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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 長兄の千里眼
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その3

「然う云われますと?」

 兄の読みが那辺にあるか何時もの如く読み切れずにダリウスは首を傾げた。

 ダリウスは彼の兄の性格を良く理解している。理解しているが上に、分からない事は素直に聞くことにしていた。兄の推論が確かな事柄の上に確かな事柄を積み重ねていって結論となす以上、途中の経過も聞いておかねば話に食い違いが出ることもある。お互いに共通した認識を持っていることこそが自分たち兄弟の強みだと考えていた。

「この誓書の出所はギョームのかつての主だとしても、他の密約に使われていた誓書や密書はどこが出所なのであろうなあ?」

「兄上も答えを知らないので?」

 手に入った情報の共通点は“覇者”が関わっているという事だけである。一部の誓書は“覇者”ではなく、当時の中原王朝の丞相の名で交わされていたが、“覇者”が与していた陣営の名目上の盟主だった故に全く関係していないとは言い難かった。

 普通に考えれば“覇者”の手元から全ての誓書が漏れ出したと思えるところだが、それは無いと最初に兄が宣言している以上その線はないと確信した。

 そして、その兄が確信しているならば裏は取れているとみていたのだが、本気か皮肉か今一分かりにくい台詞から一連の話を裏付けているのが確証がない情報だとダリウスは気が付いた。

 だとすれば、何をもって兄がその結論に至ったのかを知る必要があった。

「件の商人も仲介役の様でな。誰がこの件を画策したのかまでは知っておらん。ま、推測は容易いのだが……確証がないのでなあ。さてはて、どこまで手を突っ込むべきやら……」

 ダリウスの問い掛けに、真剣な表情で男は考える素振りを見せた。

 そしてこの態度はダリウスの予測通りである事を意味していた。故に彼は兄が結論を出すのを静かに待つ。

「よし、軽くは調べよう。状況証拠から導き出した今の答えが的外れでないかだけでも分かれば良し。逆に深入りし過ぎて“覇者”に俺の存在を気取られるのが一番拙いな。我が国で一番有名なのは父上、次に知れているのが舅殿という現状が崩れるのは困りものだ」

「難しい匙加減ですが、可能なので?」

 不可能ではないだろうが、かなりそれに近いことを兄が言い出したとダリウスは思った。

 軽いと言ってもこの兄がやる事である。それこそ徹底したものであろう。“覇者”ほどの器を持った人物が見逃す様な規模ではないはずだ。

 逆に気が付かない程度の調べでは完全に裏が取れないと見なしたのであろう。見なしたのに危険な橋を渡ると言うことは絶対に無視してはならない情報であると何らかの理由で確信したということだ。

 ダリウスの問いの真意はどこまで深入りする気なのかという確認に他ならない。

「一応口実はある。情報の裏取りをしようと態とらしくハイランド系の商人がうろちょろしていたら、逆に“覇者”殿は安心するだろうさ。情報がハイランドで止まった証だからな」

 兄の言わんとしたことを素早く勘案し、

「帝国に流れなければそれで良い、ですか。分かり易いですな。しかしながら、それで以てハイランドから“帝国”に流れていないと“覇者”殿が考えますかね?」

 と、尋ね返す。

 二人とも自分たちの正体に気が付くのは“覇者”だけだと理解していた。

 だからこそ、気が付かれない様に細心の注意を払って今迄雌伏の時を送ってきたのである。二人の器量であれば、やろうと思えばハイランドを強引に掌握し、そのまま外へ打って出ることも用意であったのだ。

 それをなさなかったのは、隣国である“帝国”で君臨している“新皇帝”やソーンラントのファーロス一門、それに遠国ではあるが“覇者”と言った傑物たちにそれでは勝てないと結論付けたからである。

 ハイランドとそれらの国々では国力差があまりにもありすぎる。一方に勝てたとしても、もう一方に備えられる程の余裕は無いし、一戦でも致命的な失敗を犯せばそれで終わりなのだ。国力だけで考えれば隔絶した差異がある。こればかりはどうしようもない。

 どうしようもないからこそ、気が付かれない間に力を蓄え、確実に勝てるその時に勝負を懸けると決めたのである。

 その絶対の前提条件を破りかねない行動に移って良いのか、石橋を叩いて渡らないほど用心深いダリウスとしては確認しなければならないことであった。

 自分たちは相手のことを熟知しているが、相手方が自分達の取る行動をそこまで確信できるのか、と。

「うちと“帝国”の不仲は既に知れていること。態々御注進に及ぶ仲かね? それも我が家が」

 弟の危惧を男は一刀のもとに切り捨てた。

「……成程。父上が“帝国”に対する急先鋒として知られていることを逆用しますか。確かに、父上がこれを使って“帝国”と“覇者”をぶつける様な策士ではありませぬからな。“覇者”殿が危惧する様な事態には直ぐに陥らない、と」

 その答えにダリウスも納得する。

 ソーンラントと長年抗争が続いている様に、“帝国”相手にもハイランドは戦い続けてきていた。

 特に“帝国”がハイランド発祥の地であるスクォーレを制圧してからはある意味でソーンラント以上に強い敵愾心を燃やしていた。

 かつて大災厄があって逃れたとは言え、父祖の地であるスクォーレを我が物顔にされているのだ。これ以上の屈辱はない。

 だからこそ、ハイランド人は対“帝国”となると血が頭に上った状態になる。それは、“軍神”も例外ではないと言われていた。

「まあ、寧ろ父上が一番逆上するんだがね、“帝国”相手には」

 困ったものだと苦笑しながら、男は首を軽く左右に振った。

「ソーンラント戦の時よりも戦果が段違いですからな」

 父親の戦歴を思い起こしながら、ダリウスも同意する。

 “帝国”に対して並々ならぬ戦意を持つ彼らの父親であるが、戦場において冷静さを失っているわけではない。むしろ、“帝国”と相対した場合、執拗なまでにきめ細やかな軍略で完膚なきまでに叩き潰す傾向があった。

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