その9
「一種の悟りなんですかねぇ?」
常人や凡人では理解できぬ境地を端的に説明するなれば、最早フリントにはその言葉で集約するしかなかった。
「だろうな。得てして、求道者が行き着くところは何らかの境地であるからな。我ら剣客が求める境地が他者に理解されるモノではないだろうよ。世の中得てしてその様なモノであろうよ」
アレウスはふと左右を見渡し、「見た事ある場所だな」と、呟いた。
「まあ、そうでやんしょうねぇ。ここいらは余り変わってやせんからねぇ」
フリントは笑いながら案内を続ける。
アレウスも慣れた足取りでそれに続く。
「んー、気の所為かなあ? 凄くこの街入り組んでいない?」
二人の後に続きながら、今迄歩いてきた道程を頭の中で再現してレイは愕然とした。
「まあ、迷宮都市ほどじゃないんですが、こっちの街も計画的に作られたもんじゃありやせんからねぇ」
フリントは笑いながら、「大迷宮で得られる富を得ようと中原中から人が集まってきやすからねぇ。良い土地を少しでも得ようと奪い合いになるから気が付いたらこんなもんですぁ。御陰で、うちの組合が働きやすい環境なんですがねぇ」と、ぐるりと辺りを見渡してみせる。
「常道から云って、埠頭から目抜き通りに至る道がここ迄複雑なのは商業都市としてどうかしていると思うのだがな」
「まあ、自治都市でもありやすからねぇ。外敵に対して備える必要もありますぁ」
当たり前の事柄を述べるアレウスにフリントも常識の範囲で答える。「ま、それに街中で商売する連中はお上りさんだけですぁ」
「云えているな」
くつくつと笑いながら、アレウスは深々と頷いて見せた。
「どういう事?」
「何、本当に大事な商談ならあっちで遣ると云う事さ」
レイの問い掛けにアレウスは右手の親指で迷宮都市がある方を指した。
「迷宮都市には大迷宮の探索許可を持った冒険者か、あちらで店をやる免状を持った商会の人間ぐらいしかいやせんからねぇ。タンブーロにあるのはどこでも売っている様な日常品ばかりですぁ。旦那の収集品の大半も向こうにあるマティロ商会に預けてありやしょう?」
「他に安全な場所があるならそこでも良いのだがな」
フリントの問い掛けにアレウスは遠回しに肯定した。
「え、アレウスの収集品ってまだあったの?」
レイは思わず驚きの声を上げた。
何せ、レイが見せて貰っていた彼の収集品ですら一国を購うのに十分なものであったのだ。それ以外にもまだあるとなれば、一体どれほどの資産なのか想像も付かなかった。
「実家に送るわけにもいかなくてな。気に入ったもの以外は全部マティロ商会に預けている。まあ、気に入ったものも傭兵組合に預けているから手持ちという訳ではないが、流石にあれだけでも相当交渉した末でのものだからな。泣く泣く向こうに預けっぱなしのものもある」
そう言いながら、何とも言えない表情でアレウスは迷宮都市の方を見ていた。
「いやぁ、盗まれたらどう弁償して良いモノか分からないモノを預かりたいって云う奴が頭おかしいと思うんすがねぇ」
商売柄、様々な盗品を扱う事もあるフリントとしては、値を付けられない物を普段使いの物と同じ様な感覚で扱っているアレウスに一言釘を刺しいたい心境であった。
流石にアレウスから物を盗んでこの街で捌く事はないだろうが、仮にアレウスの物と知っている物が流れてきた場合、どれほどの恐慌が近隣の裏社会に走るかを考えれば、予防線を入れたくなるのも心情である。どう考えても、アレウスの収集品をどうにかできる資金がある市場はこの街以外に考えられない。何かの拍子で流れてきた場合、誰がそれを盗品か正当な売り物だと確認するか、考えただけでフリントの頭は痛くなる。
ただでさえ、この街では大迷宮絡みの表沙汰にできない裏市場があるのだ。余計な火種は増えて欲しくなかった。
「マティロ商会に預けているモノに比べれば随分と穏当なモノばかりなのだがな」
フリントの反応から自分絡みの面倒事を嫌っているのを察し、アレウスは大した問題ではないと言外に伝える。
「ラティオと殴り合いで所有権を譲らなかったモノもありやすしねぇ」
フリントにしてもアレウスの収集品は懐かしさを覚える思いでの品々である。思わず当時の事を思い出して静かに笑った。
「通算の成績で見ると、あいつの方が持って行っているんだよなあ。ここ一番では手段を選ばず勝ちに行ったが、そこまでやるべきか悩んだ奴は全部持って行かれたからなあ」
「そこら辺の駆け引きは上手い男でしたからねぇ。自分で使わない分は全部売り払うのがラティオの流儀でしたから、旦那も必死でしたけどねぇ」
「勿体ないだろう、あれほどのモノを売り払うのは! 彼奴はそこら辺の価値が分かっていなかった。まあ、売った金で必要な装備を買い揃えていた点は文句なしではあったが、な」
「そこら辺が旦那とラティオの流儀の違いですかねぇ。旦那は無理せずに装備を揃えて迷宮で見つけた好みの得物を手元に置く。ラティオは今必要ないモノを全て金に換えて、それを使って最強の装備を買い揃える」
一つ二つ頷きながら、フリントはラティオの事を思い出す。
金に五月蠅いところはあったが、守銭奴というわけではなく、常に正当な物の評価をするための指標として金を重んじる男であった。実際、金払いは良く、あれだけ収入が合ったにもかかわらず、持っている貯金額は微々たるものであった。資産額で言えば、アレウスを凌いだかも知れないが、そこら辺は個々人の好みの違いというものであろう。
「最強の装備を手に入れる為にその素材を扱える職人を探し出し、その整備の為にもその職人をタンブーロまで招聘するともなれば際限なく金が掛かる。素材自体も出物があれば大迷宮で見つけた物以上の物を買い漁る。俺の流儀にはあわぬが、理には適っている。まあ、難点を云えば、金に飽かせて何でもやる男と云う悪評を立てる事なのだが……当人はそれを褒め言葉と受け取っていたしなあ」
アレウスは天を仰ぎながら右手で額を押さえる。「然う云う処が貴人受けしないと何度も忠言したんだがなあ。本当に己の流儀を曲げない男だったからなあ」




