その5
「どちらにしろ、アレウスから回ってきた話だ。一度は父上の耳に入れねばならなかったさ」
男は静かに考え込みながら、「相手が恥を忍んで頼み込んできた故に隠さねばならない、とすれば父上でも諾と云おうものさ。問題は、父上がそれを隠し通せるかなのだが……」と、呟いた。
「まあ、無理でしょうな。ですから、その対策を練れば宜しいでしょう」
兄の懸念に同意した上で、ダリウスは発想の転換をするべきではないかと考えた。
「……何かあるかね?」
男は弟が考えもなしに提案する様な人間ではないと理解していた。故に腹案を有していると断じ、話を促す。
「さて。兄上程の才があるとは云えない私の考えですが、父上らしい選択をさせれば宜しいかと思います」
「密約にするな、と?」
用心深い弟がただそれだけを告げようとしていることに疑問を覚えた。
今回の件を何故密約のままで終わらそうと男が考えているかを理解しているはずなのだ。表沙汰にしようとすることを考えているとは思えない。ある種の好奇心を自分の表情から隠せずにいると自覚しながら男は敢えて分かり切っていることを口にした。
「何もそこまでは云いません。父上の気質から、困っている者を見捨てるという事をしないとは誰もが知っていることでしょう? ですから、傭兵組合から直接依頼を受けたという形で送り出せば宜しいか、と」
ダリウスはにこりと笑った。
「……成程。エクサ・ファーロスという窮鳥が助けて欲しいと飛び込んできたが故に二進も三進も行かなくなった傭兵組合の危地を父上が救う、か。まあ、回りくどいことを除けば誰もが納得する様な脚本だな」
男は心底感心する。
傭兵組合が“軍神”の名声を利用している様に、彼らの家も傭兵組合を利用していた。軍資金を稼ぐのに軍の一部をハイランドとは敵対していない相手ならば傭兵として貸し出しているのだ。軍の練度は実戦がなければ低下していく以上、精鋭を保持するために戦い続ける必要がある。毎年の様に軍を動かしている“軍神”とは言え、全軍を常に実戦に駆り出すだけの戦もなければ、先立つ軍資金もない。
そこで自軍の一部を他家に貸し出す傭兵業を営み始めたのである。その仲介に当たっているのが傭兵組合であり、中原全土に知れ渡っている事実でもあった。
故に、“軍神”が傭兵組合の依頼に応えることは不思議な事ではない。
「その上で、父上にはアレウスが旅先で助けられたと先に報告しておけばエクサ・ファーロスへの心証はよりよいものとなるでしょう」
ダリウスも自分の父親がいくら傭兵組合に頼まれたからとは言え、その依頼先がファーロス一門の一人であったと知れればいい顔をしないことぐらいは分かっていた。分かっていたからこそ、末弟が旅先で救われたと知れば態度を軟化させるだろうとも予測が付いていたのだ。
「……ふむ。密約自体は我らとエクサにて結ぶ。父上はその密約の上で行われる傭兵組合との契約を決断して戴く。表に出てくるのは我が家と傭兵組合との癒着じみた深い仲だけ、か。悪くはないな。いずれ“覇者”との争いの偵察がてら助けましょうとも口添えすれば、父上も我らが積極的に賛成する理由が密約とは思われまい」
男は思わずにやりと笑った。
実際、彼ら兄弟が父親に“覇者”の脅威を説いていることは少なくともハイランドでは良く知れた話である。“覇者”が手の者を使って探ったところで、それ以上は出て来ない。
彼ら兄弟が優秀とは言え、“軍神”を上回る才だなどと家中の者でさえはっきりと理解していないのだ。余程、力を入れて探らない限り──それこそ、ファーロス一門並みに──決して判明することはない。
自分の弟が己の想像以上に策士である事に長兄は満足を覚えていた。
「いやあ、父上はどちらかというと、アレウスを助けた恩義で肩入れしていると思うのではないですかね?」
なんだか兄が自分のことを買い被りすぎているのではないかと不安になり、ダリウスは戯けた調子で探りを入れる。
用心深い性格の所為でダリウスは己を過小評価気味の嫌いがあった。その謙虚な性格もあり、家中で兄以上の評価を受けることがない事もダリウスの謙虚さが増す要因となっていた。ある意味でダリウスを最も正確に評価しているのは本人が過大評価されていると危惧を抱いている長兄なのである。
「まあ、家族を救って貰った恩義はそれ以上の恩義で果たさねば当家の名が泣くからな。落としどころとしては問題あるまい」
敢えて弟の勘違いを正すことなく、男はダリウスの話題転換に乗っかった。
「それではその様に動くとして、兄上と私とどちらが動けば宜しいので?」
「俺が即座に動ける様に先入部隊の編成を急ぐから、お前が傭兵組合の工作を担当してくれ。第一陣は父上が承認し次第即座に雇われる状態でないと拙いだろうからな」
「それ程時間がありませぬか?」
兄の答えから、ダリウスはソーンラントの情勢を理解する。
先程からある種の焦りを兄から感じていたのだが、先を正確に読み通す兄がこれほどまでに決定を急ぐ以上、事態が風雲急を告げようとしているのだと察知したのだ。
「場合によっては“駒”をその儘傭兵組合経由で出さざるを得ない位には切羽詰まっておるぞ?」
己の切り札を惜しげもなく使うと宣言し、男は弟の様子を見る。
それに対し、得心がいったとばかりにダリウスは頷き、
「金が先程までこの部屋に居たのはそれが原因で?」
と、尋ね返す。
「いや、ブライアンは金ではない。ないのだぞ?」
何事にも動じない男がこめかみ辺りに冷や汗を流しながらも、無理矢理笑顔を浮かべて否定してみせる。
表だって使っている者を除けば、当然の様に諜報活動や工作活動をしている部下の身辺情報には気を使っている。弱みを握られて裏切られる様な真似は避けなければならない。勘の良い弟相手にも公言させるわけにはいかなかった。




