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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 長兄の千里眼
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その4

「元々斑気(むらき)のある方だが、今回ばかりはそれの御陰で助かる」

 男は和やかに笑い、「父上の指示で俺が裏を調べていると思えば、先ず“覇者”殿は真実に辿り着けまい」と、断言した。

「納得です。只、父上が調べそうな辺りまでを頑張って調べさせるというこれ又面倒な加減が生まれたわけですが、如何致すのです?」

 兄が既に対策を練っているだろうと想像しながらも、ダリウスは懸念を表明する。

「“帝国”絡みの情報を丹念に調べさせよう。もう一方は一通りと云った感じだろうな」

「“帝国”側の情報の信憑性を問う為にも調べている、そう思わせれば成功だと?」

 長兄の考えを即座に読み取り、ダリウスは確認をする。

「ま、父上だからな」

 男は声を上げて大笑いする。「今はその評判を利用させて貰おう。何もかもを利用しなければ、俺達は生き残れないからな」

 彼らの父である“軍神”は幾つかの点で有名であった。

 一つ、自軍に決して略奪を許さない。

 一つ、“帝国”に対して強い敵愾心を抱いている。

 そして、隠し事を嫌う、である。

 隠し事を嫌う所為で商人と深く突っ込んだ取引ができず、それが回り回って内政に大きな翳りを生むこととなっていた。その上、毎年の様に軍を起こしているのだから、略奪なしに正当な評価でもって配下に恩賞を与えていけば大赤字になるのは当然である。付け加えれば、“帝国”相手だと採算度外視で挑むのだから内政畑の文官が長兄やダリウスが家のことを見るまでどれほど苦労していたか想像に難くない。

 しかしながら、“軍神”の人となりがこれだけ世間に広く知られているため、信義を第一とする家であると高く評価を受けていた。彼ら兄弟の評判が然程有名でないのも、偉大なる父の陰にすっかり隠れきってしまっていることが大きい。

「御意。それで、御用件はそれだけでしょうか?」

 話が終わったとみて、ダリウスは長兄に尋ねた。

 彼自身優秀な男であるのは確かなのだが、今迄積もり積もった内政上のツケが酷い事になっており、それをどうにかするために特に何も無いのならば仕事に戻りたいのである。

 ただ、この程度の用件だけで兄が自分を呼び出すわけがないという確信をダリウスは抱いていた。

「もう一件ある。ブライアンたちの到着から遅れて、アレウスを通しバラーのエクサ・ファーロスが当家に援助を願い出てきた」

「国ではなく、当家に、ですか?」

 ダリウスの予測通りに彼の長兄は他にも相談事を持っていた。

 問題は、その内容が彼の予測を軽く越していたことであり、自分のこなすべき仕事が増えたと予感した。

「ああ。誰にも知られたくはない密約だよ」

「今日は密約だらけですな」

 何やら愉しそうにダリウスは笑った。半分やけっぱちの心情であったが、どちらにしろ笑わずにはいられなかった。

 何せ、密約をしない家で密約を結ぶための相談を受けたのである。完全に巻き込まれた形だが、先々のことを考えると結ばなければ先々より苦労する事が見えた話でもあった。今苦労するか、後で四苦八苦するかぐらいの違いともなれば、否でも応でも今解決しなければならないと覚悟を決めていた。

「我が家はとんと密約とは縁が無いからなあ」

 軽くすっ惚けながら長兄もともに笑う。「父上が父上だからな。約束事は全て開けっ広げ、裏でこそこそ何かすることを酷く嫌っているからの。ま、俺がやっている事は家の為になるという事で目こぼしして貰っているが、今回はどうしたものかな」

「流石に表で結べる話ではないので、密約しかないのでは?」

 兄が分かった上で軽口を叩いていると判断し、ダリウスは即座に献策する。

「父上に話を通すか通さないかもある」

 ダリウスの考えを聞き出したいのか、男は一番の難題を言った。

「通さずに援軍を遅れるのですか?」

 根幹の疑問として、ダリウスは端的に問う。

 要するに、家と家との密約ではなく、彼ら兄弟とエクサとの密約に変えても問題ないのか、ダリウスは誰も聞き耳を立てている者がいないと知っていてなお直接問い糾さないという用心を重ねていた。

「依頼は“傭兵組合”を通して士官と下士官級の人材を回してくれ、なのだな。それぐらいならば、俺やお前の臣下を貸し与えるだけで問題ないと云えば無いのだが……」

「帝国の動きを考えればこちらも優秀な人材は貸し与えたくはない」

 兄の考えを読み取り、ダリウスは密約をむすんだ際の問題点を挙げる。

「ああ。戦場を知るという意味で送り出したい人材がいない訳では無いが、俺やお前の臣下だけ送り出しても家全体の利にはならん。先のことを見越せば、家門全体で考えねばなるまい」

「父上に話を通す必要が生じますな」

 先々のことを考えた兄の発言から、この密約を父親に通さないとどうにもならないとダリウスは結論した。

 実際のところ、彼らの父親が未だに堅持している家門の軍は“覇者”や“帝国”のものに比べても練度や経験で見劣りしない中原随一の精鋭である。長兄やダリウスの下に付いている者たちも年嵩の者は歴戦の強者揃いであり、その薫陶を受けた若者たちも一廉の者が多い。ただし、対外戦争の経験が少ないのは否めなく、その辺りで大きな差が付いているとも言えた。

 エクサからの提案は生きて帰って来さえすればその足りない点を補う美味しい話であり、彼ら兄弟の臣下だけで行う利点も大きい。

 しかしながら、何れは相争うであろう“覇者”との軍勢と直接やり合う機会を軍主力に与えないのも考え物である。

 先々のことを考えれば、いずれ中核を担う者たち全てに機会を与えておいた方が得策である事は間違いない。

 家族に甘い長兄が父親の嫌がることを躊躇する以上、ダリウスは兄の背を押してでも決断させなければならないと判断した。

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