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大乱戦

 濛々たる黒煙と砂塵が、3人の男たちをつつんでいた。

 

「ぐっ、この……貴様っ……」


 ひとりは凱魔将ラートドナである。その巨体を仰向けにして、立ち上がろうと手足をばたつかせるが、負わされたダメージの大きさに、それもままならない。四肢は虚しく地表をすべるばかりである。

 一方、異世界勇者のふたりも同じような状態であった。

 ケイコMAXは手足を震わせながら這いつくばっている状態だったし、ゴウリキも渾身の一撃をお見舞いして、もはや余力はゼロの状態であった。


「アンタ、立てるかしら?」


 ケイコMAXは立ち上がるのをあきらめ、ふてくされ気味に背中を大地につけた。ゴウリキはかろうじて苦笑いを浮かべて、


「……立ったら美女のキスが待っているなら、喜んで立つんだがな」


 と、仰向けの状態で言葉をしぼりだした。


「キスなら、アタクシがしてあげるわよ。好みのタイプじゃないけど」


「願い下げだ。聞きたくもない。失神してしまいてえぜ」 


 これ以上ない、正直な感想だった。ただでさえ、先に敵の必殺技を食らっていたのだから、意識があるのが奇跡のような状態だ。

 

「アラ、せっかくの人の好意を無碍にして。アンタ、それだからモテないのよ」


「オカマにモテたくはねえぜ。それより、こちとらクタクタなんだ。もっと色気のある相手と会話してえもんだぜ」


「それなら、傍らのウサちゃんとお話ししなさいよ。なにテレてんのよ」


「うるせえ、別に照れてねえぜ」


 仰向けになったゴウリキの傍らには、リーニュが膝をついて座っている。

 その両眼から絶え間なく流れでる涙を直視できず、ゴウリキはケイコMAXと会話していたのだった。まったく、女が泣いているのはしめっぽくていけねえ。

 

 そうゴウリキが思っていると、にわかに敵陣が動きはじめた。

 敵軍が大将を救出するため、突出してきたのだ。

 

「それ、総大将をお助けせよ!」


 と突進してくる兵の数は、ざっと4千ばかり。

 ゴウリキは必死に身を起こそうとするが、やはり立ちあがることはできない。

 敵はラートドナを後方へ運び出そうとするが、あまりの重量に、誰も彼を担ぐことさえままならない。結局は、両脇から数人がかりで後方へと引きずりつつの離脱となった。

 

「――おい、ここに手柄首が並んでいるぜ」


 魔族のひとりが、喜びに満ちた声を発した。

 最悪の状態であった。ゴウリキはかろうじて首だけ動かして、ケイコの方をみやる。


「おい、オカマ、動けるか?」


「動けたら、アンタみたいなのとすき好んで会話してないわヨ」


「状況は最悪だな」


 敵兵が接近してくる。この状態なら、草でも刈るように容易く、ふたりの首は刎ねられてしまうだろう。そう考えていると、ゴウリキの目前に、彼のパーティーメンバーたちが、ふたりの身を護るように立ちふさがった。


「おい、何を考えてる。勝てるわけねえだろ、とっとと下がれ」


「残念ながら、聞けません。私たちはゴウリキ様をお守りするために選ばれたのですから」


 と、青い顔で応えたのは、エルフの弓矢使いだ。

 一同は微苦笑を浮かべたまま、いっせいに頷いた。当然、リーニュも。


「頼むから逃げてくれ。お前らを死なせたくはねえ」


「わたし、ゴウリキ様が好きです。ですから、聞けません」


 涙を浮かべたまま、リーニュは笑った。

 敵兵が歓喜の叫びをあげながら突進してくる。ゴウリキは歯噛みした。

 なにが異世界勇者だ。大事な女ひとりも護れねえのか。

 ゴウリキが立ち上がろうと、なおも無駄な足掻きをしようとした瞬間である。

 

「うぎゃああああっっ!!」


 敵兵が、炎上した。

 ひとつの人馬が後方から突進し、敵陣へと剣を振るった。

 剣が炎を呼んだ。男は敵を、次々と燃やしていく。

 おどろきに一同が眼を向けると、男は名乗った。


「俺の名はヒュベルガー! 貴様らの卑怯なふるまいを見すごすことはできない。ここから先は、俺が相手になるぜ!」


 蒼い鎧に身をつつんだ男。ヒュベルガーはひたすら斬った。

 それは魔軍にとってひとつの悪夢だった。

 彼の影が炎のなかでゆらめくたび、愛剣レーヴァンティンが躍った。燃えさかる敵兵が地に落ち、鞍に誰も乗せていない馬が逃げていく。

 

「炎の悪魔……」

 

 それは皮肉にも、かつてザラマの戦いで、敗れた魔王軍の兵たちがヒュベルガーに向けた言葉と同じであった。剣と猛火がセットになって彼らを襲った。

 

「ええい、敵はひとりだ。押しつつんで討ち取れ!」


 誰かの叫びがこだまし、それはすぐに実行へと移された。

 たちまちのうちにヒュベルガーを中心にした、魔王軍の包囲が完成した。その敵兵の手には弓矢が握られている。直接触れずに、遠距離攻撃で仕留めてしまおうという算段だった。


「よし、放――ぎゃっ!!」


 命令は途中のまま、永遠に断絶した。

 指揮官とおぼしき男は、首から鮮血を撒き散らして鞍から転落した。

 それだけではない。


「ぎゃっ!」「ぐわっ!」「ひいっ!!」


 と、あちこちから首を掻かれた兵士が鞍から転げ落ちる。彼らは周囲を見渡すが、何者の姿もない。

 またたくまに全軍に動揺が広がった。まるで見えざる何かが、彼らの首を斬って回っているようであった。


「ほらほら、グズグズしてると、どんどん殺しちゃうよ」


 ぼんやりとした影が、やがて実体を持って姿をあらわした。

 ミラージュのリーダーであるベスリオス、その人であった。


「あ、あいつだ、あの女を狙え!!」


 号令がとぶころには、すでにその姿は風景に溶けている。

 どこだ、どこにいる。魔軍が狼狽して周囲を見渡しているときである。

 ヒュベルガーを包囲した兵の群れの一角が爆発し、宙に舞った。


「大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ、ファイヤー・ホーク!」


「――朱雀との盟により顕現せよ、ファイヤー・イーグル!」


 強力な魔法攻撃が、連続して彼らの側面を襲った。

 ザラマの誇る魔法使い集団、フォー・ポインツの魔法攻撃であった。

 

「――むう、あいつらを討て!」


「おいおい、よそ見をしていていいのか」


 そちらへと注目が集まった頃合を見て、ふたたび炎の悪魔が活動を開始した。注意を逸らしていた一瞬で、距離を縮められた弓矢隊は、立ちのぼる炎のなかで転げまわる羽目になった。

 炎が舞う。レーヴァンティンが斬る。

 見えざる魔手が虚空から喉首を掻く。

 破壊力満点の連続魔法攻撃が、陣を突き崩す。

 4千の兵は、ほぼ壊乱状態となった。


「伝令を出せ、退却しろと。いつまで醜態を晒しているつもりだ」 


 見かねた総大将、ラートドナはつぶやいた。

 本来なら、叫びたかったに違いない。

 ゴウリキの渾身の一撃をその身に刻まれたダメージは抜けてはいない。とりあえず安全圏まで引きずられ、幼児のように椅子をあてがわれて、ようやくその言葉を口にしたのだ。

 

 魔王軍4千は、5百ほどその数を減らし、ほうほうの態で帰陣した。

「無様な真似をしやがって」そう罵ってやりたいところだったが、元々は苦境に陥った彼を救わんとしてやってきたのだ。ラートドナとしては、あまり強い言葉をかけることもできない。

 

 彼は視線を戦場へと向けた。

 勝利の凱歌をあげた冒険者集団は、馬の背中に乗せた異世界勇者を護衛するようにとりかこみ、意気揚々とザラマの町へ帰還するところだった。


 いいだろう、今は調子に乗らせておくことにしよう。

 第一ラウンドは引き分けと言ったところだろう。

 だが、次はそうはいかん。

 燃えるような瞳でザラマの町を睨んだラートドナは、雪辱を誓った。

 

 だが、華々しい野戦はそれ一回かぎりだった。

 それ以来、どれほど挑発しても、ふたたびザラマの門扉が開かれることはなかった。市壁をはさんで、両軍はひたすら地道な攻防をくりひろげることとなった。

 強化されたザラマの市壁は容易に陥ちることはなく、戦況は長期戦の様相を呈し始めた。


こんばんは、115話をお届けします。

次の投稿は月曜を予定しています。

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