その10
「ですが、ラティオの御陰でタンブーロが繁栄したところもありますんでねぇ。止めるに止められなかったって云うのもあると思うんですがねぇ」
フリントは今とあの当時の事を比べて便利になった事柄を思い浮かべる。
ラティオの強欲さは回り回ってタンブーロの経済を効果的に回す効果があった。常に商人や職人達に新しい血を入れる事を強要し、それまでの実績に胡座をかいている者はいつの間にか置いていかれ、変化と革進をもたらす原動力となっていたのだ。そのために、一度始めた以上自分が止めれば折角上手く行っていたことが駄目になりかねないこともあり、ある意味で辞め時を失ってもいた。ラティオはアレウスの忠言を無視していたのではなく、環境がそれを採用させなかったとも言えた。
今となっては確認の仕様が無いが、多分当人が一番それを理解し、軌道修正したかったのだろうとフリントは考えていた。貴族や支配階級層を敵に回していては彼の夢は叶えられなかったのだから、問題はどこで軌道修正するか、その一点であっただろう。
アレウスへの反発をさておいても、彼の最後の決断は上手く行けば軌道修正する理由付けになるとの目論見もあったのではないか、そうともフリントは推測していた。
いずれにせよ、死者がどう考えていたかを確認する術もなく、ラティオ亡き後も緩やかなれど彼の方針は緩やかに息づいているため、詮無き事には変わりはない。
「彼奴が呼び込んだ職人達はまだ残っているのか?」
フリントの追想を知ってか知らずか、アレウスもラティオの遺産がどうなっているかを尋ねて来た。
「相当数残っていやすよ? ラティオが死んでも何やかんやで貴重な素材を使った注文が多いんですぁ。故郷に戻って在り来たりの素材で何か作るよりも、こっちで迷宮産の希少な素材を使って仕事したいって職人がかなりいやすからねぇ。故郷で死を迎えたいって年寄り以外、こっちに居着いちまった連中だけですぁ。それに年寄りもこっちで骨を埋める気の方が多いですしねぇ。タンブーロの商人からしてみれば、ラティオ様々って処じゃないんすかねぇ?」
アレウス達の徒党が解散したとは言え、それでもまだ第六層に足を進めた徒党が幾つか存在しているのだ。迷宮で産出される素材を使って何かしたい場合、通常の流通では手に入らないのだからそこまで潜っている徒党と直接契約するしか術はない。迷宮都市以外でそれらの素材を日常的に扱えない以上、それを用いたいと思う職人はタンブーロを離れられなくなっていた。
そして、優秀な職人と取引をしたい商人もまたタンブーロの街から撤退する理由がない。逆に、ラティオが中原中から優れた職人を招聘してしまったせいで、タンブーロほど質の良い装備を産する街が他にはなくなってしまった事も大きい。商人同士の繋がりや自分達のやり方に疎い領主もいない等の好条件も含めれば、この街を本拠地にする商会も未だに多い。
強いて問題を挙げるならば、ソーンラントと近隣の“江の民”や“山の民”の緊張が退っ引きならないところまで高まっているところだが、その辺りの機微を掴めない者ならば最初からこの街に身を寄せたりしないだろう。
元々タンブーロの街が迷宮都市の需要と供給を求めて商人たちが集まってきた経緯はあれど、ラティオによってより鮮明に金回りが良くなったのは間違いなく、ラティオがいなければ今ここまでタンブーロが恐ろしく栄えていなかった。故に、今でもラティオを讃える商人は数多い。
「俺を怨んでいる者もまだいるという事か」
「本人達も逆恨みだと理解はしているんでしょうがねぇ。直接うちと関わっていなかった連中ほど恨みを抱いているのだから始末に負えませんなぁ」
フリントは思わず苦笑した。
彼らと付き合いのある者ならば、ラティオとアレウスの意見の相違やそこからの徒党の行き着いた先に不満を持つ者は誰もいなかった。前人未踏の第八層で過信による半壊から少なくとも死体を連れ帰っての帰還なのだから、これに文句を付ける者がいたとするならば、それは大迷宮について何も理解していないことを自ら示しているに過ぎない。誰しもがぎりぎりのところを決断し行動しているのだ。
故に、アレウスが徒党解散を決断した時も彼らと直接取引のある面々は致し方のないこととその決断を尊重した。
しかし、彼らが必要としないものを手に入れることで利を得ていた者たちは挙って文句を言った。その上、ラティオを見捨てたとまで言い募った。
アレウスは遠く旅立ち、リサは迷宮都市で引き籠もっていた以上、矢面に立ったのはフリントとアスティアである。
そして、二人はそれぞれ迷宮都市を代表する組織の大幹部でもあった。
表立って言い募る者にはそれぞれの組織から警告を与え、それでも態度を改めぬ者にはきつい仕置きを与えた。フリントもアスティアもどうでも良いと思ってはいたのだが、流石に目に余る行動を取られると自分達の組織の都合上宜しくないと判断せざるを得なかったのだ。
それもあってか、今でも表には出さないが彼らを怨み続けている者がそれなりにいる。
大迷宮に潜る冒険者達からは今でも悼まれることはあっても、あれは間違いだったと糾弾する者は一人も現れていないことだけが救いであった。
「まあ、いいさ。人が一番苦しんでいる時に手助けしてくれる者以外は頼りにならないというのは世の常の様なものよ。マティロ商会はその意味でも頼りになる、それが分かっただけでも十二分さ」
「正に、正に」
アレウスのぼやきにフリントは我が意を得たりとばかりに力強く頷く。「何せ、一番大損しているのにあっしらへの付け届けを欠かさぬ義理堅さは何者にも勝りますぁ。組合に入ってくる若手に思わず勧める程度には信じられるものですぁ」
「お前に投資した分は軽く戻ってきていそうだな、それは」
アレウスはくつくつと笑う。
マティロ商会に預けているアレウスの収集品や季節の付け届け、その他諸々の便宜を考えれば、アレウスに対する投資は回収できるものではないと考えていた。アレウスがこの後最終層まで到達し、そこで手に入れたものをマティロ商会に回せれば取り戻せるかもしれないが、現状可能かどうかもあやふやなことを勘定に入れているとは思えない。
先々のことを考えた投資にしてはどうにもおかしいと常々思っていたのだ。




