その6
「おう、フリント。案内してくれるのではないのか?」
「おっと、こいつァ申し訳ありませんですぁ。今案内しますぁ」
数歩先で振り返ったアレウスに慌てて詫びるとフリントは小走りで前に出る。
「お付きの者は良いのかい?」
警護の者と一緒に立ち去っていったアスティアを見ながら、残っている群衆をアレウスはぐるりと見渡す。
「まあ、うちの場合は、表に出ている奴らは使いっ走りですからねぇ。本当の護衛はどこかに隠れていますぁ」
「ふん、どうせどこに居るかぐらいは気が付いているだろうに」
すっ惚けるフリントにアレウスは思わず苦笑する。少なくとも、大迷宮第四層を突破している様な腕利きならば、何となくここら辺に隠れていそうだなという気配を感じて当然の相手であった。当然、表でフリントを警護している者達とは比べものにはならないのだが、それでも何か物足りなさを感じた。
「まあ、あっしよりも旦那の方が把握されているでしょう? その程度の連中しか居ないもんでしてねぇ」
「まあ、腕が立つ者ならば、大迷宮に挑むか、普通は」
「へぇ、そうでやんしょうなあ。この街でいくら盗賊が表稼業だと云っても組合での稼ぎなんざぁ知れたもんでございやしょう? 稼ぎに来ているというのに堅気の仕事と同じ稼ぎなんざぁ意味がありやせんもの。そりゃぁ、自信があれば大迷宮に潜りますともさぁ」
「成程、腕が良い者が居るとするならば、お前の様に迷宮探索から足を洗った者たちぐらい、か。そして、その様な者はもっと他の仕事に回すから、お前の監視兼護衛は何とも形容のし難い者たちが担当と成る訳か」
フリントの種明かしにアレウスはあっさりと頷いた。
迷宮都市でその存在が公認されているからと言えど、盗賊稼業は真面な方便ではない。本来が裏稼業である以上、地上で儲けるならば後ろ暗い仕事でもない限り生きていくのがやっとであろう。態々日の下で大手を振って歩ける立場になったのに、何が悲しくて態々他の街でもやれることをやらねばならないのか。どう考えても、一攫千金が狙える迷宮に挑んだ方がましなのである。
地上でやれることなど、迷宮で働けなくなってからでも遅くないと考える者が多いのも当たり前の事である。大抵の者はそのためにこの街に来るのだ。
しかし、どの様な強者でも常日頃から毎日大迷宮に潜ってなどいられない。装備の整備の問題もあるし、日の当たらぬ暗い地の底で何日も過ごすのは精神的にも追い詰められる。大迷宮探索一本で喰っていける様になるまでは地上でもそれなりに仕事を請け負うのが良くある話である。それなりに腕が良く、ある程度自由に動かせる者となると地上で休暇を取っている現役の探索者辺りが定番となるのだ。今、周りに潜んでいる者らもその類であろうとアレウスは即座に見破っていた。
「まあ、これでもそれなりの連中なんですがねぇ。旦那は少しばかりそこら辺の感覚が麻痺していやすからねぇ」
「違いない」
アレウスは呵呵と笑う。
彼は己がどれほど恵まれた環境で育ってきたのか嫌と言う程知っている。超一流と言っても過言ではない剣士たちが食客として家に滞在していたり、長兄の手の者の働きを見知る機会に恵まれたり、好きな道に没頭していても咎めを受けることすらなかった。
カペーの動乱で傭兵として雇われている時も、大迷宮に挑んでいた時も、廻国修行で中原を彷徨いていた時も僥倖に恵まれていたと言って良い。彼が望む高い水準での腕の競い合いができる環境を常に手に入れていたのだ。
だからこそ、自身が底辺で苦労する状況など全く以て縁がなかった。
「旦那は分かっている方ですから構わないんですがねぇ。敵を作ると云った話で済まないんですから、多少は自重して下せぇ」
「何、俺を相手にすることを前提としていた割にはお粗末だと思ったまでだよ。別段他意はない」
「……この街で旦那と真っ向から対立しようとする組織何ざぁ、一つもありやしませんですぁ。そんな事するぐらいなら、夜逃げか、完全降伏しますぁ」
真顔でフリントは首を横に振った。
アレウスは己を過小評価しているが、中原広しと言えど、一流を開ける理論と腕を有した対人特化の剣客など他に類が居ないのだ。その上で、戦陣の経験もあり、魔物との闘い方も心得ている。迷宮都市内でそんな化け物と敵対するなど自殺行為としか言い様がなかった。
今回の件もアレウスをどうこうするためではなく、多視点による情報収集兼アレウスに近しすぎるフリントのお目付役である。
「それ程この街に住む者が潔いものかな?」
「命はおしいですぁ」
アレウスの問いにフリントは即答した。
横で聞いているだけのレイも思わず頷く。アレウスを知る者であるならば誰もがそう思うと咄嗟に理解してしまったのだ。
「俺を殺人狂か何かの様に扱うのはどうかと思うがね」
「ですが、敵は斬り殺しましょう?」
「情報を搾り取ってから、な」
アレウスは肩を竦め、「殺してしまったら、話は聞けまい? 単独犯なのか、後ろに何者かがいるのかは確認せねばならんだろうよ」と、にやりと笑った。
「殺人狂の方がある意味で可愛いんだよなあ」
アレウスの表情を見て、レイは首を横に振った。アレウスと殺人狂の前に敵として立てと言われたのならば、レイは悩みもせずに殺人狂を相手にするであろう。勝てる勝てない以前に相手をしたくないのである。アレウスだけは敵に回してはいけないとレイは旅をともにしている間に悟っていた。
「まあ、旦那以上の使い手が殺人狂でしたら話は別なんでしょうがねぇ」
フリントもフリントで徒党を組んでいる時にアレウスの恐ろしさを骨の髄まで理解させられた口である。ありとあらゆる面からアレウスの敵になるのを拒んでいた。
「俺以上の使い手ならば、フリント、お前とて知っているだろうに」
二人のそんな態度を全く気にせず、アレウスはフリントの台詞で聞き捨てならないものへと興味を移した。




