その4
「分かってますぁ。それぐらい分かっておりますぁ。アレウスの旦那が何であそこまで慎重だったのかも、今なら嫌と言う程分かりますぁ。二度目の機会など与えられないからこそ、常に万全を期すべきだったんですぁ」
アレウスがあれほど諄く警告していたのに、それを無視したのは自分たちである。その挙句の果てが徒党半壊となる敗北である。三人分の死体を守りながら地上まで帰還しきったアレウスに言い返せるはずもなかった。
何せ、アレウスにしても命懸けの行動である。本来ならば、自分の意見に反対した相手のしたいなど放置して逃げ帰っても誰も文句は言うまい。それどころか、初めて訪れた階層でその様な事態になったのならばそれが普通なのだ。第七層にしても完全に制覇していたわけではない。帰り道に足手纏い、それも死体だけでは無く重傷者を含む状況で誰も見捨てなかったのだから、偉業としか言い様が無い。
「そうね。安易にあそこで折れてしまった自分達が悪い。死んだ二人には悪いけれど、死んで当たり前の選択を自分達で選んでいたのだから当然の帰結だったのよね」
アスティアは今でもその時の事を思い出す。
一度引き返して装備を改めるべきだと強弁したアレウスの味方を最後までやりきらなかった。フリントを含めた三人の熱に押され、どっちつかずの態度を取ってしまったのだ。あの時、最後までアレウスの味方に付いていたら完全に徒党が割れたであろう。割れたが、少なくとも二人は死なず、第七層まで潜れる徒党も失われたが、競い合う二つの徒党が生まれて、もしかしたならば今頃はどちらも第八層を踏破していたかも知れない。どう考えても、あの時点でアスティアとリサという二人の術者が抜ければ退かざるを得なかったのだ。アスティアが妥協してしまった事が、自分達の徒党を壊滅させる完全なる止めを刺したと自覚していた。
その結果が今の立場に縛られる事なのだから、大迷宮の先にあるものが何なのかに興味が出た矢先でのあの選択に後悔しない日はなかった。
「敢えて俺は答えぬぞ。あの時に問題点を洗いざらい話したのだからな。だからこそ、お前達に問うべき話は、誰か俺に推挙する人材は居るのか、だけだ」
二人の表情に何ら動かされるものを感じさせぬ冷たい物言いでアレウスは言い放つ。
勿論、アレウスが何も感じないわけではない。できる事ならば、二人を再び徒党に入れて探索したい気持ちは強い。しかし、それは二人を今度は死に追いやる事になる選択だと誰よりもはっきりと理解していた。故に、この態度は己の未練を切り捨てるためのものと言った方が良いのだろう。
「残念ながら、今のうちには居ないわね。貴方が戻ってきた事で新たなる神託を得る者が居ても不思議はないけど、その時になったら連絡するわ」
「こっちも旦那に勧められる程の者はいやしません。居たとしても、既に徒党に入り込んでいる奴を引き抜くのは好みではござんせんでしょう?」
「まあな。それを遣るぐらいならば、一から育てた方が増しだ。まあ、盗賊の方は宛があるから、気にするな」
一度言葉を切ってから二人を見て、「さて、これ以上とやかく云う話は無いな? ならば、再会を祝して語り合おうではないか。と、云っても俺達はこれから向こうに渡るための手続きをしなければならないのだが、二人はどうなのだ?」と、笑いかけた。
「んー、流石に抜け出してきているから、一度戻らないと駄目、かな? 夕食を一緒にするぐらいなら何とか……」
「まあ、あっしはなんとでもなりますぁ、旦那。あって無い様な仕事ですからねえ」
「盗賊組合の大幹部がそれで良いの?」
呆れた顔付きでアスティアはフリントを見る。
「まあ、あっしは幹部と云っても大迷宮に潜っている同業者の顔役ってところですぁ。組合の仕事などあってなきが如し、寧ろ、旦那に張り付いている方が役に立っているって話ですからねえ。いやはや、給料泥棒は辛いってもんですぁ」
「盗賊が給料泥棒ねえ。いやはや、何を盗むのやら」
その言い様に思わずアレウスは吹き出した。
遺跡や迷宮ではいざ知らず、賊の字が現す通り盗む事に長けた悪事をなす者たちが盗賊である。本来ならば闇に潜むべき者たちであるが、迷宮都市ではその特殊性のために都市の運営にまで力を及ぼしていた。
後ろ暗い金ではなく、真っ当な方法で稼いでいる組織の金を何もせずに懐に入れているところを泥棒と言っているのだろうが、盗賊が盗賊の上前をはねるという行為におかしさを覚えたのだ。
「他の街ならば兎も角、この街は迷宮都市ですぁ。盗賊も表だって仕事の話も出来るし、こそこそと隠れずに生きていける街ですぁ。そら、給料泥棒も出て来ますぁ」
「居るだけで仕事している男が何を云っているのだか」
呆れた口調でアスティアは首を振る。「貴方を怖れて、あっちの街では知らないけれど、こちらの街では現役の盗賊達のお行儀が良いじゃないの」
「そうでしたかねぇ? あっしにはとんと覚えのないことですぁ」
「どちらにしろ、暇ならば丁度良い。道案内を頼むとしよう。然程変わったとは思わないが、タンブーロ故に、な」
二人のやり取りを懐かしそうに聞きながら、アレウスはフリントに話を振る。
「勿論最初からそのつもりですぁ。宿の方はどう致しやすので?」
「こっちには定宿ないからなあ。適当なところを見繕ってくれ」
「承知致しやした。と、云ってもマティロ商会の系列になりやすがねぇ」
「まあ、今でも援助して貰っている以上、義理を欠く様な真似はしたくないからな。当然と云えば、当然か」
フリントの言を聞き、アレウスは重々しく頷いた。
「アレウス、マティロ商会って?」
初めて聞く名前にレイは首を傾げる。
アレウスと共に行動する様になってから、それなりに世間というものをよく知る様になったのだ。有名どころの商会の名前は頭に入っている。アレウスが義理を欠かすべきではないと言った以上、相応の商会であると考えた方が良かろう。
だが、全く以てレイはその名前に聞き覚えが無かった。
「前にも云った、俺の徒党と契約している商会だ。見つけ出したのは、確か……リサだったか?」
右の人差し指をこめかみに当てながらアレウスは考え込んだ後、フリントとアスティアに話を振った。




