存在ですね……。わかりました。私もたとえ変人とはいえ、五十年来の知己を見殺しにするほど残酷ではないつもりです」
「変人は余計じゃわい」
ダーはすっと利き手を差し出した。
エクセ=リアンはか細い手で、その手を握りかえした。
こうして怒れるドワーフは、最初の仲間をゲットしたのだった。