過去
ヤヒロ。
この世界で、俺はそう呼ばれていた。そしてあの時の老婆が、このヤヒロという青年の祖母であるらしい。
その祖母が今、目の前にいる。
「とりあえず、自己紹介しておこうかねぇ、はじめまして。私はメリル。あなたの
祖母だよ。」
「あ・・・・どうも、はじめまして。俺は―・・・・?」
(あれ・・・?俺の名前・・・)
俺は自分の名前を言えなくなっていた。名前を言おうとしても、ヤヒロ・モリユギの名前以外出てこない。
そもそもそれ以外の名前があったのだろうか。『ヤヒロ・モリユギ』
という名前を意識しすぎて、ゲシュタルト崩壊しはじめた。
(俺は、誰だ)
「おやおや・・・ちょっと混乱させてしまったかねぇ。まだゆっくり休むといいさね」
その後俺はメリルに事情を話した。
全く違う別の世界にいたこと。
気づいたら、違う自分になっていたこと。
そのすべてを聞いたうえでメリルは考え込んで、少し難しい顔をしながら
「しばらくここでゆっくりしなさい、でもこれは現実ですよ」
ゆっくり説き伏せるように、優しくメリルは言ってくれた。
俺はその後この世界を教えてもらった。
この世界には魔法がある事。
その魔法は誰でも使えるわけではないこと。
属性というものがあり、人によって扱える属性が違うこと。
それと、森や山には魔獣というものが居るから、迂闊に入ってはいけないこと。
それ以外にも、家族のことや生活の事、果ては『ヤヒロ・モリユギ』がどういう性格をしていたか、何歳だったかまで。
俺はこのヤヒロという体を乗っ取ってしまったのだ。しかもまだ14歳という少年だ。この世界では、男女関係なく16歳で成人の儀を迎えるのだが、その大切な青春の時間を奪ってしまうかもしれないのだ。
そんな微妙な後ろめたさと共に、おれはこの世界に新鮮味を感じて胸が高鳴っていた。
(ここでなら、この世界でなら、俺の人生やり直せるかもしれない。)
そう思った。
俺はこの日から、祖母のメリルに魔法について教わった。
本来は魔方陣を描くか、詠唱して発言させるらしい。
日々の生活にも魔法は浸透していた。
たとえば料理で使う火だ。
現実世界ではガスコンロ。
こっちの世界では「魔石」と呼ばれる物に、火の魔方陣を描き魔石そのものを熱して、そのうえで煮る、焼くなどをする。
IHヒーターの様なものだ。
そして水道。街や村に井戸があったり水路もあるのだが、基本各家庭に大きな水瓶
をもっており、その水瓶に管を刺しその管の先についてある、小さな魔石に魔力を
通すことで水を吸い上げるという、うまく考えられた装置だった。
オール電化ならぬ、オール魔力のような感じだ。
しかし、冷蔵庫など常時魔力を消費するような物はなく、食品の保存方法は
肉や魚は塩漬けや燻製にして保存。
野菜も季節の物を採って食し、冬は乾燥させた野菜や、酢漬けにして瓶詰にした野菜
を食すというものだ。保存食については一考の余地はありそうだ・・・
そして、なにより驚いたのは治癒魔術である。
その治癒魔術は、魔獣討伐しに行った際、街の青年が肩の肉がめくれ上がる大けがをしたのである。
しかし、治癒魔術師が印を切るように詠唱し、柔らかいタンポポの産毛のような光を放った瞬間、みるみる肩の傷がふさがれていくのを見た。
中には解毒魔法もあり、体内の解毒はもちろんの事、毒のある山菜にかけることで食えるようにもなるらしい。
まさに魔法様様である。
そのせいか、治癒魔術師はほとんど医者か、上級冒険家や貴族などのお抱え魔術師になることが多いらしい。
おれはこの世界の仕組みにワクワク感を覚えたが、同時に
(この世界で生きていけるのだろうか)
という不安が大きかった。
そしてこの体の持ち主であったヤヒロ・モリユギという意識はどこへ行ってしまったのだろうか。
俺は、せめて本来の持ち主の意識が目覚めたとき、きちんと生きていた、
誰にも迷惑をかけず過ごしていた。
と言えるよう、『本来の体の持ち主』のために、こっちの世界で生きた。
その後、祖母メリルに魔法を教わり、母のレーネや姉クローネの家事の手伝い、自分の体がまるで少女の様な細い体を見て、これは病気にもなるなと思い、満足に走れもしない体で朝早くから走ったり、筋力トレーニングに励んだ。
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