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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 長兄の千里眼
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その2

 彼が兄より聞かされた情報とは、数年前に“帝国”で起きた内乱に関わる幾つかの密約についてであった。

 その内の大半は彼ら兄弟がそうでないかと当たりを付けていたものであったが、残りのものは初耳のものが多かった。

「確かに、兄上が今更と云いたくもなる様な話ですな」

 中原王朝が“帝国”の争乱を起こしていた両派閥と不可侵の密約を結んでいた事自体は、誰でも簡単に想像が付くことであった。内乱が起きる直前まで国境での小競り合いが常時起きていたというのに、内乱が始まると同時にぱたりと止まったのである。何もなかったと考える方が難しい状況であった。

 付け加えれば、その“帝国”の内乱中に中原王朝の方でも大きな政争が起きていたことを考えれば、両国の思惑が一致したからこその密約であったのだろう。

「ま、この一つを除いては、だがな」

 机の上に置いてある書類をダリウスの方に押しやる。

 素直にダリウスは受け取り、軽く目を通した。

「……何でこの様な文章が残っているのですかね?」

 怪訝深そうにダリウスは何度も書類を確認する。流石にこの様なものがあるわけがないと疑って掛かりたいのだが、“覇者”の反応や兄の態度からして贋作というわけでも無いという妙な確信も生まれており、どう反応すれば良いのか困惑していた。

「さて? “覇者”殿らしくない不手際だが、誓書を交わす場合、相手方と自分用に一枚ずつ用意するものだから、その片割れであろうが……どちらから洩れたのやらな」

 男は肩を竦めて弟を見た。

「ですが、取り交わしている相手はカペー動乱の最中に本拠地を落とされて死んでおります。今更どこから出てきたものですか?」

 兄の言い様から、出所は“覇者”ではないと察し、即座にこの誓詞の信憑性を疑う。

「まあ、お前の云いたい事も良く分かるさ、ダリウスよ。だが、出てきた。明らかに“覇者”の手元からくすねてきたものでは無いとすれば、何者かが最近まで隠し通してきたものと思われるな」

 男はそう言って静かに笑った。

 弟とは違い、男はこれが贋物ではないと確信していた。

「よくもまあ今になって出す気になりましたな」

 呆れ半分と言った顔付きでダリウスは首を二三横に振ってみせる。

 兄の反応から、自分が知らない何らかの裏付けがあると察したのだ。

「ま、この誓書に関わった当事者の内、“覇者”殿しか生きていない以上、洩れて困るのは“覇者”殿だけであろうよ。中原王朝は皇帝派に与していたのだ。太師派のリチャード・マルケズをこそりと領内を通過させてギョーム迄無傷の儘上手く追い立てると云った密約が今の“帝国”に知れたら些か困ったであろうな」

 男はにやりと笑い、「何せ、内乱終了時に中原王朝と“帝国”は互いの敗者が逃げ込んできたら引き渡す条約を表で結んでいたのだからなあ」と、指摘した。

「開戦の良い口実として利用されるでしょうね。東征する意思が“帝国”にあったならば、ですが」

 ダリウスは兄が言うであろう事を先に予測していたので、悩む事無く即答する。

 “帝国”としてみれば、中原王朝の王都であるヴォーガは目の上のたんこぶと言っても良い。中原方面への出口付近に中原最大規模の都市があるために、東進を阻まれているのだ。攻め落とす機会があるのならば、何にも優先して侵略してくることであろう。

 一方で、中原王朝からしてみても王都と指呼の間と言うべき場所に国境がある事は由々しき事態である。しかしながら、今更ヴォーガを捨てて他に遷都するのも“帝国”に対する敗北宣言とも取られかねない以上、意地を張ってでも守り通さねばならず重い負担となっていた。それが一時的にとは言え、不可侵の密約が結べるのならば飛び付くのも致し方の無い事である。

 ある意味で、現在の“覇者”の北進も“帝国”との間に生まれた一時的な均衡状態が今でも続いているのも大きな理由の一つであろう。

 ただ、その北進に主力を使ってしまっている以上、突如“帝国”が攻め込んでくることだけは避けたい筈なのだ。北進の原因の一つがこの書状を取り戻すことにあったのだとしたならば、東進を呼び込む真似でもある事となり、些か皮肉な話と言える。

 だが、ダリウスからしてみれば、“帝国”が東進してくれる方が余程有り難いので意見に己の希望的観測が入り込むのも致し方の無い事である。

「当然それは無い訳だ。何せ、今の皇帝は蹴落とした太師と争っていた時代から北に目を向けていたのだからなあ」

 ダリウスの内心まで読んだ上で、男は返事をする。

 男もまた、“帝国”がハイランドを制圧せんと北進してくる事を望んでいない。

 いないが、現実に起ころうとしていることから目を背けるほど、夢想家ではなかった。

「それを隠す為に態々東の国境に森妖精(エルフ)を多く配置していたのですから頭が下がりますな」

 現実主義者という点では兄以上のダリウスも“帝国”が態と北に対する意識を有していない振りをしていることぐらい先刻承知であった。

 闇の森(オルドス)に住まう森妖精が“帝国”の戦術面における切り札の一つである事は周辺諸国に広く知れ渡っていた。姿隠しの術を使い情報収集や戦線の後方での破壊工作を含む攪乱を得意とし、戦場においても魔導師とは異なる形式の術を巧みに使いこなして敵兵をその餌食とする。弓の名手でもあり迂闊に近寄れば多大な犠牲を出す。前線で働ける強者もごく少数いる事はいるが、それは他の種族の部隊に任せていることが多い。

 真面にやり合えば多大な犠牲を出すのは間違いないことで、余程のことが無い限り森妖精の部隊が詰めている城塞に攻め込む軍はなかった。

 そして、“帝国”は他国から森妖精がどの様に評価されているか熟知しており、重要拠点に重点的に配属する傾向があった。

「ま、改めて密約ではない不戦条約を己が優位な立場で結ぶ為にも交渉道具の一つとして欲しかったのであろうよ。只、それでも幾つか疑問が残るわけだが、な」

 弟が冷静に“帝国”の対ハイランド戦略を見ていることに一先ずは満足していた。

 だからこそ、男は自分が持った懸念を弟に伝えることとする。

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