その3
「それで、そちらの方が今のお仲間?」
続けたくない話題だったのか、アスティアは所在なくアレウスの隣で立ち尽くしていたレイに目を向けた。
「ああ。ジニョール南岸で縁あって共に仕事をする事にしたレイだ。見知りおいてやってくれ」
アレウスとしてもどこに飛び火するか分からない話題よりは本来の目的に近い話題の方が好ましかったので、あっさりとそれに乗っかる。
「レイです。よろしくお願いします」
アレウスの紹介を受け、レイは即座に頭を下げた。
「よろしくね、レイさん。私はアスティア。この街と迷宮都市の神殿長を務めさせて貰っているわ。もし、迷宮に潜って死んでしまったのなら、私が責任を持って蘇らせて上げる」
「嬉しい様な、嬉しくない様な確約有難う御座います」
何と返事をして良いものか悩みながらも、レイは何とか礼を述べる。
「うん、当然その様な羽目に陥らない方が良いのよ? でも、何事も確実というものはないわ。そこら辺のことはアレウスの方が詳しいから私からは云わないでも問題ないわよね?」
「何でもかんでも俺に丸投げする風潮はどうなのだろうなあ」
苦笑しながらも、アレウスは愉しそうに二人を見た。
いつの間にか立ち上がっていたフリントが、
「それで、旦那。何しにここに戻ってきたので?」
と、彼にとっての本題を切り出した。
「さて。逃げ込んできたというのが本当の処だがね。天の配剤というモノが在るのならば、大迷宮に挑むためであろうよ、多分」
肩を竦めてから、「最良の仲間を得るという天の配剤というモノがあるのならば、だがね」と、自嘲して見せた。
「一人で潜ることは流石に無理ですものね」
アレウスの云わんとしているところを強く理解しているアスティアは当然とばかりに頷いてみせる。
如何なる達人であれ、その領域に足を踏み入れている分野は数え上げられる程度である。何事も全て万能にできる超人などそうそういるものではない。迷宮の中で求められる技術を全て持ち合わせている者などそれこそこの世に数えるほどしか居ないだろう。
仮にその様な人物が居たとしても、一人で迷宮に潜るのはただの自殺行為である。例えば、魔物に襲われ応戦している最中に罠が発動していた場合、それを一人でどちらも対応できるだろうか。手数とは武器である。多すぎてやることがない人間が出るのならば兎も角、少なすぎて何もできないのは問題である。徒党によって最適人数は変わってくるが、大体六人前後が安定すると言われていた。
「それもある程度の力量を持った仲間が必要だ。集団行動をする時は一番慣れていない人間に合わせる必要がある故に、な」
「七層まで潜った経験のある盗賊は如何ですか?」
「一度迷宮で死んだ所為で四層ぐらい迄しか潜れなくなった奴は要らないな」
売り込んできたフリントをアレウスはあっさりと切り捨てる。「死の恐怖を乗り越えられなかった様では先が知れているからなあ」
神の奇跡により外傷で死んだ者が蘇ると言っても、ものには限度がある。奇跡で癒やせない損傷を受けていた場合は蘇ったはしから死に絶えていく。それに魂が付いて来られずに本当の意味で死んでしまう。
もしくは無事に蘇ったとしても、死んだ瞬間を鮮明に覚えているためその原因となったものを心が拒絶することも多い。大迷宮で探索中に死んでしまい、後で蘇った者が引退を決意するのも大半はそれが原因である。
「いや、まあ、そうなんですがね」
取り付く島がない様子のアレウスにフリントは二の句が継げなかった。
「その結論は既に出ているであろうが。少なくとも、お前達二人が現役続行できる状況であったならば、俺はこの街を出て行かなかったのだぞ? 好い加減にそれを認めろ、フリント」
なおも未練を残すフリントにアレウスははっきりと通告する。
アレウスとてフリントが迷宮に拘る理由が分からなくもない。その上、フリントはアレウスにしてみれば身内なのだ。できうる事ならばその願いを叶えてやりたい。
だが、己を含めた仲間を死に追いやる様な選択をするわけにはいかない。一度折れてしまった心で何とかなるほど甘い場所ではないのだ。使い捨てる気ならば兎も角、仲間として見捨てたくない相手である以上、例え怨まれようとも非情の決断をするしかなかった。
「私にしろ、貴方にしろ、この街に根付いている大きな組織に関わっている以上、もう一度死ぬ様な真似は許されていないわ。少なくとも、私達より優秀な人材が出てくるまでは、ね」
己の置かれた状況を誰よりも理解しているアスティアはフリントを窘めた。
アスティアとてアレウスとともにもう一度大迷宮に潜りたい思いはある。フリントと違い死の淵に手を掛けながらもぎりぎりのところで生き延びて帰還したのだ。迷宮に対する恐怖など染みついてなどいない。
ただ、彼女の場合は教団の方が止めに掛かった。大迷宮を踏破した徒党に教団の神官が含まれていれば教団の名声は高まるであろう。だが、もし仮に全滅、若しくはアスティアの蘇生が適わぬほどの打撃を受けた場合、教団が受ける傷は並大抵のものではない。今や、アスティアを越える奇跡の使い手など片手の指ほども居ないのである。それも、高齢で神の御許に召されそうな者ばかり。アスティアほど若く、数十年は働けそうな使い手は一人も居なかった。
そんな彼女を教団が手放せるわけがない。故に、アレウスの徒党が全滅した時、教団はアスティアの探索を禁じた。
アスティアが冒険者としての自分に拘りを持っていたのならば、破門されてでも続けただろう。しかし、彼女に与えられた神託は大迷宮で腕を磨き、衆情を安んじよ、である。死んでは叶えられぬ者であるし、腕を磨くという意味では既に目的を達していると言えた。
だから、彼女は冒険者を止める事にしたのだ。




