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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 兄たちの遊び
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その3

「流石にそれが何であるか迄は分からないが、“覇者”が何かを必死に捜索していた事までは(つか)んでいる。南への対策をギョームへの手当やジニョール河北岸の要塞化で防備を堅め、北はアーロンジュ江南岸まで進出するという戦略か、ジニョール河北岸の防備を固めつつギョームを策源地にしたカペー侵出に打って出るかに関わる秘事かと思っていたのだが……。どうにもアレウスの報告と最近の“帝国”の動きを見ていると中原王朝で何か起きていると推測せざるを得なくてな。まあ、これ以上の調査をするには金が足らん。ハイランドを掌握すれば国の諜報網も利用できる故、もう少し絞れるのだがな。ま、今の状況では無い物ねだりよ」

 再び壁の地図を眺め、「いやはや、選択肢の多い事は羨ましい事よな。南を“帝国”と接し、西は峻険(しゅんけん)なる大山脈に住まう龍と龍騎士に脅かされ、北はそれなりに仲の良い山小人(ドヴェルグ)の領域だから逆に勢力を伸ばせない。かくも四方を囲まれている我が国では今や弱体化しているソーンラントのアーロンジェ江北岸を掠め取るのが精一杯であろうな」と、苦笑した。

「我が国の国力を思えばそれだけ出来れば十分だと思うのですがね」

 何も知らぬものが聞けば大言壮語としか思えぬ兄の台詞にダリウスは正直な感想を述べる。

「発展の伸び代はどの国よりもあると思うのだが、いかんせん人の数が、な」

 悩ましいとばかりに顔を顰め、長兄は天を仰いだ。

「山間の国ですからな。兄上が当家の民政を担当してからの人口増加、食糧の増産、産業の振興具合を見れば時間さえあればなんとでもなりそうですが」

「流石に我ら人間の寿命は森妖精(エルフ)やその他の長命人種には敵わんから遣れる事にも限度があるよ」

 弟の慰めにも似た言葉に長兄は苦笑で返した。

「百年単位でしょうからねえ」

 ダリウスの方もそれをあっさりと認めた。

 ハイランドという地域の地勢は山間の盆地であり、北の縁を流れるアーロンジュ江の数本の支流が盆地を縦断していた。王都の周りの土地は肥沃であり、土地を開発する人手さえあれば繁栄が約束された恵まれた大地である。その上、山間の土地にありがちな厳しい冬の気候ではなく一年を通して農業に向いた土地柄でもあった。

 戦略物資の馬や鉱物資源にも恵まれており、近隣に住まう山小人を始めとした人間以外の人類種との関係も良好、付け加えるならば山小人に頼らずとも鉄鋼を打てる鍛冶師も数は少ないとはいえ存在した。これは他のどの国も成し遂げていない事実であり、どこも真似の出来ない優位な点であった。

「本当に後は人口さえなあ」

 長兄は深々と溜息を付く。「御先祖様がスクォーレで何らかの大災害に遭い、中原王朝の開祖は東へ、我らの先祖は北に逃げてきた訳だが……せめてもっと人を連れてきてくれていればなあ」

「川沿いを下るのと、峻険な山を抜けるのとでは付いてくる人数も変わりましょうな」

「分かっておるわ」

「まあ、それにスクォーレから逃げた人の数よりも中原に最初から居着いていた人の数の方が圧倒的に多いのですから、兄上の前提はある意味で間違っておりますな。付け加えれば、我らがハイランドに最初から土着していた人口も少ない。山小人は鉱石のある山岳にしか居りませんし、西の“龍の民”は山裾には興味ありませんからな。大規模移住でもない限り、この地に突然人が増える事などあり得ませんな」

「冷静な指摘どうもありがとう」

 ダリウスの指摘通り、天険の要害とも言えるハイランドに好き好んで移住してくる者など基本的にいないと見なさねばならない。人の数を増やすとならばそれこそ産めよ増やせよと多産を奨励するしかないが、それに会わせて食料生産量やら日常品の増産も図らねばならないため、やはり一朝一夕の問題ではなくなる。この問題は結局大規模移住者がやって来ても変わらないが、即戦力と戦力になるまでの間増産を現状の手数で行わなければならない二つを比べると、食糧余剰料の兼ね合いの上限までの都合の良い人数が移住希望しないものかという都合の良い願いを為政者が持つのも又仕方の無い事である。

 そして、この長兄は為政者の側であった。但し、怖ろしく現実的ではあるが。

「まあ、無い物ねだりしても仕方がない。今ある手札で最高の役を作り、後ははったりで相手を場から降ろせば良い。差し当たっての問題は“覇者”ではなく、“帝国”よ」

「こちらに来ますか、“帝国”は?」

 兄の断言を聞き、ダリウスは目を細めた。なんやかんや言っても、この兄弟は武の名門の男子である。強敵と戦える機会を求めるのは最早(さが)とも言えた。

「その為の今の動きだろうさ。“覇者”があれほど焦って取り戻そうとしている秘事だ。一度“帝国”が手に入れれば動きが取れなくなるものなのだろうよ。そして、その隙に帝国は北伐を仕掛けるつもりだろう。もし手に入らなかったとしても、既に“覇者”はソーンラントへと手を掛けた。“帝国”に対して決戦を選べる状況ではない。これまたやはり、帝国が北伐を仕掛ける機を得たと云える。暫くは、スクォーレ近郊を注視するしかあるまい。付け加えれば、ソーンラントを制圧するであろう“覇者”がこちらに悪さする気になる様な隙を見せない様にすること、か?」

「兄上は“覇者”がソーンラントを制する、と?」

 ダリウスは首を傾げる。「あのファーロス一門がそう易々と譲り渡すとは思いませぬが?」

「連中はハイランドに於ける俺らの様なものだ。王ではないし、武の名門ではあるが国を掌握している訳ではない。まあ、ラヒルが陥落し、王家が絶えたのならば話は変わるが……流石にあのソーンラントの王家がその程度で根絶やしに成る訳あるまい。無駄に王族が多い上、全土に分家を散らばらせているのだぞ? “覇者”が如何に有能であれ、それをたったの一戦で行う様な異能はないよ。だから、ファーロス一門が一番気に入った王族が次の王統となり、再建を図るだろうさ。まあ、“覇者”も中原の人類至上主義寄り故、“江の民”や“山の民”を味方に付けないだろう。そこに大いなる間隙がある。さあ、忙しくなるぞ、ダリウス。待ちに待った俺達の時代だ。“帝国”に“覇者”、相手にとって不足はない。連中の足を掬うためにも、先ずはハイランドの掌握よ。取り込める家は取り込め。積極的に兵を動かし名を揚げよ。来たるべきその日に我らが兵権を握っていられるよう国の信頼を勝ち取るのだ。その日は間近ぞ」

 楽しくて楽しくて仕方のないと言った顔付きで長兄はダリウスを見た。

 ダリウスも又、似た様な表情を浮かべ、

「兄上の仰せのままに」

 と、頭を下げるのであった。

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