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アレウス廻国記  作者: 高橋太郎
間章 長兄の千里眼
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その1

 上がってきた報告書に目を通しながら、

「今更になって何故に“帝国”はこれを血眼になって手に入れようとしていたのかね」

 と、男は珍しく首を捻った。

「若殿に分からぬものが我らに分かるとでも?」

 執務机の対面で直立不動にて控えている家臣が困った顔付きで答える。

「何もかも俺に丸投げはどうかと思うぞ。形の上では既に他家の跡取りなのだからな」

 右手の人差し指で机をこつこつと叩きながら、男は首を横にふて見せた。

「先方も生まれた孫を跡取りにしてくれれば良いとの事ですが?」

「皆まで云わせる気か」

 思わず苦笑しながら、男は家臣に尋ね返した。

「これは失礼を。然れど、御舎弟二人がいくら優秀と云えど、若殿と比べれば誰もが首を捻ると云う事は忘れないで戴きたいものです」

「家を治めると云う事に関して云えば、ダリウスは俺を越していると思うがね?」

 男は常日頃から本気で思っている事を口にする。

 事実、彼が家の内々のことを父親の代わりに処理する様になってから何とか際限なく膨らむ借金をそれ以上に増えなくするので手一杯だったのが、ダリウスが家中の取り纏めをしてからは驚くべき速度で財政が改善しつつあった。

 元からあった借金を考えなければ領内から上がる収益は倍以上に増えていた。

 周りからは男の功績と思われていることの大半もここ数年のことだけを考えればほぼ全部がダリウスの功績である。

 ダリウス自身はそう考えていないのだが、場を用意するだけしてそれ以上どうにもできなかった男にははっきりとダリウスの才能が見えていた。

「全てを見通す目をお持ちの方と比べれば、でしょうな」

 この家臣にしても男の言い分は理解しているのだが、それ以上に昔からずばずばと先の展望を当ててきた男の才能の方が優れていると考えていた。何せ、一度たりとも間違ったことを選んでいないのだから、家臣団からしてみればある種の信仰が生まれていてもおかしくはないのである。

「流石に何もかもを理解しているわけではないのだがな」

 過剰評価を受け、思わず男は首を左右に振った。

 彼が神懸かった様な読みを常々発揮しているのはただ単に情報を集められるだけ集め、それらから導き出される答えを口に出しているだけである。何も知らない家臣たちから見て見れば恐るべき異能にしか見えないが、彼からしてみれば、常識の上に常識を重ねて当たり前の答えを出しているに過ぎない。

「我らの様な凡愚には若殿が云う何もかもと我らから見た全てを見通すの違いが分かりませんな」

「ダリウスとアレウスは理解してくれるのだがな」

 同じ様なことを言われた際に、弟たちには種を明かしてみて納得された事を男はふと思い出した。

 だからといって、その弟たちが同じ様に真似たところで男程の精度は得られなかった。

「御舎弟様方は我ら凡愚とは一線を画す方々ですので」

「確かに、あいつらが優秀なのは否定出来ぬな。だが、俺とて無能を近くに置いているつもりはないのだがな?」

「御舘様を含めまして、どうにも常人に計りがたい処がありまして」

 男が重用する者は何らかの長所を活かすだけの才を持ち合わせていることをこの家臣もよく知っている。自分がそうであるとも理解しているが、主君とその子供たちの才能には遠く及ばないことも自覚していた。

「父上の戦場に於ける勘は人間離れしているからな。あれは誰も真似できまい」

 比べる相手が悪かったかと男は少しだけ心中で反省した。

 そうこうしていると、扉の外から扉を叩く音が聞こえた後、

「若殿。ダリウス様がお出でになりました」

 と、部屋の警備をしている騎士が注進してきた。

「通せ」

「若殿。それがしは下がらせて戴きます」

「ん? 遠慮しているのか、ブライアン。お前も在室していて問題ない件だぞ?」

「これ以上の面倒事は遠慮させて戴きます。ただでさえ、猫の穴を埋めるのに手一杯ですのに、それ以上の仕事が舞い込んだならば流石に許容量を軽く越しています。誰しもが若殿や御舎弟様達の様に働けませぬ」

 丁重でありながら、断固とした拒絶の意思をブライアンは示すと、ダリウスと入れ違う形で有無を言わさずに退出していった。

 それを横目で見ながら入室してきたダリウスが、

「又、何か悪巧みをしていたので、兄上?」

 と、笑いかけてきた。

「お前まで俺を何だと思っているのだね」

 疲れ切った口調で男は大きく溜息を付いた。

「さて、何と申しますかな……」

 困ったかの様にダリウスは言葉を濁らせ視線を泳がせる。

「全く、生き残る為の術を模索しているだけでその扱いなのだ。世情に名が知れたらどの様に扱われるやら」

 冗談めかして愚痴った後、「何、今更としか思えない話をどうしたものか悩んでいたのよ」と、真顔で告げた。

「今更、でありますか?」

「ああ。件の商人が持ってきた情報が余りにも今更過ぎてなあ」

 何とも言えない表情で首を傾げる兄に、

「一体何があったので?」

 と、ダリウスは尋ねた。

「まあ、お前には話さねばならぬ事か」

 瞬時に男は意識を切り替え、手に入れた情報を手短に語った。

「……その様な密約が」

 呆れるやら感心するやら悩ましげな顔付きでダリウスは考え込む。

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