その8
「……ない、かな? その多くが戦場を往来しているから隊商の護衛など選ばぬ。古式床しい廻国修行の掟を守って難行苦行をしている者もいるしな。普通に旅をしていたら先ず会わぬよ」
「まあ、傭兵が隊商に雇われるのは普通の旅、かな?」
アレウスの言う艱難苦行が如何なるものか分からないため、レイは困惑しながらも同意した。並べ立てられたものが戦場であったこともあり、それに比べれば平時に近いものであろうと推察した。レイからしてみれば、護衛しながら四六時中緊張を強いられることが平時であるとは考えられなかったが、アレウスの常識はどこか常人と外れていると理解していた。そうでもなければ、流石に多少の抗弁をしたであろう。
「旦那の普通が世間とは違うモノなのは良いとして、旦那や“野人”級の剣客がもしこの街に来たとして、大迷宮で稼げるもんですかい?」
組合の仕事半分、自分の興味半分といった心持ちでフリントはアレウスに疑問を投げかけた。大迷宮に入る冒険者の素性を洗う事は盗賊組合の主な仕事の一つである。悪意を持って迷宮都市に入り込まれる事態を避け、もし危険だと察知したならば始末する事まで担当しているとなれば腕利きの情報は一つでも多い方が良い。
そうは言っても、仮にアレウスと互角かその領域に入り込んでいる者が悪意を持って入り込んだ場合、どう考えても盗賊組合では手に余る。その場合は今の迷宮都市の状況に好意的なアレウスなり、“野人”なりに依頼しなければならないだろう。
どう対処するにしても情報は多い方が良く、迷宮都市に入り込む可能性を知っておきたかった。
「些か引っ掛かる物言いだが、まあ、良い。大迷宮で働けるかとの問いにならば、人によるとしか答えようが無いな」
アレウスは少しばかり考え込みながら、「大体の連中が魔物を斬るのと人を斬るのでは違うと理解している。俺みたいに人を斬る事を主眼にしている連中は先ず大迷宮には適応できまい。魔物を斬る価値を見出していないから、来る気もないだろうがな。逆に魔物を斬る事から初めて、人を如何に斬るかという目的を持った者はやっていけるだろう。但し、人を斬る事の方に夢中になっている連中が多いからやっぱり来る気はないだろう。“野人”と同じく全てを斬る事に興味を持った者ならばやって来もするだろうが……別に大迷宮で斬らなくとも魔物はそこらにゴロゴロしているからな。余程金が欲しい理由でもない限り態々やって来はすまい。俺みたいなのが特殊なだけだろうよ」と、説明した。
「御言葉ですが、魔物を斬るにしても大迷宮の方が好都合なのではないんでしょうか? それに、外で魔物を斬るよりも儲かりやすし、ゴロゴロしていると云っても探す必要がありやしょう?」
額を右の掌でぴしゃりと叩いてから、
「ああ、済まん。大前提を云い忘れていたか。大抵の剣客は、独力で何とかする事を良しとする。まあ、戦場働きは一人では何ともならんから良いとして、他人と共に倒した魔物は己の剣理の先に倒したものと云えるのか? 然う云う意味でも、徒党を組んでまで大迷宮に潜りたいと思う者は少なかろうよ。俺に云わせれば大迷宮での戦いも戦場と変わらんと思うのだがな」
と、アレウスは言った。
「まあ、然う云う事なら分からないでもないんですが……然う云うもんなんですかねぇ?」
微妙に納得いっていない顔付きで、フリントは首を傾げた。
「まあ、己の剣理を確かめる為に斬りたいだけだからな。煩わしい世俗の事柄と縁遠くいたい者も多いと云う事さ」
「んー、じゃあさ、アレウスを始めとした剣客の目的って何なの?」
アレウスの台詞を聞いているうちにレイはふとした疑問を抱いた。
今までこれほどアレウスの考える剣術というものに対して突っ込んだ会話をしてこなかった。漠然と世界最強を目指しているのかと勝手に想像していたという事もある。
しかし、一連の会話からそうではないのではないかと言う疑問に突き当たったのである。
ある意味で良い機会と取り、レイは尋ねてみる気になったのだ。
「矢張り人それぞれとしか答えられぬが……強いて云えば、己の思い描く方法で武の極みに達する事、かな?」
「武の極み、ですか?」
アレウスにしてはあやふやな答えであった。
大迷宮での戦いぶりから己の腕を磨くと言う事に拘りを持っている事は分かっていた。フリントが知り得る限り、人類種としてアレウスは最強の部類であると言い切れる。それでもなお、求道的に強さを求めていたのは確かなのだが、分かり易い力という意味で強さを求めていたラティオとは何か違うとは薄々勘付いていた。当時は大迷宮の謎そのものに興味があるからだと思っていたのだが、今の答えを聞き、ラティオを始めとした大迷宮に挑む戦士とは何か一線を画す全く違う領域に生きていると確信した。
問題はその領域をフリントでは全く理解できないという事であった。
「その場にあるだけで生殺与奪の全てが我が掌の上にある状態、とでも云おうか……。抜きとか居合いとかで云う処の“勝負は鞘の内にあり”を具現化したモノとでも云うか……。うーん、自ら言葉にして現そうとすると存外難しいものだなあ」
アレウスは苦笑しながら首を数回横に振って見せた。
「個人的な感想なんすがね、そんな境地に達してどうするんですぁ?」
アレウスとフリントは大迷宮探索と言う非常に濃い時間を共有してきた相手ではある。短い言葉から相手の考えを読み取るだけの繋がりがあると言って良い。
しかし、そのフリントからしてみても今のアレウスが何を伝えたいのか理解し難かった。そこに至って何をしたいのか、それが全く見えてこなかったのだ。決定的に生き様が違うと言ってしまえばそれまでだが、そうであったとしても何かしら通じるものがある筈なのだ。少なくとも他の事柄はそうなのだから、この件だけ例外だと言う事に何か受け入れがたいものがフリントにはあった。
「ふむ、そうだな……。よく云うであろう、そこに山があるから登りたくなる、と。それに似ておる。己がそこに達せそうに見えるから、そこから見た風景を知る為に腕を磨くのだ」
「自分が最強である事を確認する為に?」
「否。それは違うぞ、レイ。そこに至れば最強の座は勝手に付いてくるのだ。我らが欲するのはその過程で何を掴むか、よ。その為にも己の剣理を見出し、己が技を磨き上げるのだ」
同じ剣士のレイですら自分の考えに付いてこられない様を見て、アレウスはどう説明したモノか本気で悩んだ。




