その18
「笑えねえなあ」
沈痛な面持ちでアレウスは首を左右に振る。「それで、フリントの奴は何をしている?」
「盗賊組合で迷宮方の代表をしているよ。その腕も相俟って、今や組合の二番手として辣腕を振るっておるよ。我も助けられている」
盗賊組合の幹部ともなれば迷宮都市のことで知らない話を探す方が難しい立場である。
“江の民”の迷宮都市担当者としてみれば、盗賊組合の上から数えた方が早い幹部の知り合いともなれば重宝して当然のことである。その上、お互いにアレウスを通しての仲ともなれば便宜を図らないわけがないのだ。リ’シンからしてみれば大いに助かっていることであろう。
「そりゃ又暇そうじゃないご身分だな、え、おい。結局、リサだけか、自由に動けるのは?」
「元々二人には期待していなかったのであろう? 期待していたのであれば、あの時旅立たなかったのであろうしな」
リ’シンは薄々勘付いていたことをはっきりと言う。
それまでのアレウスと徒党解散を決めた時のアレウスの仲間に対する態度の違いに少しばかり違和感を覚えていたのだ。
迷宮に挑む時の人数と徒党の最大人数は決して同じではない。大抵の徒党は大迷宮に挑む主力の小隊に補佐用の小隊やら複数の部隊を編成し、状況に応じて参加する徒党員を変更することが多い。アレウスのかつての徒党の様に少数精鋭という方が珍しいのだ。
事実、アレウスも状況次第で徒党の人数を増やすことを考えているとリ’シンに語っていたことすらある。
迷宮に対する心の傷を負ったとは言え、アスティアとフリントは迷宮都市でも屈指の強者だったのだ。彼らを看板にしつつ徒党の再編も選べたはずなのにあっさりと解散して街から立ち去っている。まるで、彼らに力を借りることが無駄だとばかりに見捨てているのだ。アレウスから見て、二人を見切らざるを得ない何かがあった、そう考えた方が自然であった。
「ま、否定はせん」
くつくつと笑いながら、「土壇場で妥協する様な意思しかないのならば、最後まで貫けぬよ。あれら二人は徒党の仲間としては決して相容れぬ者となったであろう。そう考えれば、あの時に道を違えてお互いに幸せだったのやもしれんな」と、言い放った。
「貴兄の願いを考えればそうであろうな。然れど、些か情を感じられぬ様にも聞こえるが?」
ある種の皮肉な言い種にリ’シンは首を傾げる。
身内の失敗を己の不覚と考える男が突き放した態度を取っているのだ。終わったこととは言え、死者を含めて道を違えた者たちを切り捨てる様な真似を今更取ることに違和感を覚える。
ある意味で裏切り行為を行った相手であるから身内として数えなくなった可能性もあるが、そうだとしても何かしらの疑問が残る。
「ふん。何を勘違いしているか分からぬが、親しみを持てぬ様な輩と付き合う程俺は暇では無いぞ? それにな、あの大迷宮から死体を持ち出したのだ。友誼を覚えぬ相手に遣れる事では無い。只、同じ夢を追い続けられるだけの縁が無かっただけだ。残念ながら、な」
至極残念そうな顔付きでアレウスは首を左右に振って見せた。
「彼の大魔導師殿だけが貴君の目利きに適った、と?」
リサに対する態度だけは昔から変わっていないと感じていたリ’シンは探るかの様に尋ねてみる。
「彼女だけがぶれていなかったからな」
アレウスは徳利を手に取り、杯に酒を足す。「大迷宮に潜る理由が各々別なのは致し方ない。財産目的の者が多いのも当然よ。その次は己の腕を鍛える為、かな? しかしな、大迷宮に潜ることは手段であって目的ではないのだ。ある程度目的を叶えたから、手段を変える。大いに結構。そこら辺は死んだ者を含めてぶれてはいなかった。問題は、目的を叶えたのにも関わらず、より一層の成果を求めて迷宮に囚われる者よ」
「ふむ。他の者達は囚われていた、と?」
アレウスの台詞から何を言わんとしているのか気が付いたリ’シンは鸚鵡返しに尋ねる。
「少なくとも俺はそう見立てた。何時もならば退き時だと理解して帰還を選ぶ場面で更なる成果を求めようと云い出すなど狂気の沙汰よ。死んだ二人はある意味でいつも通りだから未だしも、同調したフリントと徒党が割れるのを怖れて意見を云わずに中立に転じたアスティアは八層の雰囲気に呑み込まれていた。仮にあそこで全滅せず帰って来られたとしても、徒党の瓦解は目に見えていたからな」
大きく溜息を付き、「リサと俺が呑まれなかったのは目的がもっと先だと理解していたからだ。他の四人は七層の時点で既に己が立てた目的を達成してしまっていたのだよ。だから、判断が狂った。あの時点では流石に気が付けなかったが、大迷宮から離れてみて漸くその結論に至った」と、アレウスは杯を乾してから床に置いた。
「資質があったとしても適正があるとは限らない、か」
「欲望を制御し、平常心でいる事。あそこに至る迄は皆持っていたのだから、大迷宮だけに挑み続けている内にある意味で摩耗していたのであろうな」
そう言って立ち上がり、アレウスは舷側からタンブーロ湖を望む。
流石のアレウスでも迷宮都市のある島を見ることはできなかったが、見慣れた湖面を見て帰ってきたという実感は湧いた。
ふと気が付いたことがあり、
「然う云えば、この船はタンブーロまで安全に辿り着けるのか?」
と、振り返ってリ’シンに尋ねる。
「今更だな」
思わずリ’シンは苦笑する。「“紅玉”から御主が試練を受けているとの連絡が来た時点で“碧鱗”の者を通り道に住む他の部族には話を通してある。“江の民”に関しては問題あるまいよ」
「それならば無事に付くか」
一つ大きく頷いてから、「レイ、アレを見て見ろ。あそこが今日の目的地、タンブーロの街だ。何時ぞやの約束を果たすかね?」と、笑いかけた。




